第80話 (閑話)闇魔術師
エルゲネス国からやって来た男の話。
私は、父がエルフの女と別れる時父に付いてエルゲネス国へと渡った。
私を産んだのはエルフの女だが、母親らしい事はされた事など一度も無い。
エルゲネス国へ渡ったエルフの男達は、我らをダークエルフと蔑みの言葉で呼ぶ聖樹島のエルフをエロフと呼ぶ。
勿論その生態の本質を指した呼び方だと思っているがあまり世間に広まっているとは言えない。
逆にダークエルフ呼びがエルゲネス国のエルフを指す言葉として定着しているのは腹立つ事だ。
父は聖樹島から出てエルゲネス国にやって来ると、エルフの男でもエルフを継承できるように生命に付いて研究を始めた。
父や他のエルフの男の研究は数万年に及んだが、せいぜい生まれたエルフ系の子供の寿命が千年に届くかどうかぐらいまでしか伸ばせていない。
私も同じ研究に手を染めたがやがてエルフ誕生の切欠となったマーヤニラエルと言われる最初のエルフを研究する事がエルフの男がエルフを継承できない問題の原点ではないかと思うようになった。
資料は聖樹の記録庫にあるため、少ないエルフの男の伝手を頼りに資料を取り寄せて貰った。
文字に記された内容は古い文字のために内容があやふやな部分が多くあったが、妖精族の男が変異してエルフとなりエルフの女と結婚しマーヤニラエルが生まれた事がかろうじて分かった。
結婚したエルフの女は短命で、変異した妖精族も短命で死んだ。
生まれた娘のマーヤニラエルは長命族で最初のエルフとなった。
私が調べた妖精族と他の樹人や人族との結婚では妖精族の寿命が短命に変異する事は無い。
エルフの男と結婚した、エルフの女に変異した長寿の妖精族との子は、普通にエルフの男と女が生まれている。
短命種から長命種が生まれたのは唯一エルフが発生した時だけだ、ただドワーフや他の樹人が発生した時の記録は今の聖樹には残されて無かった。
当時の私は幾つかの推論を持っていたが、確かめる事は難しかっただろう、妖精族の数が少ないうえに聖樹から出ない事で有名だからだ。
やがて私が闇魔術に手を染めて行ったのは、得難い妖精族を手に入れるために洗脳してでも手に入れようと決意したからだ。
だが、闇魔術は洗脳以外にも身体能力の強化、生命活動への外部からの干渉、闇妖精の使役や空間の隙間への干渉など有益な魔術が数多く在り、私は闇魔術の会得に夢中になった。
いつの間にか2周期(5万年)が過ぎていた、ふとわが子が短命なためどの子も子孫しか生きていない事を知り、私も長命種の子供が欲しくなった。
しかし、エロフの女には吐き気がするだけだ、ドワーフの女だとドワーフの男に殺されかねない、奴らは近づくだけで威嚇して来るからな。
やはり妖精族の女でなければ、それも出来れば変異して短命になる様な妖精族の中でも特異な変異をする妖精族ならなおの事良い。
そう思って行動に移そうとした時、聖樹の変が起こった。
妖精族は滅亡したそうだ。
ドワーフ族も同じく滅亡したそうだがあまり関心は無かった。
父と分かれたエロフの女から連絡が在ったのはそんな時だった、何故か私が闇魔術を研究している事を知っていて、その力を在る有益な情報と交換で使いたいと言って来た。
なぜそのエロフの女が私の研究と目的を知っているのか分からなかったが、恐らく聖樹島に残った男のエルフからでも聞いたのだろう。
有益な情報の中身が短命な変異をする妖精族の情報だと聞いて、一も二も無く承諾した。
アーノン・ススミと名乗る人族の代理人(恐らくエルフの血が入ってる)から渡された資料にはイスラーファの情報とその血筋について記されて在った。
資料を読んだ私がこれまで不明だった幾つかの謎が解き明かされたことを理解した。
「そうだったのか、妖精族の中でも聖樹と子をなす血筋の妖精族のみ、他の種族と結婚し変異する事で新しい長命種を生み出す事が出来るのか。」
妖精種の王家の血筋は此れまでも数多くの樹人を、更に遡れば聖樹さえも生み出した血筋だった。
情報の対価はロマナム国で聖樹の変の後ダキエ国から逃げたエルフの女を洗脳する事だった。
逃げた女とはイスラーファの事だ。
元は妖精族の女で結婚後変異してエルフに成った、次期エルフの女王だった人物だと言う事は知っていた。
しかしイスラーファの従妹がハイシルフで聖樹との子(聖樹の実)を産んだ妖精族の女だとは資料で初めて知った。
私でも知っているぐらい有名な次期エルフの女王だったイスラーファだが。
聖樹の変で炎上する聖樹からかろうじて逃げ延びて今はオウミ国へ逃れているらしい。
私のダキエ国の情報源であるダキエ海軍のエルフ男の話では、彼女は聖樹の変の前、妊娠したと聞いていたが出産したのだろうか?
生まれた子は普通のエルフだろうか?
イスラーファも気になるが、私は生まれているかもしれない子供の方を調べてみたいと思っている。
男なら新たな男系のエルフが生まれているかもしれない、だが私は自分の子供が長命種となってほしいのだ。
女ならわが子に男が継承するエルフが誕生するかもしれない。
一度変異したイスラーファとその娘ならどちらも可能性はあるだろう。
アーノン・ススミの案内で旅をする事に成った。
エルゲネス国を出て、ロマナム国迄の旅は文明の遅れた田舎の様な家々やデコボコ道を通って行かなければならなかった。
食事も手づかみで食べ、汚れた手で食事を作り、トイレに行っても手も洗わない。
正直インベントリのカバンに色々入れて無ければ耐えられなかっただろう。
樹人の文明の影響を感じるのは、町中のトイレだけだ。
田舎ではそこら中に排せつ物が人や家畜を問わずバラまかれている。
ロマナム国の王宮に付くまで馬車の中か宿の部屋に閉じこもったままだった。
王宮も町中と大した違いは無かったが、手洗いの習慣が在る事だけでも文明の香りを感じる。
ロマナム国の国王はゼフュロスと名乗ったが、背は私と同じぐらいで横幅は倍は広かった。
野獣の様な肉体に甘い香りだけどあまりにも強く匂い吐き気がする。
さしずめ蛮族の王とでも呼ぶのがぴったりくる。
傲慢な王だが私は契約でここに来ている、契約が終わるまでの1年間は此処で我慢するしかない。
仕事の内容は連れてこられた人間を指示された状況に対応するように洗脳する事だ。
基本的な仕事の内容は、洗脳する人間が指示役の命令を理解して実行できるようにする事だ。
私の洗脳方法は直ぐに解けても良いのなら闇魔術の安静、睡眠、共感、などを行使して、対象者を洗脳が受け入れやすい状態へと導いてから洗脳する。
長期にわたる洗脳状態を維持する場合は、魔薬を使う。
なるべく痕跡を残さない様な魔薬で対象者の心を半覚醒状態へと導き洗脳の魔術で心の中に箱庭を作っていく。
この場合の箱庭とは心を欺く虚構の世界の事だ。
この心の中の箱庭を居心地良く感じる様に魔薬で習慣づけ、周囲の状況に合わせる様な行動を行いつつ指示役からの指示された内容を実行する事に居心地の良さや満足感を感じる様に洗脳して行く。
ダルトンと言う男を洗脳する事に成ったが、ロマナム国では無くオウミ国の王都まで秘密裏に移動しなければならない。
この男は王都ウルーシュで幅広く建築と土木を請け負っていて、今回もイガジャ侯爵家の離れを建てる事に成って居るそうだ。
コシ・カッチェと言うロマナム国の密偵の親玉はこの離れは作りが工房のようだと分かると、私に洗脳を依頼した。
ロマナム国よりオウミ国の方がより文明的らしいので移動は承知したが、少しはイスラーファの情報が手に入るかもしれないとも期待していた。
ダルトンの洗脳でコシ・カッチェの探索は大きく進んだらしい。
私は、洗脳が終わると直ぐにロマナム国へと返されてしまった。
私の事は最重要機密でかつ私は最重要人物だそうだ、当然な事だが今回はちと惜しかった。
イスラーファと子共の情報が欲しかったのだが仕方が無い。
わが名は、アルデビド・エルンスト・ヒーナニマ(広がりし者)・エルルゥフ。
父はエルンスト・スクナ・ヒーナニマ・エルルゥフ 偉大なるエルゲネス国の侯爵の一人だ。
母はマルティーナ、ダキエの商人にして、エロフの指導者のくずだ。
次回から暗雲、戦争に翻弄されるラーファとマーヤです。