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夜に口付けを



お互いが入浴を済ませた後に供された夕食は、取ったばかりの野菜がふんだんに使われお腹と共に心も満たしてくれた。

今日は本当に、何もかもが楽しかった。勇気を出して、動きたいと訴えて良かった。

アルト様は妻など大人しくしていればいいという人でも、逆に父のように私の能力を搾取するだけの人でもない。

また明日も畑に行ってみようかしら。村の人とももっと話したい、そういえば茶会にも誘われていたわ。

たまにはココやレナと一緒に街に行って、ちょっとくらい服を物色するのもいいかも知れない。綺麗に着飾るのは、年頃の女としてはやっぱり嬉しかった。

寝間着に着替え済みの私は、今日はもう寝るだけのはずだった。眠くないわけではない、慣れないことの連続で疲れている。

だけど2階のリビングから連なるバルコニーで、星を眺めて寝入りを遅らせていたのは、今日の思い出にもう少し浸っていたかったからだ。

ここは星が綺麗で、でも灯りが少ないからかとても暗い。怖くもあり、美しくもある漆黒。不思議と彼を思い出す。

静寂のなか、こつこつと後ろから近付く足音にはすぐに気付いた。


「……アルト様」

「フレイ、こんなところでどうしたんですか?風邪を引いてしまいますよ」

「も、申し訳ありません、すぐに休みます」


彼の横を通って早く上に行ってしまいたかった。寝間着姿なのは勿論、今の私は化粧も何もない素顔なのだから。

だけどアルト様はそれを許してはくれず、私の肩をそっと抱いた。


「ほら、冷えています。部屋へ行きましょう、送ります。すぐそこですけどね」

「は、はい…」


私も何か話したかったけれど、何故だかお互い声を出せなかった。彼に触れられている肩が熱い。静寂のなか、鼓動が伝わってしまいそう。

私の部屋ではなく、このまま彼の部屋に連れて行って欲しい。

口に出せないどころか、思うだけでも浅ましい願いに心と頭の中で慌てる。

私ってば、はしたない。こんな願望を、アルト様に知られては絶対に駄目。

だけど部屋の前に無事に辿り着けたとき、私はやっぱり安堵と同時にほんの少しの物足りなさも覚えた。


「……ありがとうございます、アルト様。お休みなさい」

「………フレイ」

「アルト様?ある、きゃ…っ!」


部屋の中へ入ろうとした腕を取られ、引き寄せられる。身体も、そして顔も。間近で見る彼の顔はやっぱりとても綺麗だ。

その髪は、この村の夜にも似ていた。


「──フレイ。やっぱり貴女で良かった」

「あると、さま…、ん…」


触れるだけの口付けは、本当に一瞬だった。唇の感触も分からず、ただひたすら優しかったことしか覚えていない。

いえ、もうひとつ。とても、とても気持ち良かった。こんなものじゃ足りないくらい。


「おやすみなさい、フレイ。いい夢を」


なんて酷い旦那様だろう。こんなドキドキだけを残しておいて、ゆっくり眠れるとでも思って?

だけど疲労した身体はすんなりと眠りの世界へと向かい、私は夢のひとつも見ないほどぐっすりと寝てしまったのだった。



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