第85話 暗雲(5)
神聖同盟盟主ロマナム国の誕生が後の神聖ロマナム帝国へと繋がるのでしょう。
ダンケルで越冬したル・ボネン国とオウミ国の軍は3月、春の雪解けを待たずに硬く凍り付いた雪の上をロマナム国の王都ベイリンへと進軍した。
王女や大公の子たちから成る緋竜騎士隊は目的を終えて、解散した。
アリスやミンもイガジャ侯爵領へ帰って来た。
ミンはダンケルで夫を見つけていた、若すぎる気がするラーファだったが周りの皆は19歳は遅い方だと思っている様だ。
竜騎士の居なくなったダンケルへ、代わりにレイ達が再び戦地へと飛竜に乗って行った。
戦況はロマナム国王都ベイリンの前に在る幾つかの城塞化された町での攻防戦となっている。
ロマナム国の王都ベイリンまであと一息の所まで来た。
ロマナム国への援軍が来る前に王都を攻め落とそうとル・ボネン国とオウミ国は必死に攻勢をかけていた。
国土の半分以上を失い後が無いロマナム国は待ちに待った起死回生の策に打って出た。
他国の援軍がやっと動き出したのだ。
ネーコネン一族が作った国はオウミ国の西側一帯に海まで大小10程在る。
これらの国がル・ボネン国を除いてロマナム国側に立って参戦する事を、ル・ボネン国とオウミ国に知らせてきた。
今の所軍を動かしたのはロマナム国の黒の森ダンジョンを隔てた西に在るベルベン国だけだが、今後増えて行くだろう。
そしてベルベン国の軍は黒の森ダンジョンに沿って北上しル・ボネン国へと向かった。
この事態を受けて、急遽ル・ボネン国の軍勢が帰国する事に成った。
ル・ボネン国はロマナム国との国境付近まで引き下がった。
ル・ボネン国の軍が引き上げたため半数まで人数が減ったオウミ国の軍はダンケル城塞まで軍を引いた。
今後この城塞で攻めてくるロマナム国と援軍に対して籠城する事と成った。
竜騎士の偵察で援軍がロマナム国にまだ来ていない事は分かった。
オウミ国はダンケル城塞を援軍が来るまでに強化しようと城壁や出城を強化している。
4月に成って、ロマナム国の援軍に付いて具体的な事が分かった。
神聖同盟と名前の付いたロマナム国を盟主とする同盟からオウミ国へ、宣戦布告の内容と終結の条件が書かれているらしい書類が送られてきた。
ダンケル城塞からオウミ国王都、そしてイガジャ領へ書類の写しが飛竜便で送られてきた。
ラーファが書類を読んた内容は、1回読んでも意味が解らなかった、何回も読み返してみた。
文章が人族の古代語で書かれているので読んでも分からない言葉だらけなのだ。
しかも時代を経て意味が変わっている言葉が混ざっていて、送り手の意図がさっぱり分からないのだ。
最初と最後に在る「恐れ多くも賢くも誓約の盟主である・・・ 」はアニータさまが言っていた事だと分かったので読み飛ばした。
今更ロマナム国の王の名など知りたくも無い。
神聖同盟とやらが伝えようとしている部分を意味が分かるまで読んでみた。
「神聖同盟は神聖にして未来への希望である聖なる神子を報じ奉る者達の同盟である。」
「神聖同盟はネーコネンの尊族による同盟で在り、聖なる神子を希求する者達の同盟である。」
「神聖同盟は同盟以外のいかなる者も、聖なる神子を報じ奉る事は許さない。」
「神聖同盟は資格も無く神子を抱くオウミ国に聖戦を告げる。」
「神聖同盟は聖なる神子へ希う者達である、我ら偏に来ねと希う。」
「さすれば戦はその場で終わるであろう。」
「イスラーファ様とマーヤニラエル様こそ、我らが悲願への希望の神子である。」
ラーファは此の文章を繰り返し読んだ後、しばらく考え込んだ。
感想を言えば、気味が悪い! だ、何かカルト集団の様な意味不明な暗い熱を感じる。
熟慮の後、オウミ国から退去する事をイガジャ男爵様に伝えた。
ロマナム国はあくまでもイスラーファに拘る積りだと言っているのだと思う。
しかもマーヤの事まで神子だと言っている。
こんな得体のしれない集団は近寄らないのが一番だと感じた。
ラーファにはロマナム国がラーファとマーヤに何故こだわるのか分からなかった。
今回、神聖同盟の結成まで行ってネーコネン一族は何を考えているのだろう?
我らが悲願とは何だろう?
希望の神子とは悲願を叶える希望と言う事だろうか?
悲願を叶えるために、ラーファとマーヤに何をさせる積りなのだろうか?
正直知りたくも無い。
分からない事だらけだが、ラーファとマーヤにとって良からぬ事で在る事だけは確かだ。
今ラーファがオウミ国から移動すれば同盟の要求は目的を失い、瓦解するかもしれない。
同席されていたカークレイさまがラーファの考えに同意してくれた。
「この神聖同盟とやら、イスラーファ様とマーヤニラエル様に拘って作られているからには、お二人がオウミ国から立ち去れば目的を失うだろうよ。」
「ロマナム国との戦争は続くだろうが、神聖同盟がオウミ国と戦う事は無くなるな。」
「ロマナム国は私を追うより目の前の戦を続けると?」
「いや、一番シツコク追ってきそうじゃな、それとオウミ国を狙うのは別なのじゃ。」
「元々ロマナム国はオウミ国へ侵略していたのを覚えておられるかな。」
「そうでした、ラーファがカカリ村へ来た時も西の大公様と戦っている最中でした」
「其の通りじゃ、ロマナム国はオウミ国の広大な小麦畑が欲しいのじゃ。」
「そもそもネーコネン一族と言うのは西から東へと勢力を伸ばしてきた歴史が在る。」
「その最も東の国がロマナム国なんじゃ。」
「彼らは戦士の一族を謳っておってな、最も西のロマナム国が盟主とか呼ばれる一族を率いる者達じゃ。」
「なんでも誓約の書なる物を持っているそうじゃ。」
「エッ、誓約の書ですか!」
「なんじゃ? 誓約の書をしっとるのか。」驚いてカークレイさまがラーファを見つめます。
「はい、誓約したのは祖父たち樹人の王ですから」
「「なんじゃと! 」」
「「それでは誓約の内容を知っているのか!」」
今度はサンクレイドル様とカークレイさまのお二人が同時に同じ事を言ってます。
「イスラーファ様、ネーコネン一族は誓約を自分達が神と誓約したと言って内容を公開していません。」
「それどころか、全ての地の民は神と誓約したネーコネン一族にひれ伏せ! と言っているのです。」
サンクレイドル様が説明してくれた。
「そうでしたか、誓約の内容は『聖樹が再びこの世界を旅立つ時、人族も共に旅立つことを約束する』と言うだけの内容ですよ」
「人とはこの地に住む全ての人が対象です、聖樹は空から降りてきました、再び空へと飛び立つ日に人族を空の旅に連れて行く事を約束したのです、希望者だけですけどね」
「聖樹が無くなった今は、その誓約は変更しなければなりませんね」
『ラーファ、聖樹の消えた今は誓約の書は無効に成って居るはずだよ』
『新しい誓約書は、ある程度まで聖樹が育たないと聖樹も書き換える力が育たないからそれからだね』
『そうなのね、新しい聖樹に誓約の書を作ってもらうのはマーヤにお願いするわ』
『わかった、さしずめ新誓約の書になるのかな』
マーヤが聖樹の種をゆりかごと呼ぶ器で育てて双葉に成ったら植えてくれるでしょう。
「この事は陛下にお伝えしなければならない、申し訳ないがイスラーファ様に誓約の書について詳しく書いてもらえないだろうか?」
サンクレイドル様がラーファに申し訳なさそうにお願いします。
「はい、直ぐに書きますね」
今、誓約が無効に成って居る事や誓約の内容は公開するべき事だと思います。
ネーコネン一族が支配の根拠にしている誓約の書が出てきました。
次回は、オウミ国を出て行く相談をカークレイと話し合います。