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馬車の中で



もう何時間経ったのか、私は馬車に揺られていた。

昼食の合間に用意を始め、家を出たのは午後3時。我ながら素早い、あっさりとした輿入れだ。

何せ荷物が少なかったので、用意も簡単に終わった。リリアが身につけていた手製のリボンと、カイルが誕生日に買ってくれたペンダント。それさえあれば私には良かった。

馬車の窓から見える景色は、徐々に建物の数が減り自然が増えていく。

両親から半ば追い出されるような形での旅ではあるけれど、ここまで来てしまうと案外心は穏やかだ。私の世界はほとんど家で完結していたので、思いがけず外へと飛び出せたのはリリアの言うように楽しくもある。

ただとても花嫁が乗っているようには見えない、多少お高くはあるけれど至って普通の馬車の椅子は、流石にお尻が痛い。

そしてこんなに長く馬車に乗ったのは初めてだったから知らなかったけれど、この揺れのなか本を読むと案外酔う。勿論、眠るのも難しい。

悲しみに浸る余裕もないのはある意味有難いことではあるけれど、景色を見るくらいしか出来ない今の私は、心は晴れやかでも体調という点では最悪の状態だった。

きっと顔も酷いことになっているに違いない。赴いた先で、やっぱり結婚はキャンセルで、なんて言われたらどうしよう。

ただでさえ行き遅れの姉という不名誉な立場だったのに、更に出戻りの姉へと変化するのはいくら私でも流石に抵抗がある。家へと戻るのはいたたまれないから、そのときこそ好きに旅にでも出るしかない。

身体の不調が頭にも移り、なんだか暗いことばかり考えてしまう。それでもいつしか眠っていた目蓋に、明るい光が触れた。馬車の中で迎える2度目の朝だった。


「奥様、お疲れ様です。もうすぐ到着しますからね」


2人組の御者のうち1人が声をかけてくれる。もう1人は深夜まで馬を操っていたので、きっと横で眠っているのだろう。


「もうですか?3日程かかると聞いていたのですが」

「走りっぱなしですからね。奥様、街に寄っても大した休息も取らずに大丈夫ですか。申し訳ねえです、このような馬車で、なんなら1日くらい宿に泊まってもいいんですよ」

「いえ、大丈夫です。ごめんなさい、貴方方だってほとんど休めていないわよね。お金、きちんと払うから許して下さいね」

「ああ、いえいえ、給金ならばアルト様から頂いているので気になさらないで下さい。十分過ぎる程でさあ」

「まあ、貴方はアルトベル様のところで働いているのですか?」


忘れもしない、それはあの手紙を寄越した主の名だ。


「あっしはアルトベル様のお屋敷がある村の者で、奥様の家に手紙を届けたんですよ。いや、配達人でなく御者のあっしに馬車で手紙を届けてくれと言われたときには少し不思議には思ったんですがね。お屋敷のご当主に手紙を届けて、そのまま村に帰ると告げるとついでだからお嬢様を乗せてくれないかと言われたんです。その…正直、おかしなことを頼んでくるなあと…」

「……ごめんなさい、驚かせてしまいましたね」


リリアとは違い、私の輿入れがどれだけいきあたりばったりなものなのか。私はもうすっかり慣れてしまったけれど、他人が見ればやはり違和感を抱くものだったようだ。

外面の良い父にしては荒っぽいやり方だけれど、これで最後だという油断も多少はあったに違いない。私をさっさと厄介払いしたかったせいもあるだろう。

すっかり落ち込んでしまった私を慰めているのか、それとも本心なのか、御者は変わらず声を弾ませた。



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