第86話・2 決意(3)
神聖同盟への返書を書きます。
城館のラーファ用に用意して貰った部屋で、神聖同盟へのラーファからの返書を書いています。
この返書も魔紋を全面に表した公式の書類です、何でこんな事をするのかとため息が出ます。
オウミ国は神聖同盟から渡された文書への返答としてラーファが書いた手紙を渡す事を企んでいます。
盟主のロマナム国だけではなく、神聖同盟がロマナム国の王都に派遣している代理人たちへも個別に渡すそうです。
そうなのです、同じ内容の返書を9枚も書かなければなりません。
オウミ国が『誓約の書』の事を秘密にするのは、神聖同盟への今後の切り札にと思っているのだそうです。
先ほど、ヘンドリック侯爵(アリスの夫)様がこの件について考えを披露してくれました。
「『誓約の書』が今無効に成って居る件は、イスラーファ様が出国した後ロマナム国との停戦交渉で良い脅しの材料に成りそうだ。」
「それに、イスラーファ様への数々襲撃とその失敗、挙句に神聖同盟への感想が気持ち悪いだからね。」
「ロマナム国が盟主で良いのかって内紛が起こると思うよ。」
オウミ国は内紛が起こらなくても、起こすのかもしれないですね。
「あなたがオウミ国を出られたら、良い所が全然無いロマナム国は見捨てられるかもしれないね。」
「見捨てられなくても、オウミ国への派兵は鈍る事になるでしょう。」
誓約の書の件が無くても、オウミ国は此処までは密かに手を打っていたようですね。
「そこで、誓約が無効になった件を秘密にして、その対価で停戦を掴むのは大いに考えられるよ。」
「落ちぶれたロマナム国にとって、誓約の書が無効に成って居る事は停戦してでも公表されたくないだろうね。」
「公表されたら、盟主の座なんてぶっ飛んじまうさ、ドッカーンてな。」
ニヤッと顔を悪者の様に歪めて、両手を下から上へと広げる様に振り上げます。
侯爵様の悪ぶったお顔を思い出して、ラーファはオウミ国の男どもはみんなどこか悪者ぶる稚気があるなぁと思った。
今書いている返書の中身ですけど。
ラーファは神聖同盟への返事の手紙で、徹頭徹尾彼らの要求を否定する事にした。
神聖同盟に対して本人の意思を無視した一方的な願い事が気持ち悪いと感じた事。
ロマナム国が行った誘拐未遂事件でいかに嫌な思いをしたか。
神聖同盟の求める物が何であれ、絶対協力しないし近寄りもしないと断言した。
そしてオウミ国へこれ以上迷惑をかける積りは無いので、オウミ国を出て行くことを書いた。
署名は、聖樹年53、150年4月10日、イスラーファ・スオウ・エルルゥフ・ダキエより とした。
一番悩んだのは、署名でした。
悩みましたが、返書への署名はイスラーファの名前で書く事にしました。
イスラーファの名前はダキエ国の海を隔てたお隣の国々で在る神聖同盟の王たちも良く知ってます。
イスラーファの名前は良くも悪くもダキエ国の次期エルフ女王の名でしたから。
ラーファが今後イスラーファの名を出す事はオウミ国にもビチェンパスト国にも良い事は在りません。
ダキエ国は聖樹の消失により滅亡しました。
イスラーファはダキエの名もエルフの次期女王の名も失いました。
今後は名を聞かれても、祖国の滅亡により『名を失くした者』と名乗る事にします。
『マーヤにはラーファはラーファだよ、決して(名を失くした者)じゃないからね』
『ありがとう、マーヤが居てくれるからラーファはラーファでいられるのよ』
『でもこれからは、名乗る時は名を失くした者だと言うわね』
神聖同盟へ返書を書いた後、何時ものアリスの飛竜便で王都へ送って貰った。
ラーファはおばばへの新しい薬の製造方法を教え始めた。
新しい薬を作るには錬金術の素養が必要なため、初歩の錬金術から教える必要があった。
と言っても魔術の行使が出来る魔女には錬金術もそう難しい事では無い。
おばばに教えるためにイガジャ城塞からカカリ村へワイバーンで日々移動している。
カカリ村に居る姿を見れば、ラーファを見張る追手の目もくらませる事が出来るだろう。
アニータさまの話では、20日にオウミ国とラーファの返書は神聖同盟の各国へ直接渡したそうです。
ロマナム国の王都ベイリンに神聖同盟の国の代表が集まっているそうで、各国の代表へオウミ国の国璽(魔印象)を押した内容証明付きで手渡したと言う事です。
飛竜便があるおかげでオウミ国の対応が早く助かります。
他の国が月単位で掛かる連絡や移動を数日で終わらせる事ができますから。
その後、ラーファの神聖同盟への返書の手紙が原因で、神聖同盟内部で混乱を引き起こしていると聞きました。
神聖同盟が内紛する事は大歓迎ですが、返書の内容が思わぬ所で揉め事を起こしてしまいました。
ル・ボネン国とオウミ国とで神聖同盟への返事の件で揉めているとアリスから聞きました。
どうやらラーファがオウミ国から出て行くことに不満が在るそうです。
ラーファの書いた手紙を神聖同盟に渡す事は賛成したが、ラーファがオウミ国を出て行くことがはっきりすると、引き留めるか自国へ来る様に要求して来たのが揉め事のようです。
オウミ国が神聖同盟との戦争を回避したいと思っている事はル・ボネン国も同じだが、どうも強気の姿勢を崩していない。
既にベルベン国との闘いに入ったル・ボネン国は魔女の薬のおかげで戦いが優勢な事から、神聖同盟がこのままなら手を引くだろうと思っている様だ。
結局カカリ村へ、ル・ボネン国は使節を出してラーファと面会する事に成った。
せっかく行方を眩ませたのに、ル・ボネン国の横暴で居場所が特定されそうです。
時期的に5月半ばぐらいに来るので、カカリ村から離れるために4月中に王都へ移住する事に決めた。
王様のお願いの件も在るので、王様と面会するのも王都へ行く理由の一つです。
今後王都へ移住したら新薬の授業を中断しない為に、おばばへの教えはマーヤに頼むつもりだ。
それまではラーファが教えます。
6月には、ビチェンパスト国からの船団もやってくることでしょう。
ラーファはル・ボネン国の使節を旨く利用できないかと考えている。
次回は、王都への引っ越しの準備です。