姉として
「だって、父が退いて何か問題がある?随分前から、仕事は私とカイルでしているのだし」
「待って下さい、僕は父が退くことに不満があるわけではないのです。父の跡は姉上が継ぐべきではないですか」
「そんなまさか、そんなわけにはいかないわ」
「どうしてです。女当主など別に珍しくもない。姉上は民にも慕われています」
「今まで父は、跡取りは貴方だと公言してはばからなかったのよ。それがいきなり私が現れてごらんなさい、余計な詮索を生むだけだわ。リリアはね、案外今回の婚姻に乗り気よ。ブレイク家のような名家に、うちがごたごたしてる内情を知られたくはないわ。破談にでもなればあの子が悲しむの」
「……分かりました。でも具体的にどうしたら…」
「とにかくまず、父に、家のものに勝手に手を付けさせないようにする。それには私たちだけでなく、執事や使用人の協力も必要ね。ただそれは大丈夫だと思うわ、父のままでは危ういのは皆もよく分かっているだろうし」
「外堀を埋めるのですね。では僕は、親族や親しくしている貴族の方、周辺の諸侯に根回しをします。ギルド長や、商会の者にも話をしましょう。近々領主が変わる、父との取引は停止するようにと」
「お願いね、カイル」
「姉上、とにかく今日は休みましょう。明日から忙しくなります」
「ええ…ええ、そうね。今日は疲れたわ…」
高ぶっていた気力が落ち着いて、一気に疲労として襲ってきた。私は額に手を当て、少しよろけながらカイルの部屋を後にする。
1人の部屋は、ようやく私の心と身体に休息を与えてくれた。ゆっくり考える時間も。
─妹は嫁ぎ、弟は跡を継ぐ。
…じゃあ、私は?私はこれからどうなるのだろう?
私の未来だけ、ぽっかり穴が空いたように何も見えない。
私こそ隠居して、自由に生きて行きたい。カイルとリリアは大切だけれど、ときどき1人になりたくなる。私の心はここ数年、不安しか感じていない気がする。
ただそんな本音は、今はまだ隠すしかない。きっとその言葉は、2人を傷付けてしまうから。
せめてカイルが、私がいなくても穏やかで過ごせるようになるまで。そう、当主として落ち着き、素敵な婚姻を結び、もう、私など必要ないと胸を張って言えるようになるまで。
……それまで私は、姉でいても許される?
だけど私には、その不安を吐き出せる場所も相手もなかった。