1 転生
以前の私は、蓮見愛衣という名の女子高生だった。それなりに遊び、それなりに勉強もしていた、どこにでもいるごく普通のJKだったと思う。
ただ、一つ負い目があった。
私には迦那という幼なじみがいた。幼稚園、小学校、中学校とずっと一緒。さらに同じ私立高校に進んだ。もう姉妹みたいな感じ。迦那は少し人見知りなところがあって、他の子との間に私が入ることで上手くやってきた。
けど、高校入学後、私はそれを怠った。クラスが別になったこと、私も新たな人間関係を築くのに忙しかったこと、言い訳は色々とできる。
気付いた時には、迦那はクラスでいじめの標的にされていた。
そして、それを知った時には、クラスの違う私はもうどうしようもなかった。後ろめたさから私は学校外でも迦那と距離を置くようになり、連絡も取れなくなった。
私は、傍観者になった。
やがて迦那は高校に来なくなり、しばらくして転校していった。
傍観者は加害者と同じ、なんて言葉は残酷だと思う。助けに入れば、かなりの確率で自分も標的にされてしまうんだから。
でも、私に関しては当てはまるに違いない。
姉妹同然の幼なじみである私に関しては。
高一の夏休みが明けた頃、私は迦那に会いに行こうと決めた。
それから、傍観者になっていたことを謝る。迦那は簡単には許してくれないだろうけど、とにかく謝る。
私達の家は近い。大きな道路を挟んだ隣合う地区だった。
その道路の横断歩道で信号待ちをしていた時のこと。小さな子が車線に飛び出すのが見えた。
とっさに庇って入る私。
あえなく、トラックにはねられて死んだ。
傍観者の皮を被ったまま。
運が悪かったのは、あ、いや、子供は助かったよ。意識が飛ぶ寸前に確認した。じゃなくて、運が悪かったのは、轢かれたのがトラックだったってことだ。
知らない? トラックに轢かれて死ぬと、魂が別の世界に送られるって話。
というわけで、私は異世界転生した。
まず、私が転生したのが鳥の雛で、初めて卵から孵るという経験をした。しかも相当大きい雛鳥だ。中型犬、うーん、もうちょいあるかな。
魔物かと思ったけど、神獣というらしい。別にどっちでもいいよ。
なんか鳥語ってのがあって、孵化して数日で勝手に話せるようになった。
それからこれ。
アイ【霊眼雛鳥】
マナレベル 0
火霊レベル 0
風霊レベル 0
地霊レベル 0
雷霊レベル 0
水霊レベル 0
取得技能
いわゆるステータスってやつみたい。
まばたきと同時に念じればウィンドウが開く仕組みで、自分の能力を確認できる。生命力、攻撃力や防御力は数値化されないようで、あとは技能っていうのが選べるだけ。
私の名前は、アイ。
そ、前世のままで生まれた時からこうだった。
普通は親鳥が名付けるらしい。
とちょうど母さんが帰ってきたわ。
猪によく似た神獣がドスンと降ってきた。
「食べなさい」
たった一言。
不愛想なんてものじゃない。
まぁ、育児放棄されずに食事が貰えるだけマシか。もしかして、私に最初から名前が付いているのを気味悪がっているのかも。
とにかくどんな境遇でも、せっかく手に入れた新たな命。簡単に手離したくない。
難関は明日、謝肉の日だ。
この世界の鳥族は皆、雛のまま一斉に巣立ちを迎える。謝肉の日と呼ばれ、捕食者との戦いが始まる日。
生き残るために雛鳥達は力を蓄えなきゃならない。
最も大切なのが技能だ。
〈マナ戦闘〉〈マナ感知〉
〈火穿突き〉〈風穿突き〉〈地穿突き〉〈雷穿突き〉〈水穿突き〉
〈火迅蹴り〉〈風迅蹴り〉〈地迅蹴り〉〈雷迅蹴り〉〈水迅蹴り〉
〈火の翼〉 〈風の翼〉 〈地の翼〉 〈雷の翼〉 〈水の翼〉
〈火の眼〉 〈風の眼〉 〈地の眼〉 〈雷の眼〉 〈水の眼〉
〈火の歌〉 〈風の歌〉 〈地の歌〉 〈雷の歌〉 〈水の歌〉
〈攻撃強化〉〈防御強化〉〈敏捷強化〉〈眼力強化〉
〈火抵抗〉〈風抵抗〉〈地抵抗〉〈雷抵抗〉〈水抵抗〉〈毒抵抗〉
これが私の取得可能スキル。鳥族の神獣は大体似た感じらしい。
母さんが言うには、この中で絶対に取らなきゃいけないのが〈マナ戦闘〉だ。マナを身に纏うことで、体を保護、強化する。
これなしでは絶対に外の世界を生きられないとのこと。
あんな母さんでも必要最低限のことは教えてくれるよ。
あと、もう一つ大事なのが〈マナ感知〉だって。
〈マナ感知〉は敵の強さを計ったり、周囲の索敵に必要で、〈マナ戦闘〉の次に優先すべきスキル。持っていなければやはり生存は厳しいとのこと。
スキルの取得にはスキルポイントが必要になる。
どれでも1レベル上げるのに100P消費するシステム。ちなみに、私がポイントを得る手段は食事だけ。
言われるまま、私は〈マナ戦闘〉と〈マナ感知〉を取得。
これでポイントは使い切った。
ちょっと待って。
本当にこれで生きていけるの? 攻撃スキルは?
どのみち、もうポイントないんだけどさ。
本当に大丈夫か、私……。
謝肉の日、当日。
私は巣の淵に立って下を眺める。
高っ! 百メートル以上あるんだけど、ここから飛び下りろって?
背後では母さんが私を見つめてる。
急に押したりしないでよ……。
「アイ、お前に伝えておくことがあるの」
「え……? 何?」
「私達の種族は、巣立ち後の生存率がとても低いわ」
「低いって、どれくらい?」
「無事成長できるのは二十羽に一羽よ。私も生き残れたのは奇跡に近い」
えー……、生存率5パーセントじゃん。今それ言う?
母さんは少し黙って間を取った。
やがて意を決したように私に視線を。
「世界の理に反するからお前を助けることはできない。けれど、ほんの少し生存の確率を上げてやることはできる。運が良ければ、私と同じ奇跡がお前にも起こるわ」
母さんの足元から影が伸び、スッと私の影に入った。
何今の? 目の錯覚?
「さあ、行きなさい。お前の幸運を祈っているわ」
彼女は翼を一薙ぎ。
巻き起こった突風が私の体を持ち上げた。
ちょ! ちょっと――っ!
地面に体を打ちつける衝撃。羽毛のおかげで何とか堪えられた。
少し意識は混濁していたけど、突き刺すような殺気で一気に目が覚めた。
な! 何か来る! 逃げなきゃ!
駆け出してすぐ、背後の茂みが揺れる。
現れたのは馬ほど大きい狼だった。
懸命に脚を回転させるも、瞬く間に追いつかれた。
振り下ろされた前脚を寸ででかわす。
が、鋭い爪の先端が背中を、ズバッ! と斬り裂いた。
痛ーっ!
……う、嘘、ちょっとかすっただけで……。
……私、もう瀕死なんだけど。
捕食者ってこんなに強いの……?
……どんなに頑張ったって、私一人で生きていけるわけない……。
窪みに足を取られ、転倒した私は坂道をコロコロと転がる。
私を仕留めようと、大狼が坂の上でジャンプするのが見えた。
……くそ、何だこの転生。
……何だこの世界! 何だあの母親! ほんとに地獄じゃない!
傍観者だった私の罪ってそんなに重いの!
……くそ、くそっ!
誰でもいいから! 何でもいいから!
私を助けてよ!
『――いいよ、助けてあげる』
え……?
お読みいただき、有難うございました。