第32話 弟子入り(3)
ビェスの魔力量が分かります、と言っても相対的なもので大雑把な値しか示されません。
3人への魔術の初歩の講義を終えると時刻は昼12時(午後5時)に成っていた。
村長のイガジャ男爵様が夕食も一緒にと言ってくれたが、軽く疲れを感じていたラーファは辞退して明日おばばの家へ行く事を約束して村長の家を辞した。
村長の家を出る前にもう一度髪色変色ポーションを飲み、耳にピアスをする事にした。
おばばにラーファの変そうした姿を知ってもらう為にイガジャ男爵様とおばばの目の前でピアスを付け髪色変色ポーションを飲んだ。
「イスラーファ殿ポーションとはすごい効き目じゃ、一瞬で髪の色から肌の色まで代わってしもうたぞ!」
イガジャ男爵様の驚きの声が部屋に響き渡った。
「確かに一瞬じゃったな、それにピアスは魔法が掛かっている様に感じるが魔道具かな?」
おばばの方は髪色の変化より耳の形が変わった方が気になるようだ。
「はい、ラーファが闇魔術の付与をして耳を見るとピアスに引き付けられ耳の形を誤解するようにしています、あまり強い付与では無いのでしっかり見られると違和感を感じる様に成ります」
おばばがうんうんと頷いて聞いています、ラーファの話で得心が入ったようです。
イガジャ男爵様とおばばに別れを告げビェスと二人でイガジャ男爵様の家を出る頃からビェスから無言の圧力がヒシヒシと迫ってきます。
イガジャ男爵様の家を退出して、石橋の在る門前の広場へ出た。
ビェスからの無言の圧力と好奇心に溢れた熱意を目に込めてラーファを見つめています。
ハイハイ分かっていますから。
『ラーファ、お兄ちゃんに魔力の量を早く教えないとラーファに穴が開いちゃうよ、因みにお兄ちゃんの魔力の多さはおばば様の2割ぐらいだね』
『そうね、ラーファも体に穴が開くのは困るから、此処で教える事にするわ』
立ち止まって、ビェスの方へと向くと、ビェスがワクワクするのか顔が幼い子供のように輝いている。
「ビェスの魔力は魔女殿の2割ほどあります」
淡々と魔力量をビェスへと告げると、ビェスの顔がにやけ始めた、思ったより多かったらしい。
「魔女殿の3割ぐらいまで魔力量が上がれば簡単な魔術行使なら出来る様になります」
「例えば、ビェスは剣が使えると思うので切り合っている時に相手の足元が凹んで躓かせるような魔術行使が使える様になります」
話しながら少し離れた場所を指さして、その地面を土魔術を行使して少しだけ凹ませ、直ぐに凸に戻す。
ビェスがその凸凹する場所に気が付いて、近寄って見ている。
「ビェス、そこに足を乗せて見て」
ラーファがそう言うと、ビェスがそうっと足を乗せる。
ビェスが凸凹する感触を感じて体重を掛けると、ラーファが土を魔術で少し多めに凹ませた。
バランスを崩し、たたらを踏んだビェスが何とか立ち直るとラーファの方を向いて。
「今の技何?あんなのを闘いの最中に食らったら簡単にやられちゃうよ。」
「土の魔術行使で狙った場所の土を移動させる魔術よ、ビェスも練習すればこれぐらいは出来る様になるわ」
「魔力量が増えれば出来る様に成る魔術の種類も多くなるけど、向き不向きもあるから何が出来て何が出来無いかはまだ分からないわね」
「先の事はそうかもしれないけど僕にとって今、魔力が在る事が凄い事なんだよ。」
腕全体を振りながらビェスが訴えます。
「例えば、今まで片腕が痺れて動かない人が居たとして、その人がいきなり腕の痺れが消えて腕が動かせるようになったんだ。」
「どのくらい動かせるかよりも動かせる事自体が凄い事なんだ。」
おかしな言い方に成っていますが、意味は理解しました。
「ビェスの気持ちは分かったけど、練習しないと魔力は増えないから魔石へ魔力を入れる事を毎日寝る前にでもすると良いよ」
「そうだね、もっと魔力を増やしたいから練習するよ。」
新たな決意で気力も十分なビェスと一緒に石橋を渡り広場へ出て、聞いていたおばばの家が在る方へと向かった。
おばばの家は広場の北にある一角でそこだけで城郭として独立している。
広場の北寄りに城門が在り塀で囲われた階段で少し下へと降りて行き、そこにも門が在る厳重に防御された区画に在る。
おばばの家は母屋に薬の工房や倉庫など数棟の建物から構成されていて、周りを城壁で囲われ出入りは広場から階段を使ってしか出来無い様だ。
城壁の下は急峻な崖に成って居る様で、登る事は勿論近寄る事さえ難しそうだ。
おばばの家を見ながら先ほどおばばの教えてくれた魔女と魔女見習いの称号について思い出していた。
元々魔女と言う称号はオウミ王国の各地に根付いたハーブで治療する女性に付ける名前でした。
それが薬草を中心にした治療をする村の薬師に対しても尊称として贈られるように成り。
治療の対象に妊婦や出産が在る事が男性を排除して女性だけが付く事の出来る職業に成ったと考えられているそうです。
ダキエからの医学と言う知識が間接的に知られてくると、ハーブや薬草中心の治療から薬への加工方法が試行錯誤の中で取り入れられ今の魔女の薬と成っているそうです。
治療への実績が広く認められるようになると魔女と言う尊称がオウミ国内で広がって行ったそうです。
今ではおばばの様な魔女が村の乙名の一人として、村で起こる様々な事件や事故に関わる様に成ってきました。
今回、怪我人の治療はベロシニア子爵様が治療費を支払う形に成っていますが、実際はイガジャ男爵様が立て替えています。
それに治療したのはおばばとその助手をしている魔女見習い達です。
一端全ての怪我人をイタロ・カカリ村の村長イガシャ男爵様の家へと運び込み、そこで魔女と魔女見習い達の手で怪我の治療をしています。
実際の支払いは納税の時に少し手心をするぐらいでお茶を濁されてお終いの様です。
イガシャ男爵様が「まぁそんなもんじゃよ」と苦笑いされていました。
実質薬や器具の代金は魔女が管轄する薬や器具の在庫から出ていますし、魔女達の仕事は村の仕事の一つと見なされているようです。
勝手に村々から徴集し、数日間無報酬で働かせ怪我人は自己責任などと言う事がまかり通るなどラーファには理解できません。
益々以って腐れ貴族確定のベロシニア子爵様ですが、このような事は日常的に起きている事で、怪我の治療代を支払うと約束したベロシニア子爵様はまだ益しな貴族の様です。
悲しい事にこれが大陸の社会の縮図なのです。
おばばの家が何処に在るのか確認だけして、ラーファはビェスと共に宿の「山鳩の塒」へと帰って行った。
宿に帰るとビェスと夕食の約束をすると分かれて各自の部屋へと移動した。
魔女の住まいは城塞として作られています。オウミ王国が出来上がる過程で多くの戦が在り、村々が戦場になる事も多かった頃作られているからです。
魔女の名が尊敬と共に名誉ある名前として広がったのはオウミにあるハーブや薬草に薬効成分が多くそれを生かす事が出来る人が居たお陰です。




