番外編
完結したつもりでしたが書きたいネタが出来たのでこれだけ復活です。お楽しみ頂ければ幸いです。
馬車での長旅を終え、城を頂く王都へ無事到着したその日。
式自体は3日後であるものの、リリアとの再会とそのお相手ハリティオ様との顔合わせの為お屋敷を訪れた私は、思わぬ事態に慌てていた。
そこには既にカイルが着いていたのだけど、弟は私の隣に立つアルト様を見るなりキッと鋭い視線を向けてきたのだ。
「貴殿が姉上の…」
「初めまして、カイルくん。お噂はかねがね。僕のことはアルトベルと呼んで下さい。義兄さんでも構わないよ」
「初めまして、アルトベル様!」
じりじりとアルト様を睨みつけるカイルと、笑顔でそれを受け流すアルト様。私の旦那様を紹介出来ることに嬉しさと少しの気恥ずかしさはあったけれど、こんな動揺を覚えることになるとは思わなかった。
カイルの視線には、明らかに敵意が見て取れたから。
「か、カイルどうしたの?貴方らしくないわ」
「申し訳ありませんが、姉上は口を挟まないで下さい。これは男同士話さなければならないことです」
「待って、何を話すことがあるの」
「大丈夫ですよ、フレイ。何ならお茶でもしていて下さい」
「ええ…?」
「……お姉様、そうしましょう。きっと長くなるわ」
「リリアには分かるの?」
「薄々こうなるんじゃないかとは思っていたの。お兄様はお姉様が大好きだから」
「私?」
私が関係しているらしいのに私は蚊帳の外という状況はいいのだろうか。
戸惑い、リリアの申し出も素直に受け入れられない私に、今度はハリティオ様の声が重なった。
「放っておきましょう。なに、アルトは楽しんでいますよ。あの顔はね」
「はあ…」
勝手に厳格なイメージを抱いていたハリティオ様は確かに冷静で落ち着いていて、だけど貴族らしい偉ぶったところのないお人だった。
そしてリリアも言っていたように、闇のように暗い黒髪はやはりアルト様と似ていて、私はたちまち親近感を覚えた。
この方がリリアの旦那様。そして私の旦那様の従兄弟。
もっとゆっくりお話してみたいのに、今はカイルのせいでそれどころじゃない。
2人の謎の諍いを止められなかった私は、仕方なく促されるまま椅子に座り香り豊かな紅茶をすすった。
「………姉上が畑仕事をしているというのは本当ですか」
「そうなんだよ。フレイは勉強家だから農業のことも勉強してくれていてね、肥料や水やりを工夫したり販売ルートを確保しようとしたり。基本的にのんびり楽に生きたい僕にとってはとても頼もしくて助かるんだ」
「ふふん、そうでしょうそうでしょう、姉上は頭が良いですから!……ってそうじゃなくて!」
「あ、何なら僕たちが育てた野菜を送ろうか。新鮮さと味は保証するよ」
「そういうことでもなくて!!姉上はもう十分働いてきたのだから、これからはゆっくりして欲しいと願っていたのに…!」
「か、カイルってば…」
うちのような貧乏貴族が、名門と名高いブレイク家の身内に取っていい態度ではとてもないし、口調も内容も失礼でしかない。
アルト様が相手でなければ、侮辱だと取られ騒ぎになっていてもおかしくない行為だ。
基本的な礼儀は身につけているはずのカイルらしくない姿に私はハラハラしてしまうけれど、
「アルトの作った野菜か。それはうちにも欲しいな。あれはなかなか美味い」
「リフトンからだと途中でお野菜が駄目になってしまいそうです。まず道を整備して、少しでも移動時間を短くしなくては」
「確かにそうか。リリアも姉上に負けないくらいに頭が良いな」
「普通のことですわ、ハリティオ様ってば」
「リリア…貴女強くなったのね…」
リリアとハリティオ様は2人の諍いには関心がないようだった。争い事が苦手で、大人しかったリリアの変化が頼もしいような困るような。
この場を収めるにはハリティオ様が間に入るのが一番だと思っていたけれど、どうもそれは叶わないらしい。
結局止めようもないまま、アルト様とカイルの戦いは続く。
「ゆっくりさせようと思えばいつだって出来るよ。けれど、君の姉上は大人しくしているのが幸せな人かい?」
「………っ、そんなことは言われずとも分かっています!姉上のことは貴方よりも知ってる!」
「カイル落ち着いて、一体どうしたと言うの?」
「いいえ落ち着きません!僕は、僕は姉上のお相手には一言言わないと気が済まないんです!リリアの結婚式も勿論大切ですが僕はその為に今日…っ」
「もう、お兄様!お姉様が困っているでしょう、あまり興奮なさらないで!」
「う……」
私の制止には何の反応も見せなかったカイルは、リリアの言葉でようやく口を閉じた。
カイルの様子はおかしいし、私はまるで役に立たなくて困るばかりだけれど、リリアは家を離れて随分逞しくなったようだ。
名門貴族の妻という肩書きは妹には重すぎないかと不安はあったものの、この様子ならば心配はいらないだろう。
そして私はようやく気付く。カイルがこんなことを言い出した理由を。
「……カイル、ありがとう。心配してくれたのよね」
「……あんな突然出て行って結婚して、相手もろくに分からず式もせず姉上は相変わらず働いている。心配しない方がおかしいです」
「そ、そうね、言われてみれば」
私たち当事者は勿論、アルト様のことをある程度知っているリリアは何の問題もなかっただろうけれど、確かにカイルには私の状況を判断する材料が少なすぎた。
いくら手紙で私は大丈夫だと書いたところで、実際のところがどうかなど分からないというのは実家で散々経験してきたことだ。
ただ、カイルもまた強くなった。
弱音を吐くカイルを慰めることも多かったけれど、領主としての責任感が生まれたのか私の言葉を待たずにまたアルト様に向き合った。
その表情はきりりとしているものの、刺々しいものはもう消えている。
「……僕はただ、姉上を必ず幸せにして欲しいと、そうお願いしたかったんです」
「カイル…」
「君のような義弟が出来て僕は嬉しい。願いは一緒だ。フレイに幸せになって欲しい。つまり僕たちは同志じゃないか」
アルト様がカイルに手を差し出し、カイルも躊躇いがちにそれに応える。
思わぬ初対面ではあったけれど、何とか落ち着いた2人はようやくお茶に口を付けた。
カイルを止めた立役者であるリリアが、ぽつりと呟く。
「……とりあえずお兄様は早く結婚した方がいいと思うわ。難しいでしょうけど」
「っ、いきなり何を言うんだ、リリア」
「いや、リリア嬢の意見は一理ある。カイルくんも領主になったことだし妻を娶るのにはいいタイミングだよ」
「私からいいお嬢さんを紹介してもいいが、難しいとはどういう意味だ?」
「お兄様の理想はお姉様だからですわ」
「え?私?」
「ちょっ、おいリリア!」
「ああ…見た目も頭も良く、仕事も出来て冷静で?」
「アルト曰く、民にも優しく田舎暮らしに不満も言わず、汚れるのも厭わない令嬢か…確かに私でも難しい案件だ」
「皆さんリリアの戯れ言を真に受けないで下さい!」
「そ、そうですわ、それに私などをそんな、褒めすぎです…恥ずかしいわ、やめてよリリア」
「だってねお姉様、私の理想もお姉様だもの」
「もう、リリアはそのままで素敵じゃない」
「この前着てくれた黒いミニドレスも似合っていたし、可憐な桃色のドレスも可愛かった…ああハリティオ、式の為に用意したドレスもとても素敵なんだよ。是非見てみてくれ。惚れては駄目だけど」
「見るのは構わないが私にとっての主役はリリアだぞ」
「………姉上。リリアは変わりましたね」
「そうね…」
無性におかしくなって笑いが込み上げる。
久しぶりの再会で涙のひとつでも零れるかと思っていたけれど、そんな暇もないくらい楽しくて優しくて幸せな時間が訪れるなんて。
カイルもようやく肩の力を抜いて、笑顔を見せる。
言いたいことがあったけれど、もうわざわざ言葉にする必要もなかった。
「カイルにはもう伝わったわね、私たちは幸せだって」
「僕を舐めないで下さい。…一目見て分かりましたよ、家にいたときとは表情が違うと」
「そうね…きっとそうなんだわ。顔なんて自分じゃ気付けないけど。ねえカイル。私はね、貴方にも幸せになってもらわないと嫌よ。私たちとは関係のない、貴方だけの幸せを」
「姉上…。……じ、実は僕も相手がいないわけではないのです。数年前から結婚を考えている相手がいて…うちが没落寸前と知っている上に、そもそも貴族だから好きになったわけではないと言ってくれる方で…」
「まあ!そうなの!?」
思わぬ告白に興奮してしまい、リリアもまた目を輝かせた。
何故かアルト様とハリティオ様も興味津々のようだった。
「お兄様、どんな方なの!?」
「それが、領民なので父上には確実に反対されたでしょうが、もう退いたわけですし…」
「そうよ、お父様に遠慮することなんてないわ」
「とても素敵じゃないか。なあハリティオ」
「ああ。知られてはいないがな、実のところ今の王の正妻は貴族でも何でもない平民だった。身分がどうこうとうるさい身内を、婚姻前に奥方一家を貴族に召し上げることで黙らせたという逸話があってな」
「カイルくんには上に立つ者の資質があるようだね」
「からかわないで下さい、…義兄さん」
「かっ、カイルくん…!!」
「ちょ、苦しいですから!」
「きゃっ」
「アルト、何をしている。リリア大丈夫か、火傷は…」
感極まったアルト様がカイルに抱きつき、その衝撃で倒れたお茶がリリアのドレスを汚し、それをなんとハリティオ様が自らハンカチで拭う。
こんなの、笑わずにいられる?微笑むどころではなく声が出てしまう。
次はカイルの結婚式を期待するし、いつかは私も…。
結婚になどまるで興味のなかった私がそんな願いを抱く程、そこには幸せが溢れていた。
完
シスコンカイルと案外逞しいリリア。フレイを自慢するアルトと、意外にリリアに尽くす系男子ハリティオ。
これらを書きたかったので書けて満足です。
たくさんの方に読んで頂きとても嬉しいです。ありがとうございます。
現在新しい女主人公ものを執筆中なのですが、更新した際にはまた読んで頂けると有難いです。




