ホミュニケーションのススメ
私の名前は包 卵夫。とある自動車修理工場に勤務する、しがない整備士のオッサンだ。
家族構成は、妻と、中学1年生の長女、小学2年生の次女、の4人家族。
どうでもいいが、男女比が1:3で肩身が狭い。
家族構成から分かるように、私はちゃんと女性と結婚しているし、断じてホモではない。
家族構成の男女比が、女ばかりの反動で、ホモに目覚めたというわけでも、断じてない。
だが、男同士でわざとホモッぽい言動をして、笑いを取るコミュニケーション――ホミュニケーション――には理解があるつもりだ。
ホミュニケーションとは私が考えた造語であり、まるでホモのコミュニケーションのように聞こえるが、あくまでホモっぽい言動をして笑いを取るコミュニケーションのことであり、断じてホモではない(大事なことなので2回言っておくこととする)。
なぜこんなにも、ホモについて予防線を張るかというと、これから書くエピソードが端から見るとホモっぽく見えるからだ。
しつこいようだが、私は断じてホモではないッッ!
――というわけで、本題に入ろうと思う。
どんな仕事でもあることだと思うが、作業に集中している時、人は無防備になる。
仮に私が殺し屋に命を狙われているとして、自動車に向き合い作業に四苦八苦している時に、背後から襲われたらひとたまりもないだろう。
平和な法治国家、日本で、そんな目に遭うことは、そうそうないだろうが、そういった手の離せない状況を良いことに、悪ふざけをする輩はいるものだ。
これは私の経験談だが、社会人になりたての頃の職場で、作業に集中していると、「ズド~ン」という掛け声と共に、肛門に凄まじい痛みを感じることがあったのだ。
立ち仕事だったので、私の尻が格好の的だったのだろう。当時の先輩が両手の人差し指と中指を駆使した、渾身の4本指カンチョーを、私の尻にかましくさったのである。
ケタケタと嗤い、カンチョーについてのウンチクを語る先輩を尻目に、あまりの痛みで考える人の彫像のように蹲った私は、声を発することはできなかったが、怨嗟の声が心の中を渦巻いていた。
笑いごとじゃねーんだよ、クソが! 2本指カンチョーと比べて4本指だと、突き指しづらい豆知識とかどうでもいいし、「ズド~ン」とかいう効果音もいらねーんだよ! ――と。
当時はおおらかな時代だったので、笑い話で済まされたし(私は笑えなかったが)、訴えるという発想もなかったが、今の時代なら普通に勝てる気がする。
まあ、今更過ぎ去った過去のことは良いのだけれど、皆さんも何かに集中する時は、背後に気をつけた方が良いかもしれない! 尻に意識を割きながら集中するとはこれ如何に? という話ではあるが……。
兎に角、尻が痛かった。痛みの種類は違うかもしれないが、タイキックを喰らったココリコ田中氏の気持ちが分かる気がしたね。
……おっと! 本題に入るとか言いつつ、盛大に脱線してしまった気がする。私が言いたかったことはこうだ。
肛門に激痛を受けることに比べれば、尻を撫でられることなんて些細なことだと。
現在の職場で作業に集中していると、不意に尻を撫でられる時がある。
犯人は後輩の同僚、正英くんの仕業だ。
彼は口数の少ない、ちょっと不思議系のイケメンで、いかにも女性にモテそうなジャニーズ系の甘いマスクをしている。そして実際にモテる。
ちゃんと付き合っている彼女もいて、ホモではないと思われるのだが、そんな彼が何故、私のようなオッサンの尻を撫でるのか?
過去に正英くんとの会話で分かったことは、どうやら彼は両親の愛情を受けずに育ったようなのだ。
これは憶測だが、つまり親の愛情に渇望があるのではないかと?
正英くんの行動を見ていると、男女関係なく、年上にちょっかいをかけてからかい、反応を楽しんでいる節がある。
単に年上が好きなだけの変態かとも思ったが、わざとイタズラをして、親に関心を向けて欲しい子どもの行動に似ているように思えるのだ。あくまで憶測でしかないが……。
つまり、彼が私の尻を撫でるのは、彼なりのホミュニケーションなのだろう。
カンチョーをされることに比べれば、尻を撫でられることなんて、なんのその。
いいよ、乗ってやるよ。そのホミュニケーション。
こうして、正英くんへの同情もあって、私もホミュニケーションを実践してみることにしたのである。
とりあえず、正英くんが尻を撫でてきたら、私も尻を撫で返してやれば良い。
……そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。
いざ正英くんの尻を撫で返そうとしても、気付いた時には彼は数メートル離れた位置にいて、手が届かないのだ。
なんていやらしい!
尻を撫でる行為そのものがいやらしいのではなく、反撃を受けない立ち回りで、不敵な笑みを浮かべて去っていくことが、いやらしい。おのれ!
どうやら私のような陰キャと比べ、ホミュ力は正英くんの方が上のようだ。
不甲斐ないが、私は彼のような華麗でテクニカルなホミュ力は持ち合わせていないので、直球勝負で攻めることとする。
――そしてチャンスはやってきた。
私が作業をしていると、尻を撫でずに正英くんが話しかけてくる。
どうやら仕事で分からないことがあり、教えを乞いたいようだ。
自動車整備の専門的な話をしてもつまらないので、詳しくは割愛するが、正英くんが担当している車両の、取り外したいボルトの位置が分からないようだ。
「いいよ、俺も一緒に見るよ」
そう言い、私は正英くんと仕事の話をしながら、件の車両のあるスペースへと向かった。
「あのボルトは分かりづらい位置にあるんだよ。到達するまでに、■■■■■■■■を外さないといけないから、ガスケットも新品にしなきゃいけないし、けっこう大変なんだよ」
「へえー、どうりで見つからないと思いましたよ。ということは、ガスケットも発注しないといけませんね」
「そういうこと」
そんな真面目な会話の応酬をしながら、私は執拗に正英くんの尻を撫で回しているのに、何故だか彼は小揺るぎもせず、無情にも真面目な会話だけが続いてゆく。
いったい何がどうなってやがる!?
そうしている間にも、件の車両へ到着してしまい、いたたまれなくなった私はこう言った。
「正英くんさ、いつも尻を撫でてくる仕返しのつもりだったんだけど、流石に無反応はないわー。何もなかったかのように、仕事の話を返されても困るわー」
気まずい空気が流れ、暫しの間を置いて、正英くんは答えた。
「……大丈夫です。ちゃんと感じてますんで」
そう言い放ち、ニヒルな笑みを浮かべやがった。
……駄目だ。勝てる気がしない。
私ごときのホミュ力で、正英くんに張り合おうとしたのが、間違いだったのだ。
ここまで、彼のホミュ力が隔絶しているとは思わなかった。
力の差を見せ付けられた私は、なんだか可笑しくなり、声を出して笑ったのだが、正英くんも声を出して一緒に笑い合った。
端から見れば、とても気持ち悪い光景だろうが、久々に心の底から笑った気がする。
こうやって笑い合えるのであれば、ホニュニケーションも悪くない。その時はそう思ったのである。
――その日の業務が終わり、私は洗濯済みの作業ツナギに着替えていた。
更衣室はちゃんとあるのだが、作業ツナギが干してある場所から離れているので、工場の隅で着替えるようにしている。
工場の隅とはいえ、従業員が通りかかれば、バッチリ見られる場所であり、TPOを弁えていないと言われても仕方がないが、そんな細かいことを言うヤツはいないので、問題ないと判断しての行動だ。
だが、今日に限っては食い付いてくるヤツがいた。
正英くんだ。
「キャー! 包さんのエッチ!」
なんだ、またホニュニケーションか。
仕方ない、乗ってやるか。
「ああ、正英くんを誘惑しているんだよ」
さあ、正英くんはどう返してくるのか?
「はい、勃ちました」
……ふざけろ! ホニュニケーションにも限度があるだろーが! 生々しいわ!
身の危険を感じた私は、ニヘラと愛想笑いを浮かべ、そそくさと帰宅したのである。
――帰宅後、リビングの掃除、炊飯、入浴と食事を終えた私は、録画したアニメを観ていた。
我が家の女達は酷いのだ。
興味があり、一緒に鑑賞しているアニメに関しては何も言わないのに、私しか見ていないアニメで、お色気シーンや美少女が出てくると、妻を中心に私を弄り出すのである。
長女は年頃なのか、パソコンで動画やサイトを見ている時に、近くを通りかかると、サッとディスプレイを隠すようになった。
「好きで見ているものを馬鹿にしたりしないし、隠さなくたっていいよ?」
と、私は言うのだが、なにやらそういう問題ではないらしい。
あれか? 母ちゃんの弁当を見られるのが恥ずかしくて、隠して食べる中学生男子みたいなもんか?
まあ、それはともかく、私はそういうスタンスでモノを言っているのに、長女まで、妻と一緒になって私を弄ってくるのだ。
「タマちゃん(私の愛称)はいつから、そういう美少女が出てくるアニメを見てブヒブヒ言うキモオタになっちゃったかなあ? 」
と、妻は言うのだが、美少女アニメではなく、シリアスな作風のアニメでも、女性キャラが出てくると、ここぞとばかりに言ってくるあたり、こじつけて私を弄って楽しんでいるだけに思える。
先日、弟から連絡が来て、近況を聞かれたので、この話をしたら、
「楽しそうでいいじゃん、口を利かない夫婦より全然いいよ」
とのこと。
「でもさぁ、女3人で俺を虐めるんだよ」
と私が返すと、
「だって、タマちゃんドMでしょ?」
とか言って笑ってやがる。
違う! 私は断じてドMでもホモでもないッッ!
でも、弄られるコミュニケーションでも、それで笑い合えるなら良いかな。と受け入れている自分がいるのも、たしかなのである。ドMじゃないけど。
やっぱ、男女比1:3は狡いと思う。数の暴力は如何ともし難い!
話は戻るが、妻の美少女が出てくるアニメにブヒブヒ云々という言葉に対して、
「違いますー! ストーリーが面白いから観てるんですー! 決めつけは良くないと思いますー!」
と、私は反論するのだが、妻はこう言う。
「あ~ん? じゃあそのアニメのタイトル言ってみろや! どうせ、エロイーズ学園とかそんなんだろー?」
「違いますー! リコリス・リコイルですー! 略してリコリコですー!」
「は? リコリコ? 何そのタイキックされそうなタイトル!?」
「タイキックはココリコですー! つーか、寒いんですけどー」
「なんだとてめぇ、どこ中だコラァ~!」
「どこ中って、てめぇこそ、どこの元ヤンだコラァ~!」
流石にこの不毛な争いを、見かねたのか、次女(小学2年生)からクレームが入る。長女は何が可笑しいのか、笑っていやがるが……。
「あ~! 汚い言葉使ったらダメって、ママちゃんも、パッパもいつも言ってるのに、いけないんだじょ~」
「「あ……はい、すいません」」
――といった風に、我が家はいつも、だいたいこんな感じなのだが、結局は私が弄られて終わることに変わりはない。
他のアニメで、男性キャラが上半身裸で鞭打ちの拷問を受けているシーンを観ていれば、
「うわっ、今度はホモだよホモ。ホモォ……」
などと言ってくる始末である。うるせー(笑)
とりあえず合わせて、「ホモォ……」ってあれでしょ? 大福みたいな嬉しそうな顔した顔文字に、足生やした虫みたいなやつ。と私が言うと、
「あ! それ見たことある!」
と、長女がはしゃぐ。
妻がスマホで検索して、その顔文字(ホモォ……┌(┌ ^o^)┐)を娘達に見せると、良く分からんが気にいった模様だ。
3人で、せーの!「「「ホモォ……」」」とか言って喜んでやがる。
なんだコイツら、と思いつつ、私はあることを思い付く。
今はせいぜいはしゃいでやがれ! そんなにホモが好きなら、性別の垣根を超えてホミュニケーションが通用するってことを証明して、度肝を抜いてやるぜ!
正英くん、草葉の陰から見ててくれよな!
私はおもむろに、蜥蜴のような四つん這いの姿勢になり、彼女らに向けてこう言ってやった。
「ホモォ……┌(┌ ^o^)┐」
……結果、ドン引きされた。
何がいけなかったのだろう? 私には分からない。
もしかしたら、正英くんなら分かったのかもしれないが、とりあえずホミュニケーションの奥が深いことは分かったつもりだ。
――このように、上手く活用すれば、煩わしい人間関係を円滑にできるポテンシャルを秘めているかもしれないホミュニケーション。
有用だと思った方は、実践してみては如何でしょう?
何? このエッセイ、女性が置いてきぼりですって?
じゃあ、百合ニケーションとかで、良いんじゃないですか?(テキトー)
なお、セクハラで訴えられても、当方は一切の責任を負いません。(オイコラッ)
私はホモではありません。
ホモォ……┌(┌ ^o^)┐