不思議な人
「いやいや、いいんですよ!まさか奥様となられる方をお連れすることになるとは思いませんで、少し緊張はしますけども。口惜しいのは、奥様を乗せると分かっていればあっしだってもう少し中を整えてたということですよ。身体を痛めずに済むようなクッションやら、香やら、もっと良いものを用意したのに…」
「お気持ちだけで嬉しいわ、私の為にありがとう。…でも、アルトベル様には分かっていたのかしら?私が馬車に乗ることを…?」
不思議なこともあるものだ。見栄っ張りな父や母は私を虐げていると表には決して出さなかったし、…いや虐げるも何もいないものとして扱われていたのだから、私の話題など滅多に上がることはなかったはずだ。
家の内情を知っていれば、あの父ならば娘をすぐに追い出しかねないと予想は出来たかも知れないけれど、そんな人物にも心当たりがない。父と母のあの性格上、親族からも当然のように腫れ物扱いされ疎遠になっている家がほとんどだ。
アルトベル様のその謎とも言える人物像は相変わらず掴めないままだけれど、ひとつ、御者の彼を見ていて分かることがある。
「アルトベル様は慕われているのですね」
「ええ、ええ、あの方はいい方です。ですがね、懸念はやはり奥様ですよ。お節介ではありますけども、村の者は皆早いとこ結婚して欲しいと思っていたんです。そしたらこんなに美しい奥方が出来た。帰ったら村の者皆で宴会でもしないと気がすまねえです」
「皆さんに喜んで頂けるのなら、私も嬉しいですわ」
「ほら、貴族でこんなにいいお嬢さん、なかなかいねえです。だから早く連れてかねえと。旦那様を待たせるわけにはいかねえ」
「村に着いたら、お馬さんにもご褒美をたんとあげて下さいね」
「奥様はお優しい。旦那様と本当にお似合いですな、ええ、ええ」
アルトベル様は、随分民に優しいお方らしい。それだけでも父よりずっとまともな人だと分かる。
この婚姻は、そう悪いものではないかもしれないと言っていたリリアの姿が浮かぶ。妹は、本当は何か知っていたのかしら?今にして思うと少し様子がおかしかった気もする。
とにかく御者と話したことで、私が抱えていた不安は半減した。早く、アルトベル様に会ってみたいとすら思う。
もしかしたらリリアの言うように、私にとってこの旅は何もかもから解放されるいい機会になるかも知れない。
それからしばらく走って、昼にさしかかろうという頃、ようやく村が見えてきた。父は田舎だと言っていたし確かにそれは否定しないけれど、畑は綺麗に整備され作物が豊かに実っているし、赤みがかった煉瓦で造られた建物たちは形や色が揃えられていて、統一感と情緒がある。
歩道も作られているので馬車も当然そこを通るけれど、凹凸が少なくいかに丁寧に作られたのが分かる。田舎だからとそのまま放ってはいかず、暮らしやすいようにと発展はしているようだった。
 




