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一話完結の短篇集

今日の運勢

作者: 雨霧樹

 起床したら、サイコロを一個振る。それが僕の日課だった。今日も寝室で体を伸ばしながら、用意しているサイコロを振る。

 

 今日の目は「6」だった。

 

 何故そんな習慣がついてしまったのか、自分でもわかっていなかった。多分、中二病を発症したときに見た映画に影響されたんだと思う。ただ、一度習慣化したら抜け出せないのが人のサガで、社会人となった今もやめることはできていない。

 ただ、出目に応じて今日はこんな日なのかな、とは想像を巡らしながら朝ごはんにパンを食べる。

 ちなみに朝ごはんは出目で変わり、偶数が出たらパン、奇数が出たら白飯と決めている。まぁ、賞味期限が過ぎてたらそんなことも言ってられなくなるが、出来る限りサイコロを振る意味を見出したいために、こんな決め事をしている。


 今日の出目は「6」だった。そして、この目がでたらやることは「今までやったことないことをやる」と決めている。大抵の場合は安物の道具を買って、今まで手を出さなかった趣味って奴を始めている。今では風景を描くのが趣味になったが、それ以外の大抵のものは、段ボールの奥底に眠ってしまった。だが、今日は違う。


 この趣味を周りに言ったらどうなるんだろう、それが気になって仕方が無かった。たとえるなら、道端で座ってる人を突然蹴りたくなる、あの衝動に近い。

 意を決して、自分の少ない友達の一人から、縁が切れても惜しいと思えるかギリギリの奴に話すことにした。

 

「それってさ、カレーが食べたいから毎日金曜日だって言ってるのと変わらなくない?」

「……全然意味がわからない」

  

 こいつは違った。一笑に付して終わらせるだけだと思った自分の話を、コイツは何故か真面目に受け取った。しかも、茶化したりもしない。


「つまりさ、君は今日の運勢をダイス自体に委ねていて、後付けで自分にとって都合の良い解釈をしているんじゃないかってこと」

「――俺がサイコロを振るのは、何かのせいにしたくて仕方がないからって言いたいのか」

「そこまで過激な事は言ってない。ただ、それに近しいと思うよ。特に、朝ごはんをダイス目で決める癖に、一番重要なのは”賞味期限”じゃないか。もし君が朝にダイスロールを辞めないのは、ただの中二病を長年引きづっていること自体に誇りを持っているか、その習慣自体を崩すことを恐れているか、どっちかだと俺は思うよ」

 

 でも、友人の話は、余り要領を得なかった。まともに話を聞いてくれ、会話という人並みな営みを行えたのは嬉しかった。コイツとの縁なら、別に失っても惜しくないと下心で満ちた自分が恥ずかしくなって、のたうち回りたくなる。しかし、あそこまで煙に巻くような発言をされては、自分のこの行為に何の意味があるのかという、ある種の根源的な問いに振り返る必要があると感じてしまう。

 しかし、そこまで考えてあまり良い結果を得ることはできないのだろうという確信があった。それはこれまでの無駄に長かった人生で得た数少ない学びだっただろうか。そんな思いを抱えながら、寝床についた。


 ――不思議な夢を見た。

 今日行った会話が、もう一度行われる夢だ。ただし、最後に違いがあった。

「このダイスを使ってみなよ。多分、君から無駄な時間を消すことが出来るよ」

 そうやって友人から、普段振っている物と比べ、より重いサイコロを手渡された。まじまじと見ようと受け取った手を近づけようとすると、友人は隠すように手サイコロを覆った。


「見るのは、明日。気が付くのはその時じゃなきゃ駄目なんだ」


 気が付けば、窓から日が差す時間となっていた。未だ霧のかかった思考の中、無意識でサイコロを手で探す。普段ならば素早く掴むことが出来るのだが、昨日の置く位置が違っていたのか中々見つからない。仕方なく体を起こしてサイコロを掴み、そのまま机に向かって放り投げようとする。しかし、投げる瞬間、正体不明の違和感を感じ取った。何かが起きてしまうのではないかという恐怖か、それは分からないが、このサイコロを投げたことで、普通ではありえない事が起きてしまうのではないかという確信が唐突に芽生えた。しかし、既に手のひらから、サイコロを零れ落ちていた。


 勢いを失ったソレは、床に零れ落ちる。

  

 サイコロの出目は「7」と出ていた。


 夢で見たことを思い出す。

 「"無駄な時間"ってことか……」

 六面サイコロを振って1~6以外の結果が出るのでは、意味が無い。確かに、これ以上ない無駄な時間なのだろう。


 長年の習慣が失われてしまったことに安堵できたのか、落胆したのは誰にもわからない。


 ただ、一つ言えるのは、彼はその日から、今日の運勢を探しに、星占いを見るようになったという事だけだ。

 

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