表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/12

9話

街の女の子たちに評判の出店で焼き菓子を買って、街の人たちの憩いの場となっている大きな広場へとやってきました。

見事な噴水は涼やかで、子供たちが数人、水遊びをしてはしゃいでいます。街の喧騒が届かぬよう植えられた木々の木陰では、子供たちの母親と思われるご夫人たちがおしゃべりを楽しんでいますし、別の場所ではお昼寝をしている方もいました。

長椅子が設置してあるところでは仲がよさそうな老夫婦が、鳥たちに餌を与えているようです。

わたくしたちも空いている長椅子に座り、お菓子を食べながら一休みすることにしました。


「ほら、口を開けて」


紙袋から丸い形をしたお菓子を一つ取り出した番様は、さも当たり前というふうにわたくしの口元へ差し出してきます。


「あの……」


番様のお気持ちはちゃんとわかっていますが、先ほどのように人前でこういうことをするのは恥ずかしいと言いますか……。

それでも、番様の楽しそうな顔を見てしまえば、否とは言えないのです。

はしたないと思われないよう、小さくお菓子を囓ると舌に感じた甘さに驚きました。


「んっ!?」


外側はサクッとしているのに中はしっとりしていて、蜜のような甘さが口いっぱいに広がります。

見た目は素朴というか、茶色一色でありきたりな焼き菓子のようなのに、とても美味しいです。


「美味しいか?もう一口どうだ?」


お菓子の美味しさに負けて、先ほどよりも素直にお菓子に囓りつきます。

そんなわたくしを見つめる番様の眼差しも蜜のように甘いです。

番様はわたくしが囓った余りを、無造作に自分の口に放り込むと眉を(ひそ)めて甘いとこぼしました。

どうやら、番様のお口には甘すぎたようですね。

そして、お菓子をつまんでいた指を舌で舐めるという、お行儀の悪い行動を取ったのですが、その仕草がやけに官能的で……。


「もう一つ食べるか?」


「自分で食べられます!」


番様に見惚れていたのが気まずくもあり、お菓子を取り出そうとする番様の手を必死に止めました。


「我が番は食べさせてくれないのか?」


「……っ!!」


押し止めていた番様の手を離し、今度は番様の口を手で塞ぎます。

わたくしだって、できるものなら番様に食べさせてあげたいです。でも、自らの手で食べさせる行為は求愛の意味があるので、ここでは凄く恥ずかしいのです。


「……で、できれば二人きりのときが……」


息も絶え絶えになりながらそうお願いすると、番様は声を出して笑いながらわたくしの頭を撫でます。


「意地悪がすぎた、許せ」


「笑うなんて酷いです」


「二人きりのときは素直なお前が恥ずかしがる姿が可愛いのがいけない」


番様が意地悪なのはわたくしのせいなのですか!?

責任転嫁されてふて腐れていると、番様は誤魔化すように話題を変えてきました。


「そう言えば、どこか行きたいお店はないのか?」


簡単に誤魔化されたくはありませんが、行きたい場所はあるのです。この機会を逃せば、しばらくは行けないでしょうから。


「……わたくしがお世話になっていた古着屋と仕立屋にご挨拶に伺いたいのです」


「あぁ、針子をやっていたという店だな」


祖父母が存命だったときは、必要なものがあればすぐに買ってもらっていたのですが、叔父夫婦はわたくしにかけるお金はないと言いきっていましたから。

ですので、自分でお金を稼ぐ必要があり、祖母に裁縫や刺繍を教えてもらったおかげで、針子の仕事をもらえました。

古着屋では繕いものと刺繍を、仕立屋では繁忙期に雑用と簡単な針仕事をしていたのです。


「お礼としては変ですが、そちらでお約束の服をおねだりしてもいいですか?」


言葉でもお礼を伝えますが、商売をしている以上、商品を購入する方が喜ばれると思います。

番様はすぐに承諾してくれると思ったのですが、少し考え込んだあと、古着は駄目だと仰いました。


「我が番は何を着ても似合うと思うが……古着は他の者が我が番の肌に触れている感じがして許可できない」


番様にとっては、古着も他の者が与えた衣装と感じてしまうのでしょう。それはわたくしに対しての独占欲だとしたら、とても嬉しいです。


「では、端布(はぎれ)で作った小物なら大丈夫ですか?」


「その端布は古着からのものではないのか?」


「はい。仕立屋の方で服を仕立てる際に出た廃棄するものを古着屋で再利用しているのです」


実は古着屋と仕立屋の店主はご夫婦なのです。古着屋の方は奥様が、仕立屋の方は旦那様が切り盛りしていらっしゃいます。

ですので、仕立屋で出てしまう端布を古着屋で修繕に使ったり、小物入れや髪飾りを作り商品にしたりすることができるのです。


「それなら、まぁ……」


「わたくしが作ったものもまだ残っているかもしれません」


売れ残っているとちょっと切ないので、引き取らせていただきましょう。


「我が番も作っていたのか。ちなみに、どんなものを作っていたんだ?」


番様に聞かれ、わたくしが作れるものを答えました。

本職の方のように、何でも作れるわけではありませんので、本当に簡単なものばかりですが。

お買い物のときに便利な大きな肩かけ鞄や硬貨入れ、小さめの敷物、髪飾りなどの装飾品。そうそう、奥様から教えていただきながら動物の人形を作ったこともありました。初めて作ったものは不格好で、わたくしが自分で購入したので今も手元に残っています。


「凄いな。いつか、俺にも何か作ってくれると嬉しい」


いとけない眼差しに、いつかと言わずに今すぐと答えたくなります。

しかし、明日、明後日にでも両親が到着するでしょうし、叔父一家のこと、領地のことなど話し合わなければならないことがたくさん残っています。

それらが無事に終わったとしても、今度は竜の国に戻りますし、ゆっくりできるのはもう少しかかるでしょう。


「落ち着いたら、必ずお作りいたします!」


「楽しみに待っている」


番様の笑顔が嬉しくて、何を作ろうかと浮かれてしまいます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ