第70話 持ち込まれた難題(2)
王家からの提案とイガジャ男爵の動きです。
9月に王家から使者としてガランディス伯爵様がイガジャ領へやって来た。
馬から村人を睥睨して進む背の高い人だ。
その姿を見てラーファは、どこかキラ・ベラ市のベロシニア子爵に似た雰囲気を持つ人だと思った。
ラーファは群衆の後ろからのぞき見しただけだが、近づくと危険な気がして造成工事の終わった城郭で建物の基礎となる部分を土魔術で作る事に専念して、広場に出ない事にした。
3日後使者が帰ったので男爵様が呼んでいるとアリスから聞いて、イガジャ邸へ行くと男爵様がうなっている。
どうやら使者のもたらした内容が問題だったようだ。
「イガジャ男爵さま、ラーファです、お呼びとの事、何かラーファに関係した事でも在りましたか?」
「おおイスラーファ様お待ちしてました、いえイスラーファ様には直接関係する事はありませんが、厄介な事に成りそうでして、御相談させて貰いたいと思いましてな。」
と話を切り出してきた。
「此度の話は、オウミ国王陛下より内内にせよとのお言いつけでの。」
「陛下のお考えでは北の大公の申し出、理が有る故断れんそうじゃ。」
「それでは、ベロシニア子爵が此処カカリ村に大公軍を率いてやって来るのですか?」
ラーファは憎たらしいベロシニア子爵の顔を思い出しながら言った。
「はっはっはっ! 陛下は別の手立てが在ると仰せじゃ。」
「陛下はアリスを王家へ寄越せとお言いつけじゃ。皇太子の次男に嫁入りさせ侯爵家を立てるそうじゃ。」
「更に! レイへ子爵家の娘を娶らせる御つもりで相手の了承も得ているそうじゃ。」
「其の子爵家じゃが、儂の大叔母のひ孫じゃ、当時の王の側室で生まれた子が、今の王家の影の主じゃ。」
「その子爵家の娘も陛下のお孫様のお一人での、次代の影の主にしたい程の才女らしい。」
「此処まで聞けば陛下のお考えが分るじゃろう、新たに立てる侯爵家の領土にイガジャ家を含む事で王家の寄り子にする御つもりじゃ。」
確かに、王家直属ともなれば大公の査察など拒否しても何ら問題は無くなる。
でも問題は、この提案を受け入れるとイガジャ家が3大公家から恨まれる事は間違いない。
北の大公は自領が減る事に成る、西と南の大公は王家が領土を増やし竜騎士を独占する事を不安に思うだろう。
下手をするとアリスの暗殺も考えそうだ。
勿論ラーファに婚姻について何も発言する権利は無いので、今日呼ばれたのは飛竜と竜騎士にまつわる事だろう。
そもそもこの婚姻は良縁で在る事は明白で、王家との婚姻は臣下に拒否できない点で非情である。
「相談したいのはな、飛竜と竜騎士を使って反発しそうな貴族を何とかできないかイスラーファ様に良い考えが無いかお知恵を借りたいのじゃよ。」
正直イスラーファとしては政治的な事柄に首は突っ込みたくないのが本音だが、レイやアリスが絡む事だけに何か良い知恵が無いか考える事に成った。
「直ぐに思いつくのは竜騎士学園への入学ですね、貴族の子女を竜騎士学園に入学させれば良いのです」
「それは儂も考えた、じゃが受け入れ出来る人数はせいぜい5名じゃ、少なすぎて話にならんじゃろう。」
「行く行くは枠を広げれば良いのです、それにおばば様が進められている魔女学園への魔力持ちの子女を入学させてもよろしいかと」
「時間が掛かるのは仕方が無いのう。」
「何かドンと貴族共に分からせる方法は無い物かのう。」
「それこそ凱旋祝勝会の様にデモンストレーションして、皆様の度肝を抜けば良いのですわ」
「それじゃ! 王都で反対する貴族の度肝を抜いてやる!」
ラーファとの相談の後イガジャ男爵様は精力的に動き出しました。
飛竜と竜騎士を使って王都との連絡のやり取りを行い。
計らずも竜騎士の有用性が通信の分野でも証明されてしまった。
陛下との間で決まった事は。
貴族の反発を抑え王家との婚姻を後押しするために、飛竜のデモンストレーションを王都で行う。
内容は陛下の御前にてアリスが飛竜で飛行とブレスを披露する事に決まった。
今は秋の収穫祭の時期でも在り、王都にオウミ国中の貴族が集まり今年の収穫を祝う祝宴が開かれている。
此のデモンストレーションは陛下以下大勢の貴族高官が見物に集まると思うので竜騎士の力を見せつける絶好の機会だと思う。
こうして対応策が決まると10月早々にイガジャ男爵さまは竜騎士のアリスとミンと共に飛竜のキーに乗り込んで王都へ飛んで行かれました。
数日後、サンクレイドル様からアリスの報告があるのでイガジャ邸へ来てほしいと連絡が在り、アリスが帰って来た事を知りました。
既にイガジャ邸の庭には初雪が降りカカリ村も冬支度が始まっています。
おばばと共に行くと何時ものお茶をする部屋では無くてサンクレイドル様の書斎へ案内された。
其処ではアリスがレイと共に私たちを待って居て、応接用の長椅子に招かれて座ると奥の一人掛けの椅子にサンクレイドル様、私たちの前にアリス、レイの並びで座った。
アリスが立ち上がるとお辞儀をする。
「おばばさま、イスラーファさま、この度私アイリスはオウミ王国皇太子ご次男ヘンドリック・ムコライ・オウミさまとの婚約が相整いました」
「これまで教え導いていただいた、お二人に深く感謝申し上げます」
アリスの顔を見たが別段この婚約を嫌がっている様子は無かった。
おばばとラーファで婚約のお祝を述べると少しはにかみ「ありがとうございます」と答えた。
アリスは昨日カカリ村に飛竜のキーにミンと乗って帰ったそうだ。
アリスが着陸したのは竜騎士学園に新しく作られた飛行場の方です。
竜騎士学園が始まった今、竜騎士学園には新しく飛竜舎を建ててメスのキー、ティー、オスのトドが、魔女の城塞の飛竜舎にメスのチャとオスのラスに分かれて飼われています。
アリスが婚約の報告の後、王都でここ数日の出来事を話してくれた。
カカリ村を出発後昼過ぎに王都ウルーシュ上空に付いた一行は。
王家と事前に何度も打ち合わせを行った、その打ち合わせ通りに、王都ウルーシュの上空を宮殿を中心にして3回周り、北門の前へ降り立った。
北門の前にはイガジャ家から王都へ向かう馬車と領兵が打ち合わせ通りに到着していた。
門前の広場に場所を確保してテントを張り飛竜の厩舎替わりとした。
アリスとイガジャ男爵が降りた後は、飛竜のお世話をするために一緒に飛んで来たミンが飛竜と残ります。
宮殿に入った男爵様とアリスは直ぐに陛下の前で到着の報告をすると。
陛下から乗って来た飛竜の事を聞かれ、練兵場で陛下にお披露目する事に成った。
出来レースではあるが、この王都飛行は王都での大事件と成った。
大いに好奇心をそそられた3大公を含む貴族は次の日に練兵場に設えられた会場で飛竜のお披露目を見学する事に成った。
飛竜のお披露目でアリスは練兵場に直接飛竜で乗り付け陛下の目の前に降り立ったそうです。
その後用意された小屋を飛竜のブレスで焼き払うデモンストレーションで会場の人々の度肝を抜いたそうです。
燃え上がった小屋は兵士が水を掛けても火が消えず、燃えるものが無くなるまで燃え続けたそうです。
翌日にはアリスとヘンドリック皇太子ご次男との婚約が発表されると誰も反対するものは出なかったそうです。
飛竜の2日間に渡るデモンストレーションを見せられた、大公を含む貴族に王家が竜騎士の手綱を取る事に反対出来るだけの気概は無かったと言えそうです。
アリスは婚約の発表が在った日の翌日昼7後(午後)王都を出てカカリ村へミンと飛竜で帰ったそうです。
イガジャ男爵は王都に一人残り陛下と話し合い続けているそうです。
冬に成って飛竜の迎えで帰って来たイガジャ男爵様は王との話し合いで決まった事をお茶会の席で教えてくれた。
レイはアニータ・イクシア・オウミ、オウミ王国の影の組織の長の子爵家の娘、次代の影の長と結婚し現イガジャ男爵家を継承する。
アリスはヘンドリックと結婚し彼がイガジャ侯爵となる。
旧イガジャ領で今の北の大公領の領地はイガジャ侯爵の領地とする。
アリスとレイの子供は最年長の男女でイガジャ侯爵家を継ぐ。
この名も無き世界の結婚と言う契約について。
樹人の影響の強いこの世界では結婚も樹人の契約結婚の影響で結婚相手は一人となる。
地域毎にその形は違ってくるがオウミ王国では結婚は男女の1組のみで長子相続と成っている。
これは樹人の中の妖精族の持つ特徴、変異が原因です。
妖精族は同性でも異性でも愛し合うと異性同士の一組に成ってしまう。
そう!妖精族同士だと男女のカップルでも愛し合った時どちらの性に変異するか、その時の気持ち次第なのです。
結果として必ず男女のカップルに成るので、妖精族から結婚と言う契約で派生した樹人たちは、一組の男女で結婚する様になりました。
その習慣が根の一族にも伝播し、南と西の大陸と言う聖樹島に近い大陸にすむ人々の生活に取り込まれて行き、やがて宗教や習慣として根付きました。
聖樹島から遠い南の大陸では一夫多妻などの結婚の形態が見受けられるそうです。
次回は竜騎士学園の婚姻による変化です。