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ギジテンこぼれ話  作者: 霜月昴
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でんでん太鼓

來軌の話



 暗く、寒い日だった。

 厚い雲が太陽を覆い隠し、雨の匂いを連れた空気はじめじめとしていて毛が重くなる。山に暮らす一匹の雌イタチは己の住処である穴の奥で、子を産もうとしていた。

 雲は雷を含み、黒くゴロゴロと唸る。不吉な予感を悟った聡い動物たちは、一斉に身を潜めた。


――――カッ!!!


 そして突然、白い稲妻が山に落ちた。

 鋭い電撃は妊娠していた雌イタチの上に直撃した。土は抉れ、辺り十メートルを消し炭に変え、直撃した雌イタチは一瞬で真っ黒の炭となり絶命した。

 その雌イタチの腹が割け、

「・・・・・・・・・キ、キィ・・・・・」

 弱々しく、一匹の仔イタチが誕生した。

 その毛並みは輝く黄色で、小さく爆ぜる雷を纏っていたという―――。




     * * * * *




 妖狐玉藻(たまも)が訪れた時、かつて豊潤の大地として有名だったそこは荒れ地と化していた。

 噂を聞いたのは一月前だが、正直ここまでとは思っていなかった。

(これを、まだ子供のイタチがやったのか)

 誰にでも分かる。危険すぎる。

 稀にあやかしの力を持って生まれる動物がいるが、これほど強い力をもつ者は更に稀少だ。

 『親殺しの雷獣』が暴れているのを静めてくれと山の生き物に頼まれて、玉藻は(くだん)のイタチを探している。

(そもそもあやかしなら、俺が引き取ってやらねぇと・・・)

 妖狐属という集団を作ってまだ新しいが、それに属さないうちから土蜘蛛に狙われたのでは、そのイタチも浮かばれまい。

(まぁイタチのあやかしはコッチだろうなぁ、蜘蛛にとったら)

 ならば保護する義務がある、と玉藻は勝手に思っている。

「――ッ!?」

 突如向けられた殺意に気付き、玉藻は飛び退いた。瞬きの間に地面を抉るように雷撃が突き刺さり、地面に穴が空く。しゅうしゅうと煙を上げて土が焼ける匂いがした。

 玉藻はいきなりの挨拶に、閉口して前を見やった。

 目が据わっているというよりは、全てが憎悪の対象だと言わんばかりの目つきで子供が玉藻を睨んでいた。バチバチと纏っている電撃が、子供を護るように音を立てる。

 これが噂の雷獣か、と玉藻は納得した。想像以上に扱いにくそうだ。

「生まれて二ヶ月って聞いたが、もう変化が出来るのか」

 雷獣は、ヒトに化ける術を誰にも教わることなく学んでいた。身体年齢なのか、十歳にも満たないような人間の姿だった。

(こりゃあ・・・厄介だな)

 玉藻は内心舌を巻いた。雷獣の後方は焼け爛れた道が続いており、この雷獣の通ってきた道だと知れる。常に力を垂れ流している状態で、この雷獣は未だ立ち続けているのだ。

(なるほど、そりゃあ母親の体も耐えきれねぇよな・・・)

 思わず労るように目を細めた。雷獣はギラギラとした瞳で、射殺しかねない眼光を玉藻に向ける。

 玉藻は軽く息をついて、その場で軽く跳ねて足運びを確認した。そして一言、雷獣に向けて端的に呟く。

「―――悪いな」

「!」

 玉藻による最速の動きは、まるで光のように人の目には映り、また雷獣にとっても同様だった。あまりに滑らかな動きで、しかし素早く間合いを詰め、玉藻は雷獣の鳩尾に拳を突き込んだ。

「ぅぐ・・・ッ!!!」

 急所への打撃を受け、雷獣は意識を失った。

 崩れるように前のめりに倒れた雷獣を支え、玉藻は息をついた。腕の中の体は、あまりにも軽い。

「・・・・・まだ子供なのにな」

 哀れんだ想いが胸を占める。

 意識を失ってもなお爆ぜる電撃を纏う仔イタチを、他の生き物たちは『親殺し』と蔑んでいることを思い出した。



     * * *



「―――――っ!!?」

 雷獣は覚醒と同時に飛び起きて、身構えた。感覚では数分のはずだが、目に見える景色はすっかり様変わりしている。

 近くでそれを見ていた赤狐が少し目を瞠っていたが、目が合うとすぐに柔らかく笑う。

 玉藻に劣らず美しい、(メス)の妖狐だった。

「そう警戒するな。自分は玉藻様に仕えている、夕楊(せきよう)だ」

 突如、雷獣は毛を逆立てた。そして辺りを無差別に雷撃が襲う。

「! ・・・落ち着けっ」

 夕楊は磁性を持つ短刀を左右に振るい、誘電させた。その賢く上手いかわし方に思わず雷獣の眼が開かれる。だがすぐ、全てを憎むような暗い目になった。

 距離を取って安全圏まで避難した夕楊は、爆ぜる雷獣を見て玉藻の言葉を思い出した。

『あれは天性の力だ。本人の意志じゃないにしても、強すぎる』

『・・・・・自分は何をすれば?』

『そうだな。とりあえず』

――――アイツを拒絶するな。

 眠っていた雷獣を連れてきた玉藻は、その手を焼け爛れさせ、一部を炭にした。眠っていた雷獣に触れていただけで、だ。玉藻は一瞬だけ苦痛に顔を顰めたが、『これも他言するな』と言って微笑むと治療に専念すると言って場を離れた。

 過言ではなく、玉藻より力のない夕楊を消滅させるなんて目の前の雷獣には朝飯前だろう。誰よりも強く気高い九尾の狐を、意識のない状態であそこまで傷つけたのだ。

(この子供は、自分など一瞬で消し炭に出来るだろう)

 夕楊はなるべく刺激しないようにそっと話しかけた。

「・・・・・自分はお前の保護と世話を任せられた。我らは九尾の狐・玉藻様を中心に集落を作っている。勿論、選択肢はあるが、出来れば・・・・」

「・・・黙れ」

 低く、地を這うような声だった。

 そっと夕楊が手を伸ばした途端、雷獣は噛み付くように吼えた。

「―――オレに近づくなァ!!!」

 今度の雷撃は、もはや誘電で凌げるようなものではなく。閃光とともに放たれた(いかずち)に夕楊がはじかれる寸前、突如現れた玉藻が夕楊を連れて山を駆け下りた。




「・・・・・・大丈夫か?」

 玉藻がそう言うと、夕楊は少し眉根を下げた。

「申し訳ありません、玉藻様」

「いい。いくらなんでもいきなり任せたのは無謀だったと思っている」

 雷獣の放電に、山が形を変えた。

 元の場に戻るとさすがに力を失って倒れた雷獣が居た。しかし電気は帯び続けていて、時がたてばまたエネルギーを溜めるだろう。

「玉藻様、お怪我の方は・・・」

「六割方、治ったが・・・・まだ本調子じゃねぇ」

「・・・・・あの雷獣、何者ですか。貴方がそれほどの手傷を負ったところなど自分は今まで見たことがありません!」

「・・・・」

 玉藻は己の胸に縋って顔を伏せた夕楊の髪を宥めるように梳いた。

 三十歩ほど先で、倒れ伏しても電気を纏って誰も近づけぬ雷獣を見て眼を細める。

「まだ力の加減が出来ねぇんだな・・・・・」

 変化を教えられずに学んでいても、やはり雷獣には教わらなくてはならないことがあるのだ。

 この様子では夕楊に再び任せるのは気が引けるし、何より危険だ。もっとも力のある玉藻が一番安全なのだろうが、いかんせん玉藻では反発する力で今度は雷獣に危険が及ぶ。

 思案していた玉藻に、夕楊は顔を上げて語気を強めた。

「自分がやります」

 あまりに力強く思いがけない言葉に、玉藻はどうしたものかと頭を掻いた。

「僭越ながら、自分が一番適しています」

 玉藻と同じことを考えたのだろう。夕楊は決意を固めて、もう己の言葉を覆す様子はなかった。やや心配は残るが、信頼を預けたい気持ちが少しだけ上回る。

「・・・・ならば、任せる」

「はい」

 夕楊は微笑んで頷いた。

 一瞬、『あの雷獣の母にこの強さがあれば』、そう考えて玉藻は自らの考えに目を瞑った。

(こう言う時に、(メス)は肝が据わるんだよなぁ・・・・・)

 次に人と関わる時があれば、雌に変化しよう、と玉藻は人知れず決意した。



     * * *



 雷獣は静かに眼を覚ました。

 そして焼け焦げた辺りを見て眼を細める。焦げた匂いが心中に鉛を落としていく。

 いつも雷獣の周りには、何も無いのだ。命あった物は、全て炭になっていく。

「・・・・・・気分はどうだ?」

「―――っ!!!」

 雷獣は文字通り跳び上がって振り返った。雷撃が飛んで来なかったので、まだ完全に回復はしていないのだと夕楊は悟る。

 この雷獣の力も、当然のことながら無限ではないのだ。それさえ分かれば何とかなる気がした。

 牙を剥いて威嚇する雷獣に、夕楊はまた手を伸ばした。

「・・・・こっちへ来い。力を抑える術がお前には必要だ」

 そう言って差しだした手は、火傷だらけだった。それを目にした雷獣は唇をきつく噛み締める。

 夕楊を睨んで後退る雷獣に、溜め息を一つ零して夕楊は懐から暗器を取りだした。白柄の短刀だ。

 それを、夕楊はバラバラとその場に落とした。手品のようにいつまでも出てくるそれを見て雷獣は戸惑ったようにもう一歩下がる。やがて最後の一つが落ち、夕楊は袖を振る。

「まだ隠していると思うなら脱ごうか?」

 夕楊は服にも手をかけた。するすると今度は服を落とし、手を広げる。

「信用できないならまだしなくていい。だが話を聞いて欲しい」

 完全なる無防備でそれだけを訴える妖狐に、雷獣は眼を瞬いた。ずっと見ているとなんだか眩しくて、今度は目を細める。

 己の前に、二度無事な姿を現した者は、彼女が初めてだったのだ。




 初めは呼びかけても応答がなかった。近寄れば離れた。

 だが根気よく話しかけ、呼べば次第に振り返るようになった。離れることも、減っていった。

來軌(らいき)

 夕楊が声をかけると、少し成長した雷獣は目を向けた。

 名は玉藻と夕楊が考えた。それで良いかと問えば雷獣は否定しなかった。黙っていることは肯定の合図だと、夕楊にも分かる頃だった。

 驚いた時や怒った時、哀しんだ時、嬉しい時など。雷獣は感情の起伏で大小ながら雷撃を振りまいた。本人の意志ではないにしろ、何かを壊したり燃やしたり、誰かが少しでも傷付くたび雷獣から生気が無くなっていく。玉藻と夕楊はそれをずっと見てきた。

「玉藻様が珍しい物を持ってきて下さった。一緒に行こう」

 手を伸ばしたが、一瞥だけして雷獣は夕楊の手を無視して通り過ぎた。触れると怪我をさせてしまうので、雷獣は極力誰とも接さなかった。感情を出さないようにするために、声すら出さない日々だった。

 だがその日、夕楊はついに行動に出る。後ろから、小さな雷獣の手をとった。

「・・・・!」

「行こう。自分が連れて行けば早いから」

 手を繋いだ途端、確かに『じゅわっ』と音がした。雷獣は急いで手を振り払おうとしたが、夕楊は放さない。あげく雷獣を引き寄せて胸に抱き込んだ。

「・・・・っ、はなせ!」

 焦げた匂いがする。

「自分も玉藻様も、お前を拒絶しない。特に玉藻様は簡単にお前に消されるほど弱くないのだ。安心して近づいて良いのだから、ね?」

 優しい言葉と心地よい抱擁。根元の強さは雷獣が知らぬ母のものに似ている。

 初めて抱きしめられた。それなのに自分がその暖かい人を傷つけている。それが雷獣には耐え難いことだ。

「―――っ」

 雷獣は夕楊を突き飛ばした。よろめいた夕楊の掌は、やはり火傷している。

「近づくな、優しくするな! オレは傷つけることしか出来ないんだ!」

 夕楊は雷獣の表情に驚いた。彼は怒声をあげながら泣きそうに顔を歪めていた。

「勝手なことするな! 怪我させてまで抱きしめてなんか欲しくねぇよ ・・・・っ!」

 バチバチと爆ぜる音は悲しげだった。雷獣は夕楊を振り払って、山を駆け下りていった。

「・・・・・・・」

 一人残った夕楊は、伸ばしたままだった手をそっと下ろした。何も出来ないという悔しさと惨めさを、初めて知った。

「玉藻様」

 背後に感じた気配に、夕楊は声をかけた。呼ばれて現れた玉藻は黙ったまま夕楊の斜め後ろに立ち、雷獣が消えた方を見やった。遠くから哀しみを帯びた落雷の音が聞こえる。

「お前でも難しいか」

「・・・・・・・自らの弱さを、痛感致しました」

 握られた拳が震えている。玉藻は柔らかく微笑んで夕楊の頭を撫でた。

 自らに弱さを認めた夕楊は勇気があり、可能性を秘めているということだ。

「大丈夫。お前はまだ強くなれるさ」

 雷獣を護ろうとする限り、きっとどこまでも強くなる。

(そして)

 雷獣のことを、思う。

 東北にある山で採れる自然の砂鉄を集めに行っていた玉藻は、雷獣にも護るものが必要なのだと気付いていた。




「はぁ、はぁ・・・・・っ!!」

 雷獣は高ぶる感情に任せて腕を振るった。青白く光る雷が辺りの木々を薙ぎ払う。そして炭と化した。

 初めて抱きしめられた。それは嬉しかった。

 だが傷付いて欲しくない。無理に笑ってほしいなど、思っていない。

 傷つけて素直に謝れるほど、大人ではなかった。

 何もせずに甘えることは、矜持が許さなかった。

 護ろうとしてくれていると知っている。けれど。

「オレは・・・・弱くねぇ・・・!」

 こうして一人で居る方が、誰も傷付かない。

 一人で居る為には、強くなければならないのだ。そうでなければ、いつまでも自分に優しく手を差し出してくれる夕楊の手は、焼け爛れたままになる。

 自分が我慢すればいい。自分一人が。

 黒い大地を見詰めていた雷獣は背後に迫る足音に振り返った。そして相手が誰だか分かると自然と眼光がきつくなる。

 一人のままでいればよかったのに。無理矢理ここに連れてきたこの男が、不愉快な要因だ。

 にやにやと人が悪い笑みを浮かべたまま突っ立っている玉藻に、怒りで(はらわた)が煮える。

「・・・・・・殺してやるッ」

 雷獣が叫んだ途端、四方へ雷が落ちた。悲鳴のような叫びに、玉藻は口笛を吹いた。

「お前強いなぁ。でも、一人じゃない方がもっと強くなれるぜ?」

 身軽にそれを避ける妖狐の動きに翻弄され、雷獣は牙を剥く。苛立ちと悲しみで咆吼を続ける雷獣は、一度も当てられないことに心を乱していく。攻撃はどんどん強力になっていくのに、玉藻はそれを意にも介さない。

 玉藻は優雅に、それらを避けた。ふわりとした尾が名残を惜しむようにゆるりとすべり、雷獣と距離を取る。

 玉藻はニッと口の端を上げた。逆に雷獣は射殺せそうな眼光で睨む。

「テメェが! 余計なことをしなかったら・・・・・ッ!」

―――オレはあの人を、傷つけずに済んだのに。

 続けそうになったその言葉は呑み込んだ。結局傷つけたのは自分であり、他人のせいにするのは嫌だった。でも、苛立つ。

「なんでオレに構うんだ! ・・・・・・もう、放っといてくれよ・・・・!」

 泣き出しそうな声だった。

 雷獣の周りに放電が始まった。それは雷獣の中の電気が底を突く合図だ。

 玉藻は一瞬で、間合いを詰めた。雷獣の頭上に舞い上がり、手を伸ばす。

 その伸ばされた掌に火傷の跡が残っていた。それを見て雷獣はぎくりと身を竦ませる。間違いなく、あれは雷獣が付けた傷跡だった。

「・・・・・・・・ッ」

 それから目を逸らす為、ぎゅっと目を閉じた雷獣の頭にふわりと掌が触れた。

「これを、お前にやろう」

 玉藻の優しい言葉に、雷獣はゆっくり目を開いた。

 一本の、槍があった。五枚刃が付いて、ギラギラとした輝きを放つ白銀色の柄。

「お前の雷を蓄えさせた。溢れすぎるお前の力を吸い取ってくれる」

 仙泉鉄山で採れた貴重な砂鉄は、あやかしの間でのみ伝えられる金に勝る(くろがね)だ。

 その貴重な金属を、集め、雷獣のために鍛えた。

(魅縒り石の代わりになるものは、これしかないからな)

 力を分散させる為、何か媒体に力を注がせることを思いついた。集めた雷電は消えずに少しずつ溜まっていき、いずれ雷獣の力となる。

―――いつか雷獣が、この槍を重いと感じなくなった頃・・・。

「來軌、来いよ」

 玉藻は手を伸ばした。火傷を残した手で誘い、雷獣に選ばせる。

―――お前はいろんなものを護れるようになって。他人の為に力を奮って。

―――色んなひとに、愛されているだろう。

 現実を隠して思いやるような優しさは、この雷獣には要らない。

「守るものがあれば、強くなれるんだって。なぁ、来いよ」

 お前はこの九尾の狐を、ここまで傷つけるだけの力を持っている。

 火傷の手はそれを伝えた。

 使い方を学べ。

 力は自分のものにしろ。

 戸惑う様子の雷獣に、玉藻は微笑んだ。

「見くびるな。俺は簡単には殺されてやらねぇよ」

 大切なものが、お前にも出来るから。

 それを護ることに力を使え。

「ただお前は、子供らしく甘えてろ」

―――他の誰が拒否しても。

―――俺たちは、それを許してやるから。

「・・・・・・・・・・・・・っ・・・!!」

 突如雷獣の身体が震えたかと思うと、彼は俯いて歯を食いしばっていた。そして頷いた。

 何度も何度も頷いた。大きな槍をきつく握って抱きしめて、肩を震わせている。

 玉藻は静かに目を伏せると、小さく笑った。意地っ張りな雷獣の為に、雷獣の脇に手を挟み、軽々と持ち上げた。吃驚している雷獣に構わず、玉藻は雷獣を肩に乗せた。肩車になった。

 これで玉藻には、雷獣の顔は見えない。

 一方、雷獣は驚きを隠せなかった。こんなにも密着している。なのに、傷つけていない。理由は手に持つ槍のおかげだと分かって、繋がってこの男のおかげなのだと気が付いた。

 頼んだわけでもないのに、一番心から欲しかったものを、くれた。この槍のことではない。雷獣が求めていたのは安らぎだ。

 ここにいてもいいと、彼らは示してくれた。

 雷獣はまた顔を伏せる羽目になる。頼んだわけじゃないから、礼は言わなくても良いだろう。

 代わりに、抱きついた。ありがとうの想いを、目一杯こめて。

 目の前にある玉藻の金糸の髪を片手で掴んだ。さらさらと滑るそれは眩く輝き、朝日みたいに雷獣を照らす。

(・・・・・太陽みたいだ)

 何よりも誰よりも、美しい獣。

 強く、気高く、優しい獣。

 髪に触ったのとは違うほうの手に握られている槍を、さらにきつく掴む。

「オレは、強くなる・・・・っ」

 雷獣が力強くそう宣言すると、近くの太陽から声が返った。

「お前はきっとどこまでも強くなれるよ」

 雷獣を守ろうとする夕楊も、夕楊を守ろうとする雷獣も。

「この俺が、保証してやる」

 歩き出した玉藻の行く先に、夕楊が待っていた。肩車の上から、雷獣がおずおずと手を伸ばすと、夕楊は可憐に微笑んでその手を握った。もう焦げた匂いはしない。

 ついに雷獣は、雷ではなく雨を落とした。その雨は悲しみから来るものではなかったので、夕楊と玉藻は思わず声をそろえた。

「「ようこそ妖狐属へ」」


 そして何よりも信頼できる仲間を、雷獣は手に入れた。




読んでくださり、ありがとうございました。

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