第72話 持ち込まれた難題(4)
イガジャ領の財政難を救う救世主となるか、治癒魔石販売。
マーヤも5歳半となりました。
領内では幾つかの事が新しく始まりました。
9月から始まった、竜騎士学園への王家と大公家の子弟の入学。
同じく、魔女学園へかわいらしい魔女見習い候補が入園してきました。
なんとなくカカリ村が騒がしく感じます。
ラーファはこの1年半の間、イガジャ邸と竜騎士学園と魔女学園以外への移動も活動もしてません。
イガジャ邸から竜騎士学園へは南側(男爵邸の裏側)から通路が作られていて、そのまま魔女学園まで通れます。
魔女学園はレンガ塀で魔女の城郭の一部を仕切っているので学園の門からしか出入りできません。
ラーファが魔女としての活動を休止して竜騎士学園城塞の工事に専念する事になったのは去年の春の出来事が原因でした。
魔女の城郭に在る診療所で働いている時に危機察知が働いたのです。
危機察知の色が赤みがかったオレンジ色をした商人が薬の商談のため魔女の城郭へ来ていたのです。
ラーファはこの件をおばばと男爵様へ伝えて、この商人について調べて貰ったのです。
男爵さまの調べでこの商人がコシ・カッチェに繋がりの在る商人の一人だと言う事が分りました。
その後もカカリ村内への往診中に危機察知が働く事件が在りましたが、この時は別の商人の護衛が対象でした。
結局ラーファの存在が発覚したか、疑われていると考えられるのでラーファは魔女としての活動を止めました。
それから1年半、危機察知が働く事は在りませんでした。
でも男爵さまからは、コシ・カッチェの手の者やベロシニア子爵の関係者と思われる商人がカカリ村に拠点を作ろうと盛んに活動していると教えて貰っています。
男爵さまは言葉を選んで話されましたが、手段を択ばなくなってきているのではと心配しています。
今のカカリ村には王家と大公家の子弟が竜騎士学園に居ます。
ラーファには教えて貰えませんでしたが、おばばが対処した事件も在るだろうと思います。
おばばが対処したのなら薬を使った尋問か使い魔での調査だと思われるので、王家も関係しているのかもしれません。
此処はイガジャ領です、表向きは貧乏な村ですが、影の人材供給の里なのでたいていの事には対処できると安心しています。
ラーファがなかなかここを離れられないのも安心感が在るからだと思います。
今ラーファは魔女学園の門から出て魔女の城郭にある治癒魔石の生産工房へ来ています。
ラーファは治癒魔石の生産工房で大量生産への目途を付けるべく現場視察の予定です。
実は、置き薬の一つとして作っていた治癒魔石を新しいイガジャ領の特産品として売る事に成ったのです。
ではどの位作れるのか、生産体制はどうするのか? それが今回の難題です。
小麦の収穫が終わった9月中頃、お茶会の席でこの話が出て来ました。
「イスラーファ様、治癒魔石が月に10個の生産数と言う事ですが、もっと沢山作れないのですか?」
サンクレイドル様が焦ったように聞いてきた、治癒魔石の工房での実際の生産数を調べたのだろう。
「今は月に10個作るのがやっとですが、領民の需要ぐらいでしたら大丈夫ですよ」
「イスラーファさま、その治癒魔石じゃが月に100個ぐらいつくれんかの?」
とイガジャ男爵さままでが聞いてきます。
しかも月に100個ですか?
ラーファの気持ちとしては治癒魔石の生産を上げようと思えば誰か魔女を選任にしなければ月産100個の需要に対応できないと警戒した。
「今魔女の一人が治癒魔石の生産に張り付けば増産は出来ますが、せっかくここまで順調に領民への診療体制を作って来たのにそれが崩れてしまいます」
「そこを何とか魔女以外の力で何とかならんかの?」
イガジャ男爵さまが拝み倒さんばかりに迫ってきます。
「薬問屋で卸商のオズボーン家から治癒魔石を金貨5枚で購入したいとの申し出が在ったんじゃ。」
治癒魔術を付加した魔石は画期的な魔道具だと確信しているイガジャ男爵さまは、商人に売れば一つ金貨5枚でも作るだけ売れると考えているようだ。
元々お金が必要になった理由が、領民が健康になり領内の経済が活性化して人の行き来が多くなり、道路整備などのインフラ整備の必要に迫られ、現金が必要と成ったのが関係してくる。
それに加えて王家との婚姻や学園の開設などお金がいくらあっても足りない状態に成って居る。
勿論竜騎士学園の建設費は南の大公様が出してくれたが、魔女学園はイガジャ男爵様の手出しだ。
王家との婚姻はアリスが16歳になる2年先ですが、レイは来年結婚でお相手は2歳年上の17歳です。
春の結婚に向けて新居が学園の一角に作られている、完成すれば竜騎士隊長邸に成る予定だ。
お金がいくらでも欲しいサンクレイドル様が男爵様を説得してお金儲けのネタを探された結果が治癒魔石販売なのだそうです。
お二人は、要はどのくらい月に作れるか、それによって月にどのくらいお金が手に入るかが決まるのでたくさん作ってほしいとラーファに頼んでいる訳だ。
治癒魔石を作る切っ掛けは、3年以上前のマーヤの遊びからでした。
ダキエ銅貨を土魔術の付加で魔道具にして遊んでいたのを見つけたのが切っ掛けです。
ダキエ銅貨から魔石に付加の対象を変えて魔力の供給を魔石にした事で誰でも使える魔道具となった。
治癒魔石を作るには魔石の表面を磨く研磨と土魔術での付加が必要だが、専用の魔道具を作り魔力が弱くても作れるように工夫した。
魔女の城郭に工房を作って魔女か魔力の少ない魔女見習いでも治癒魔石を作れるようにしたのが3年前でした。
作った当初は領民への魔女の治療が間に合わない時の緊急手段にと開発したのですが、今では領民が置き薬の中で最も頼りにしている薬になりました。
男爵さまとサンクレイドル様から頼まれて1年半ぶりに魔女の城郭にあるこの工房へと量産のためどうすれば良いか調べるためにやって来たのです。
これまでの魔石の使い方はダキエで始まった錬金術による付与で作成される魔印象、魔道具の動力源などでした。
付加は土魔術の加工に対して行う物で、石材に字を書き込んだり、魔金属に簡単な魔術陣を削りだすように加工する事だったのです。
中には付与と付加の両方を使うゴーレム作成などがありますが作成の難易度は高くなります。
総じて付与は使い捨て、付加は魔力さえあれば繰り返しが可能な、魔道具の事です。
さてどうしましょう?
次回は、治癒魔石の開発秘話です。