彼がここにいる理由
装飾品などはほとんどなく、一番目につくのは色とりどりの花たちだ。
整頓されているシンプルな内装は住むにはとても心地良さそうだけれど、来客のありがちな貴族としては寂しさを感じる。基本的に見栄っ張りな貴族は派手に飾り、自らの財を言葉にせずとも見せつけるのを好むからだ。
商人だって、金の匂いを嗅ぎ付けて品を売りに来るのだからそれが悪いとは一概には言えないけれど、でもこんな家に商売に来るのだろうか?それともそもそも来客が少ないのかしら。
後者かも知れない。何せこの土地は訪れるのも一苦労でもあるし、それにどう見ても裕福には見えない。
辺境というハンデはあるもののこんなに美形で、しかも子爵という地位のある方ならば他にも嫁候補はいただろうに、どうして私が選ばれたのかしら?
そんなことを不思議に思っていたけれど、確かにここは貧乏貴族の娘でもないと耐えられないかも知れないと思い直した。
だからそれはいいとして、じゃあ、どうしてそもそも彼は、
「どうして私はここで暮らしているのだろうと、思っているのではないですか?」
「っ、い、いえ、その…私は…」
「当然の疑問なので気になさらないで下さい。実はですね、ここらは元々は私の父方の祖父が統治していた土地なんです。本宅は別にあって、ここはたまに避暑として訪れる別荘のようなものでした」
「まあ、素敵。来たばかりですけれど、ここはいいところだと思いますもの」
「フレイにそう言って頂いて嬉しいです。ただ、お祖父様ももう年でそう広い土地を治めるのは難しくなってきた。通常ならば息子、つまり私の父に譲るところでしょうが、父は父でその頃他に領地を抱えていたんです」
「でも、ご家族はまだいらっしゃるでしょう?」
「ええ、勿論。ただ、一族のなかで跡を継げそうな─つまり仕事もせずふらふらしていた者は皆年若かったのです。ちなみに私は今22歳で、当時は19歳でした。自分でさえ治めるのに苦労した広大な領地を、いきなりそんな軟弱な孫らに任せるのは祖父としては不安しかなかったんでしょうね。結局どうしたかというと、王の許可を得て、広い土地をいくつかに分けてそれぞれに領主を置くことにしたんです。孫の1人である私はここを治めろと言われたわけですね」
「そういうことでしたの…。でも皆さんの為になる判断だと思いますわ。誰が継いだとしても、広すぎる領地はきっと個人の手には余りますもの」
「僕もそう思います。祖父が出来すぎる人だから可能だっただけで、私のような並の人間にはこれくらいの範囲で精一杯です」
父の言う個人的な問題ではなく、家の問題で彼はここで暮らすことになったらしい。




