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7話

その日の午後、殿下がわざわざ進捗を知らせてくれました。

開いた口が塞がらないとまではいきませんが、叔父が竜の国の言葉を知らなかったとは恥ずかしい限りです。

祖父は、どこまで予想していたのでしょう?

クアンヴァリィ家からの手紙を読むことができない叔父が、わたくしのことを知るには番様が現れるときくらいしかないと?

ですが、番様が竜族とは限らないのですよ?

わたくしが竜族ですので、他の種族であった可能性もあるのですから。


「まずは、クアンヴァリィ嬢の母君の意向を確認してからということになりました」


この国としては、竜の国に嫁いだ者の実家をなくすことに躊躇する気持ちはわかります。

わたくしとしてはどうでもいいのですが、やはり母の実家ですので、母が悲しまない方法を取っていただけるのはありがたいです。


「自国の臣下の後始末もできないのか」


番様が怒りを露わにしていますが、番様としては、竜の国の民となった母に判断を任せるのは無責任だと思われたのでしょう。


「番様」


落ち着いて欲しいと、手を重ね合わせます。


「わたくしは母の悲しむ姿は見たくありません。わたくしのことで、母は自分を責めるでしょう。そんな母に、生まれ育った家がなくなるなど、伝えたくありませんわ」


記憶にある母は、とても芯の通ったしっかりした女性でした。

わたくしがいたずらをすれば、怒るのではなく、なぜいけないのかを真剣に説くような方です。

時狂いにかかっていたとはいえ、娘を放置してしまったことを酷く責めてしまうかもしれません。


「我が番の母を気遣った上でのことだと言いたいのだな?」


「えぇ。わたくしは感謝しておりますのよ」


「わかった。クアンヴァリィたちが戻ってくるのを待とう」


番様の言葉に、殿下が安堵の表情を浮かべます。

次期国王として、感情を抑え込む(すべ)を学んでいるとはいえ、この状況ですから上手く隠せなかったのでしょう。


「エイデン伯爵に対しての処分はクアンヴァリィ嬢の母君を待つことになるが、エイデン夫人と娘に対しては相応の処分を下すことになる」


殿下は義叔母と従妹がわたくしに対して行っていた行為をご存じのようです。

番様に見いだされる前のことですから、わたくしが気にしていないと言っても無駄でしょうか?


「ほぉ……。その者たちは我が番に何をした?」


おそらく、殿下は隠しておく方が番様の怒りを買うと思ったのでしょうね。

あの家で、義叔母と従妹にされたことをあっさりと教えてしまいました。

殿下が話せば話すほど、番様は殺気を身にまとわれるのですが……わたくしは面白くありません。


「番様、わたくしを見て」


番様の顔に手を添え、わたくしの方に向かせる。

番様の濃い紫の瞳にわたくしが映っているのが見えます。

それだけで嬉しいという気持ちが抑えられません。


「わたくしは人間に近くとも竜族ですよ。か弱い人間に傷つけられることはありません」


いくら義叔母と従妹に叩かれようと、丈夫な竜族の体は傷一つ負うことはありません。平民と蔑まれようと、わたくしは正真正銘、竜の国エスドランサの北黒王当代の娘です。


「しかし……」


「番様、わたくしは怒っているのですよ?いくらわたくしのためとはいえ、番様のお心を他の女が占めているのは許せません」


身勝手なことだとは思いますが、義叔母と従妹に怒りでも向けてほしくないのです。

番様のお心はすべて、わたくしに向けていただきたいのです。

せめて、わたくしがいる前では、わたくしだけを見てほしい。


わたくしが怒っていると伝えると、番様の目がとろりと細まりました。

妬いたかと、どこか嬉しそうな声音にきつく睨みましたのに、番様はわたくしの手を取り口元へ持っていきます。

唇の柔らかさに心臓が忙しくなるのを感じます。


「あー……私は失礼するので」


殿下が気まずそうに声をかけ、わたくしたちと視線を合わせないように退室されました。それを見て、少しだけ申し訳なさを感じながらも、甘えるように番様の肩に頭を乗せます。

取られたままの手は、爪の形を確かめるようになぞられ、指と指の間をくすぐられ、指を絡めてぎゅっと握られました。


「エレノア、お前のことをもっと聞かせてくれないか。楽しかったこと、つらかったこと、すべて」


番様はわたくしのすべてを背負おうとしてくれているのでしょう。それが嬉しくもあり、悲しくもあります。


「では、少しだけ交換しましょう、オースティン様」


竜の国の皇太子であるオースティン様は、わたくしよりも多くのものを背負っておられます。

今のわたくしでは頼りないでしょうが、わたくしのことを背負うのであれば、その分くらいは肩代わりして差し上げたいのです。


「交換?」


「えぇ。わたくしたちは番ですもの。一方だけだなんて不公平でしょう?わたくしにも、オースティン様の楽しかったこと、つらかったことを分けてください」


「……そうだな」


番様は触れるだけの口づけをして、柔らかく微笑まれます。


「それで、エレノアは幼いときはどんな子供だった?」


わたくしがまだ竜の国にいた頃。

わたくしは今よりも好奇心が強く、今よりも活発でした。

部屋の壁にお絵かきをして母親に説教され、勝手に家から飛び出して遊びにいって説教され、庭でかくれんぼをしていて母に泣かれたこともあります。

そう番様に告げると、まだ大人しいほうだと笑ってくれました。

竜族の血が濃いと、もっとやんちゃだと言うのです。

番様にどれだけやんちゃしていたのかと聞くと、確かにわたくしのやったことなど可愛いものだと納得です。

竜宮の一番高い屋根の上に登ったり、竜宮から馬で一日ほどかかる町まで散歩と称して徒歩で行かれたり。このとき、追っ手をかい潜っていたので、町に到着するのに三日かかったそうです。

番様が五十にもなっていないときのお話ですから、人間で言うなら十歳くらいでしょうか?竜族は幼少期の成長速度が多少速く、百歳にもなれば外見は人間の十八歳くらいになります。

そんなことを聞くと、弟がやんちゃして、母の心労が増してやいないかと心配です。


父と母とわたくしの三人で過ごしていたときは、とても幸せでした。

当時はなんとも思っていなかった日々が、今はあれが幸せなのだとわかるようになりました。

しかし、弟が生まれると、母は弟とともに部屋に引きこもってしまいます。

子供を守るための本能的行動だと父は言いますが、母は人間です。それに、わたくしのときはここまでではなかったと。


「……もしかしたら、エレノアの母君は完全に変化を終えていなかったのかもしれないな」


番様が言うには、他種族が竜族の番になるとき身体に変化が起こるそうです。婚姻の儀にて、竜族なら誰しもが持っているある部分に生える鱗を番に与え、それによって他種族でも寿命が延び、竜族の子を成せるようになるのだとか。

竜族同士の場合は寿命を繋げることになり、寿命を迎えるとほぼ同時に二人とも逝くことができると。

その変化が完全ではなかったから、わたくしが人間の血が濃く生まれ、弟を早くも授かったのではないかと番様は言います。


「この鱗にそんな力があるのですね」


人間に近くとも、わたくしも竜族。胸の、心臓の真上にある鱗にそっと手を置きました。


「あぁ。竜族が神の血族と伝えられるのは、この身に宿る力だけではなく、番にも分け与えることができるからだと言われている。その昔、竜族の力を欲した人間たちがどうなったのかは知っているだろう?」


竜族には、自分の意思ではなく、他者に鱗を剥がされた場合、神に祈れば鱗は再生すると言い伝えられています。そして、強引に奪った鱗を使用すれば神の怒りに触れ、その身が醜くただれて死ぬまで苦しむそうです。

竜の国にいた頃、絵本で神話などのお話は読んだことありますが、やはり知らないことの方が多いですね。


「早くエレノアに俺を食らってもらいたい」


そう言いながら、わたくしの胸に顔を埋める番様。

わたくしは顔が真っ赤になっているのを自覚しつつも、番様を抱きしめます。

ふわりと香る番様の匂い、触れるところから伝わる体温。番様のすべてが愛おしいのです。


「わたくしも早く食べてもらいたいです」


竜族の求婚は、番に己の鱗を食べさせることから、自分を食べてほしいと告げるのが定番です。

番様の鱗はどんな味がするのでしょうね。

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