第82話 暗雲(2)
とうとう戦争が始まってしまいました。
帰って来たアニータさまが言うには。
ル・ボネン国とオウミ国はロマナム国へ詰問状を連名で出すそうだ。
3国で停戦条約として決めたイスラーファへの対応に違反する行為を行った事について責任を問う内容だそうだ。
それは、戦争するぞと脅している様な物だと思う。
恐らく3国は戦争を前提に大儀名分のための行動だろう。
詰問状の返答後、宣戦布告が行われるのだろう。
ル・ボネン国とオウミ国は前回の戦いよりも戦力が上昇している。
傷薬や竜騎士が居るのだから大幅な戦力上昇だろう。
対してロマナム国は停戦後立て直しを行っているだろうが、2国に対して劣勢のままだ。
このままでは負けは決まっているだろう。
「アニータさま、ロマナム国は何か動きは無いのですか?」
「動きとはどんな動きですか?」
「ロマナム国の王都ベイリンにはダンジョンが在ります、その為魔石や魔物の部位を売ってお金は持っています、そのお金で傭兵を大々的に雇い入れるとかです」
「イスラーファ様、陛下もその点は考慮に入れておられます、既に傭兵ギルドへは雇い入れる事を既に行っています」
「そうでしたか、ラーファが考える事ぐらいは既に手を打っておられるのですね」
「ロマナム国としては後は援軍を頼むぐらいしか手は無いと言う事ですね」
「え、援軍ですか?」
「はい? ロマナム国などの西側諸国はネーコネン一族が起こした国ですから、ロマナム国がお金を出して頼めば派兵する国は在ると思います」
「ル・ボネン国も同じようにダンジョンをお持ちですから応援を頼む事はしておいででしょうけど」
「イスラーファ様、確かに援軍を呼ぶ事は考えられますわ」
「ロマナム国国王はオウミ国では無視する事が多いのですが、誓約の盟主と自らを呼んでるのです」
「誓約の盟主ですか?」
「何やらネーコネン一族の名目上の指導者と言う意味だそうです」
「ロマナム国国王の名を言う時は必ず『恐れ多くも賢くも誓約の盟主で在らせられる・・・ 』と始まる呼び方をするそうですよ」
「今までロマナム国の立ち位置が特殊なのを忘れていました、援軍の可能性は十分ありますわ」
少し考え事をした後、ラーファの方を向きラーファに話してきた。
「イスラーファさまありがとうございます、敵の動きが拠点防衛だけなのが不審でした、どうやら援軍が来るまで耐える作戦のようです」
「お待ちいただいていた件ですが、工房の魔道具の試運転と作業する人への説明は護衛を付けますので馬車で移動して下さいませね」
「わたくし、少し考えねばならなくなりましたの、これにて失礼いたします」
と、ラーファに優雅に一礼すると、スルスルっと退散してしまった。
なんとも身のこなしが優雅にして素早い、これが影の組織の次期頭領か。
イガジャ侯爵城塞に在る魔女の薬の工房で試運転と作業に当たる魔女見習いや新しく雇い入れた作業員への指導を終えカカリ村へと帰って来た。
魔女の薬の生産は大幅に増やす事が出来たが、ル・ボネン国が大量に買い付けた事も在り、需要は相変わらず多く、魔女の薬は品薄状態が続いている。
1年後、今年魔女学園入園予定のマーヤが6歳になった5月。
もうあれから7年がたったのですね、大きくなったわが子を見る度にあの洞窟の中を思い出します。
イルク山の山麓一帯がイガジャ侯爵の領地となって2年、春の雪解けを待ってアリスとヘンドリック・イガジャ侯爵との結婚式が盛大に執り行われた。
6月に成って、ル・ボネン国とロマナム国の間で戦が始まった。
戦は直ぐにオウミ国もロマナム国へ攻め込んだことでオウミ国とロマナム国の間でも始まった。
その知らせは、完成したイガジャ侯爵の城塞から送られてきた。
知らせの内容は、ロマナム国への宣戦布告の知らせと、飛竜と竜騎士に対して国への派遣要請だった。
内容そのものは既に戦争の準備段階で知らされている事ばかりだけど、実際に要請が在るとラーファもいよいよ戦争が始まったのだと、寒々とした心への暗雲を感じる。
オウミ国の要請で派遣されるのはレイを隊長とした領兵の竜騎士領兵科で繰り上げて卒業した竜騎士5名からなる飛竜2頭、竜騎士隊6名だ。
レイは新妻で妊娠が分かったばかりのアニータさまを残しての派遣となる、戦争が終わるまで休暇で一時帰休ぐらいでしか顔を見に戻れないだろう。
「言ってきます。」レイが相変わらずダキエ風の胸に拳を当てる敬礼をしている。
「行ってらっしゃい、あなた」アニータさまはまだ目立たないお腹に手を当ててレイにゆっくりとお辞儀をする。
「なぁに、空の上からロマナム国の奴らを蹴散らしてやれば良いのじゃ。」
相変わらず元気なカークレイさま(前男爵)である。
この春アリスの結婚を機に、イガジャ男爵さまはサンクレイドル様へ男爵位を譲られた。
孫2人の結婚を機に引退して、気ままな隠居生活を楽しむらしい。
レイはアニータにキスをすると、同じように別れを済ませた領兵と共にキーとトドに乗り、最終点検を始めた。
レイ達は準備が整うと、一度イガジャ侯爵へ挨拶をするため北東へと飛び立った。
その後ろ姿を見つめるアニータの姿は、影の組織の次期頭領では無く、妻としてそして生まれてくる子の母としての姿にラーファには見えた。
7月になってレイからの手紙がイガジャ男爵様へ届き、レイ達の状況が少しわかって来た。
男爵様が机に地図を広げられた。
ロマナム国の地図のようです、西の端に王都ベイリンがあり、少し離れて西側一帯に黒の森ダンジョンがル・ボネン国からロマナム国を通って大きな川の岸まで広がっています。
地図で見るとル・ボネン国はロマナム国の北西に在り、国境は黒の森ダンジョンと闇の森ダンジョンに挟まれた部分だけのようです。
ロマナム国の王都から東のオウミ国迄はとても広く、北は闇の森ダンジョンが海岸まで広がっています。
カークレイさまがおっしゃるにはロマナム国が東へ侵略して来た結果だそうです。
大きな城塞都市が幾つも在りますが、一際大きな城塞都市がロマナム国の真ん中に在ります。
ダンケルと書かれている名はロマナム国に占領された後改名された名だそうですが、前はオウミ国と同じ民族のラサカ国が在ったそうです。
男爵様が地図を指さしながら戦況を教えてくれます。
先ほど教えて貰ったダンケルの少し東の都市を指さしながら。
「ル・ボネン国の軍と合流したそうだ。」
「今後ダンケルへと攻め上る我らと守りを固めるロマナム国と言う状況に成るだろう。」
戦いは、攻めるル・ボネン国とオウミ国、守るロマナム国と言う構図で終始硬い守りを崩さないロマナム国がゆっくり後退して行く戦いになっている。
ロマナム国は城塞都市を中核として防衛線を築いていて、補給もしっかりと準備されているらしい。
城塞都市の周りに出城を沢山作って城塞都市の防衛の一角をその出城が担っているそうです。
攻める方は、出城から攻め落として行かないと、城塞都市を攻めても出城からの攻撃が在ると被害が大きいく攻めがたい。
出城を攻め落としても、地下通路で城塞都市へと守備兵が逃げてしまい、敵の戦力をなかなか削れないと言う事です。
竜騎士は今の所偵察のみでブレス攻撃などはまだ行っていないそうだ。
でも姿を見せるだけで敵の戦意を挫くようで、竜騎士を見ただけで降伏した城塞都市も在るので味方の士気は高いらしい。
8月の熱い最中に、ロマナム国の大きな城塞都市ダンケルを巡る攻防戦が始まりました。
このダンケルはロマナム国の東の中心都市で、兵力も1万は下らないとの事です。
攻めるル・ボネン国とオウミ国の軍は合わせて3万弱、ル・ボネン国が1万とオウミ国が1万6千程だそうです。
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次回は、ビチェンパスト国の事が少しわかります。