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中編1

 再婚の祝賀パーティーは大規模なものだった。

 ロジット伯爵家は豊かな領土と古い血筋を誇り、高位貴族のあらかたと何らかの縁戚関係があった。

 社交シーズンなこともあり、第4子の御披露目も兼ねていたため大人だけでなく子供の姿も多かった。


 「さすがロジット伯爵家、これほど盛会なパーティーは今シーズンの話題をさらうことでしょうね」

 「お子様方も優秀で羨ましいですわ」

 「いつまでも衰えることのない磐石さで、伯爵家は安泰ですわね」

 夫人たちの称賛の声が、あちらこちらで追従の意を込めて囁かれる。

 それほどにロジット伯爵家は、伯爵位であっても権勢をふるう家柄であった。


 だが、きらびやかな装飾で飾られた会場に私があらわれたことにより、人々のざわめきは波が引くように静かになっていく。


 私が、ボロのような服を着て、ガリガリに痩せたみすぼらしい姿をしていたからだ。


 会場の異変と私に気づいたロジット伯爵は目を吊り上げた。

 「何故おまえがここにいる!?」

 「ロジット伯爵家の第三子として、再婚のお祝いをのべにきたのですわ。お父様、ああ、ごめんなさい、父と呼んではいけないのでしたね、ご当主様」


 ざわり、私の言葉に会場の人々の注目が集まる。


 「皆様、はじめまして。ユリアーヌ・ロジットと申します。ロジット伯爵家で虐待されて殺される間際の第三子ですの」

 私はにこやかに人々に向けて笑った。

 殴打されて斑に色のかわった手で、破れたスカートの裾を持ち上げカーテシーを披露する。


 人々から驚愕と戸惑いと、好奇の色のまとったざわめきが上がった。


 「出ていけ!誰かこの子供をつまみ出せ!」

 父が怒鳴るが誰も動かない。いや、動けない。屋敷の内外にいる護衛も使用人も、人形のように停止したまま突っ立っている。

 「ムダですわよ、ご当主様。皆、魔法で指一本も動かせなくしてありますのよ」

 うふふ、と私が笑う。

 顔を赤らめ激怒した父は、いつものように私を殴ろうと手を上げてピタリとその姿勢で止まった。

 「魔法で動きを止めていると言ったのに。自分は対象外とでも思ったのですか?」


 父の側にいた兄と姉、義母とヒロインが口々に私を罵った。

 「お父様の魔法をときなさい!汚ならしい、忌まわしい悪魔め!」

 「おまえを生んだせいで母が死んだのに!おまえが死ぬべきだったんだ!」

 「忌み子のくせに!骨が見えるまでムチで打ってやるわ!」

 「慈悲で背中に熱湯をかけてやったのに!次は顔にかけてやる!」

 こっそり口の軽くなる魔法をかけたのだけれども、4人の止まることのない暴言の数々に、会場の人々は眉をしかめ気の弱い夫人など卒倒しかけている。

 4人とも普段ユリアーヌに吐いている乱暴な言葉を、人々の前で口にしていることに気がついていない。

 「ここがどこだか、わかっていますか?」

 私が魔法を解くと、4人はハッとして周囲を見渡した。

 人々の冷たい視線に自分が口にした言葉を自覚して顔色をかえる。


 「皆様、私、父への再婚のお祝いを持ってきましたの。楽しい余興ですのよ」

 〈復讐の始まりだ。俺の魔力を思う存分に使うがいい〉


 パチンと指を鳴らすと、空中に映像が大きく映り流れ出す。前世では馴染み深い技術であっても、この世界では誰も見たことのない奇跡のような魔法。

 会場にいる人々の足には、私が停止の魔法をかけているから誰も動けない。逃げ出すこともできずに、それを見るしかないーー父も兄も姉も義母もヒロインも。


 父と死んだ母の映像だった。

 二人は言い争いをしていて、母は泣いていた。

 母が妊娠中に父が浮気をして子供まで産ませた、と。

 許せない、離婚だ、と母が背を向けて父から去ろうとした時、父は母の手を掴んで引きよせた。

 引きとめようとしたのか。

 殺意があったのか。

 父と母は階段の上にいた。母はバランスを崩して階段から悲鳴をあげながら落ちて死んだ。


 「私を産んだために母が死んだ、と私を責めて虐待したわよね?自分で母を殺しておきながら、自分の罪を生まれたばかりの赤子に擦り付けて、その上で虐待?殴り、蹴り、ムチ打って、食事は1日にパン1個。自分の罪の身代わりにした私に7年間も、よくもそんなことが出来たものね!」

 「違う!違う!こんなものはデタラメだ!」

 父は叫ぶが映像は続く。


 使用人たちへ口止めをする父の姿を。

 医師に大金を積んで偽物の診断書をかかせる父の姿を。

 おそろしいことに母の死の現場には母の兄もいたが、その兄は父から幾つかの権益を譲られ母の死の偽装に協力していた。


 「やめてくれ!魔が差してしまったんだ!妹はロジット伯爵に殺された、何もかも話すから許してくれ!」

 母の兄が泣き叫びながら頭をかかえて踞る。

 自白も同然の言動だった。

 私は会場全体にひそかに精神誘導の魔法を張り巡らしていた。もともと小心者の母の兄は良心が刺激されて震えていた。


 「貴族院に母の死因の虚偽をなさいましたね?貴族院への嘘偽りの報告は大罪ですわよ」


 ふたたび指を鳴らすと5つの映像が空中に増える。

 父が、私を皮が裂け肉が露出してもムチ打つ映像。 

 兄が、ぶたれて倒れる私の指を靴で踏み潰す映像。

 姉が、1日1個のパンを取り上げ私の右耳に重い花瓶を叩きつける映像。

 義母が、ボールのように私を蹴り飛ばし壁にぶつけて血を吐かせる映像。

 ヒロインが、血を流し動けなくなった私の背中に、悪役令嬢って可哀想と笑いながら熱湯をかける映像。


 パチンと指を鳴らすと、さらに映像が増える。5人によって虐待されるユリアーヌの映像が。

 会場中に映像の中の小さな子供の悲鳴が響きわたった。

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