当主となれ
リリアの婚姻は、話だけを聞けば確かに案外良縁ではあるようだった。年も近いし、見た目にも問題はない。
家柄などは申し分ないし、リリア本人も、寂しさはあっても嫁ぐのに悪い気はしていない。
問題は中身だ。そこが最も重要な部分だろうに、ろくな情報がないのが悔しい。
なにせうちは爵位こそあれど、王どころか公爵にだっておいそれとに近付けるような立場じゃない。王とも親しくしているという、名家の内情など分からない。
社交の場に顔を出していれば一度くらいは会えたかも知れないけれど、そんな短時間で性格など分かるはずもないし、私は早々に切り捨てられていたので人前に出る機会はあまりなかった。
そこだけはもう、私に出る幕はなく、婚約者様がまともでリリアを守ってくれる人であれと願うしかない。
そして悲しいことに、我が家にとってその婚姻は、非常に助かるものなのは事実だった。
私は今度はカイルの部屋を訪れ、あまり大きな声では言えない話に興じていた。
「……父様と母様はどう?」
「もう無理ですね。今度は結婚式用の衣服を揃えなくてはならない、既製品もいいがオーダーメイドにしようかと、2人が頭を悩ませていたのはそれだけです」
「まあそんなことだろうとは思っていたけど。いっそ諦めもつくわね」
「そうですね。とにかく、ブレイク家からかなりの結納金が贈られるのはまず間違いないようです。少なくとも、我が家を悩ませる借金問題はそれで解決出来そうですよ」
「良かった…。勿論全額を使うわけではないにせよ、多少は領民にも還元したいわね」
「そうですね。ただ問題はやはりあの2人かと…」
結納金を当てにして既に新しい衣服を買い、更に浪費を重ねようとしている姿を見れば、あの2人がこれから先節約などするわけもないのは明らかだ。
結納金がいくら膨大なものであろうと、必ずいつかは尽きるときがくる。再び贅沢を覚えた両親が、新たな借金を作るのは時間の問題だった。
せっかく借金返済という、この家を立て直す最大のチャンスが訪れようとしている今、私はもう両親の好き勝手にさせるつもりはなかった。
「借金は解決したとしても、父がこのままでは同じことよ。結納金はリリアの価値のようなもの、無駄なことになんて使わせない。…2人、特に父には近々隠居してもらいましょう。カイル、貴方が跡を継ぐのよ。この機会を逃してはいけないわ」
カイルが目を見開いた。
確かに問題は山積みではある。まず父は、そう簡単にその座を退きはしない。至って健康な上に、男爵という立場を容易く手放すような男ではない。地位というものに執着も持っている。
それが形だけの領主であろうと、金もなく仕事もしていない今の父にとっては、それだけが残された誇りなのかもしれない。