カイルとリリア
レティシアン家は代々、レティシアンの名からもじったレティシスという土地を治める領主の家系だった。
由緒だけはあるものの、先代の時期からその栄華には翳りが見え始め、父の代となった今では完全に没落寸前だ。借金さえある。
そして私、フレイが24歳になったこのときですら、頭痛の種は相変わらず両親なのだった。
「父上、母上、これはどういうことです」
「ん?ああ、先日購入した衣装代だ。お前に伝えるのをすっかり忘れていたな」
「私はそれに加えて宝石ですわ。大したものじゃないのだけど、ないよりはマシかと思ったの」
困窮している家計を彼らは分かっていない。
いや、お嬢様気質で自分のやりたいようにしかやらない母はともかく、父はあえて見て見ぬ振りをしているように思える。
そんなことをしたって、この家、ひいては自分まで苦しめる結果になるだけだというのに。
今や父に成り代わり、この家の仕事をこなしている私と弟も流石に頭に来ていた。
「お母様、宝石などもういくつあると思っているのです!」
「まあ、フレイったら怖いわ、女の子がそんなに怒鳴らないで。ねえカイル、そう思うでしょう?」
「姉上を怒鳴らせているのは貴方でしょう。姉上だけが怒っているとお思いですか?僕だって許していませんからね、母上も、父上のことも」
「まあ、カイルまで…酷いわ、あんなに可愛がってきたのに…」
弟であるカイルは次期跡取りとして、甘やかされていたものの立派に育ってくれた。この両親に育てられたとは思えない程頭も良く冷静で、きっといい領主になるだろう。
いや、思えば両親は育ててなんか来なかった気もする。ただ気が向いたときに、可愛い可愛いとひたすら愛でるだけだったかもしれない。
それは息子というより、愛玩動物を相手にしているのと同じだ。育てたと自信を持って言えるのはやはり執事乳母家庭教師だし、私もほんの少しは役に立てていたという自負もある。
「しばらく降り続いた雨のせいで作物も出来が悪くなりそうだし、旅人や商人の行き来も鈍くなるかも知れない。物資は滞りがちで、災害も起きています。民も我々も切り詰めているんですよ。父上たちが贅沢を出来るような状況ではないと、分かっているはずですよね?」
カイルが理論的に、有耶無耶に逃げようとする父を追い詰める。そこから先の展開はもう読めていた。
父は怒鳴り、母は泣くのだ。
「そんなに強く言わなくてもいいじゃない、カイル。言い方というものがあるでしょう?酷いわ」
「そうだぞ、カイル、フレイ!お前たち、それが親に対する態度か!」
「親ならば親らしい態度を取って欲しいですわ」
「まったくです」
遠慮なくズバズバと言ってしまった為、父はいよいよ激高するかもしれない。そう覚悟していたのだけど、父は妙ににやにやとしたいやらしい笑みを浮かべていた。嫌な予感がした。
「いやいや私たちの話を聞けばお前も、それなら仕方ないと申すはずだぞ?」
「ええ、ええ、そうですわ。私たち、何もただ欲しいからという理由で購入したわけではないのよ。必要だから買ったの」
「だったらどんな理由だと言うんですか。どうせ下らない社交の為に見栄を張りたいだけでしょう」
「ごほん。実は驚かせようと思って黙っていたのだがな、リリアの結婚が決まったのだ!」
「え……」
「リリアの!?」
「しかも王の側近、ブレイク家の次男が相手だ!めでたいだろう!」
「あちらとの顔合わせで、安物を身につけるわけにはいかないでしょう?だからドレスや宝石を購入しましたのよ」
誇らしげな2人が憎かった。そんなもの、わざわざ新しく買わなくたって、まだ家が裕福だった頃に手に入れた高級品がいくつもある。
少しは売って財源の足しにしろと言ったって聞かないのに、こんなときに使わないのならばあれらは一体いつ役に立ってくれるのか。
いやそれより何より、こんなに急に妹の、リリアの結婚が決まるだなんて。
両親を責める私の声は、どこか悲鳴にも似ていた。