幸せのかたち
アルト様はそんな私を慰めるかのように優しく頭を撫でて、
「ではフレイ、式のことはしばらく置いておきましょう。なに、急ぎませんし、元々私が人混みに弱いのを親族は知っていますから、無理にしろとは誰からも言われないでしょう。それにやろうと思えばいつでも行なえますから、もう少し落ち着いた頃にまた改めて考えるのもいいですね。だからその分、食事を豪華なものにしましょう。田舎ではあるけど、水と食べ物は本当に美味しいので」
「は、はい。嬉しいです」
節約が身についた私には確かに、特に思い入れもない結婚式よりも食べ物を好きなだけ食べられる方がどれだけ有難いか分からない。
「先程から思っていましたけれど、このクッキーも本当に美味しいです!何かいい香りがしますよね?」
「それは小麦が違うのかも知れないですね。近くに小麦を作っている農家があるので、いつでも質のいい小麦粉が手に入るんです」
「え…!?それだけですか?私が家で食べてきたものとは、全然違う…」
「それがね、作った農作物はそのまま人々の手に入るわけじゃないですよね。間に仲卸や、売り手を介す。そのなかで、品質の良いものと悪いものを混ぜかさ増しするような業者があるらしいんです。小麦のような、特に見ただけでは素人には良し悪しが分かりにくいものには特に多い」
「まあ、そんなことがありますの?」
近頃家で購入する食料品はそもそもランクの低い、安価なものがほとんどだったので、私たちの生活とは無縁の悪事ではあった。
だけど、関係ないといえど、やはり聞いていて気持ちの良いものではない。
「ここではそのような心配はいらないからね。フレイ、こちらのクッキーはどうでしょう?」
「これ、気になっておりましたの!どうして仄かに赤いのですか?」
「食べてみて下さい」
「い、いただきます…あ、甘い…!爽やかな香りで美味しい!苺ですか?」
「当たり、野苺のジャムを混ぜているんです。ジャムそのものも美味しいので是非食べてみませんか」
「よろしいのですか?」
「勿論です。今日の夕食に出すようシェフに言っておきましょう。ああフレイ、紅茶ももう1杯どうですか」
「ありがとうございます、でも流石にもう入りませんわ、アルト様。お腹が…いっぱい…」
食費を出来るだけ切り詰めて、だけど弟と妹には少しでも食べて欲しくて、どちらも叶えるには私の食事を分けるのが一番早かった。
温かいもの、甘いもの、新鮮なもの、そして何より、美味しい美味しいと食べる私を嬉しそうに見つめてくれる笑顔。何もかもが、あの家では叶わなかったものだ。
どうしよう、どうしたらいい?カイルは今もあの家にいるし、リリアだってまだお嫁には行っていないはず。
私という枷がなくなったところで、カイルが羽目を外すわけもない。
両親はどうでもいいけれど、弟や妹が満足な食事も出来ないのに、私だけがこんなに贅沢をしていいの?
分からない。誰か教えて。これが、幸せということなの?
「美味しいものを食べられるのは、幸せです。それでいいんですよ、フレイ」
「アルト様…」
何もかも見透かしたような目が私を射抜く。何故か荒れている、とても貴族のものだとは思えない手のひらが頬を撫でる。
これが幸福だというのなら、私は怖い。失いたくないと願ってしまうから。




