6話 殿下視点
本日2回目の更新です。
平民だと噂されている娘に声をかけたのは、ちょっとした好奇心からだった。
話してみた感じでは、噂されているような、話に聞いていたものとはまったく違う印象を受けた。
思慮深く、物事に動じない胆力を持っていると。
学舎での成績もよく、教師陣からの評判は良好。
平民と言えど、いや、平民だからこそ、部下に欲しい人物だと思えた。
だから、彼女を養育しているエイデン伯爵に、彼女を独り立ちさせてはどうだろうかと手紙を送ったのだ。
心配ならば、宮殿での職を紹介すると。
彼女自身、独り立ちを望んでいたようでもあったから、すんなりと行くだろうと思っていた。
返ってきた手紙は、どっちつかずな、どうとにでも受け取れる内容だった。
自分の立場、王太子からの提案ということで断りづらかったのだろうか?
しかし、学舎内のこととはいえ、貴族社会に組み込まれている場所で、ああも噂が広まっては伯爵家の外聞が悪くなるだけだ。
何か、彼女を手放せない理由があるのか?
エイデン伯爵家を調べさせたが、あの娘の父親のことはわからなかった。
しかし、平民に嫁いだと言われている娘の母親は絶縁されていなかった。
つまり、あの娘は貴族であるとも言えるが、エイデン伯爵家には名がない。
エイデン伯爵家には不可解なことが多すぎる。
あの娘のこともそうだが、事業が上手くいっていないにもかかわらず、金回りがいい。
これは何かある。そう感じた。
国王である父を説得し、エイデン伯爵家の娘を自分の婚約者候補にするよう願った。
本当ならば、婚約者は侯爵家の令嬢の二人のうちどちらかという話だったので、不和にならないよう、二つの家にも内々に協力を取りつけてある。
思わぬ誤算だったのが、今回の件を見せ場だと思ったのか、令嬢たちの協力が非常に助かったことだ。
私の思惑を推測し、邪魔にならぬよう一歩引いたところで見守りつつ、あらぬ噂が立たないよう女性たちを操る手腕。見事なものであった。
どちらの令嬢が婚約者になっても、将来国母として不足はない。
そして、問題のエイデン伯爵の娘は、面白いくらい私の手のひらの上で踊ってくれた。
例の娘のことも、伯爵家のこともたくさんしゃべってくれた。
やはり、不可解な金の出所ははっきりさせないといけないな。
その前に、例の娘は伯爵家から引き離しておきたい。
そうだな。裕福な家か私を支持する下級貴族にでも嫁がせれば、宮殿に引き立てることもできる。
ちょうどと言ってはあれだが、大事な国賓が来るため、王家主催の催事がある。
その夜会にどうやって娘を招待しようか?
エイデン伯爵の娘のおかげで、手間を取ることもなく例の娘を夜会に招待することができた。
その夜会で、エイデン伯爵家が隠していたことよりも、余波で竜が出たことの方が問題だった。
我が国の貴族が、これほど無知で務まるとは思いもしなかったがな。
エイデン伯爵家は先代がやり手だったと聞く。そのおかげで、今まで持ちこたえたのだろう。
国王陛下に事の次第を説明すると、頭を抱えておられた。
まぁ、そうだろう。陛下は先代の娘が竜の御仁に嫁いだのはさすがに知っておられたが、その子供がエイデン家に預けられたことまでは知らなかった。
学舎で平民と蔑まれ、親族の家では不遇を強いられ、実は竜の国の地位ある人物の娘で、皇太子の番となられたとあっては心痛お察しする。
神の血族とも呼ばれている竜族に、我ら人間が敵うわけがない。
彼らが怒り狂えば、この国は蹂躙されるしかないのだ。
竜の御仁らの怒りを鎮めるために、エイデン伯爵家を罰するのは簡単だ。
しかし、竜の御仁の番となった先代の娘の生家をなくしてしまうのもよろしくない。
陛下と宰相、その他の重鎮たちとともに、どうすればいいのかを遅くまで話し合った。
翌日になり、エイデン伯爵らに話を聞くことに。
どうして、竜の国の貴族のご令嬢が平民などと言われるようになったのか。
竜の怒りを買うとわかっていて、彼女を冷遇したのか。
まぁ、昨日の反応では本当に知らなかったのだろうな。
「あの娘は、先代の父がある日突然連れてきたのです。姉の子供だと言って」
「それで、なぜ自分の姉が竜の御仁の番になったことを知らなかったのだ?」
「姉が、いきなり結婚すると言って相手を連れてきたのです。話し合いの席には同席させてもらえませんでしたが、聞いたことのない家名に、式は挙げない、家にも寄りつかないということから平民なのかもしれないと思いました。姉は我が強いところがありましたので、絶縁してでもと押し切ったのでしょう」
なるほどな。
エイデンの先代が、息子に話さなかった理由がなんとなくわかった気がする。
「両親になぜ聞かなかった?姉がどこに嫁いだのか、なぜ式を挙げないのか、なぜ家に来ないのか。どれか一つでも聞いていれば、このようなことにはならなかったものを」
「……平民に嫁いだと思っておりましたので、その、両親も姉のことを恥じているだろうと」
短慮で思い込みが激しく、そのくせ矜持だけは一人前か。
そして、貴族ならばあって当たり前の教養もないとくれば、クアンヴァリィ嬢のことを教えなかった先代が正しい。
「では、クアンヴァリィ家からの手紙でも、ある程度の察しはついたと思うが?だたの平民が、あれほどの金額を用立てできると本当に思っていたのか?」
「……商売が上手くいったのだろうと……」
「小賢しい。素直に認めたらどうだ?竜の国の文字が読めないとな。いや、そのものを知らなかった。竜の国の文字とわかるのであれば、放置するなんて愚かなことはしないだろう。知っていて放置したのであれば、国家反逆罪にもなりえるしな」
罪名を聞いて、一様に顔を青くする一家だが、貴様らの傲慢さが国を破滅させるところだったのだぞ。
破滅を免れたのであれば、それはすべてクアンヴァリィ嬢のおかげだ。
彼女は幼くても聡明だったのだろう。
竜族の気質を理解し、人間と竜族の違いを理解し、ご両親のためにこの国に残ることを選んだ。
そして、この国の民のために竜の御仁らの怒りを鎮めてくれたのだ。
「だがお前は、己の不勉強を利用し、知らなかったことにして罪を隠そうとした。学舎で竜の国の言葉が選択科目となっているのは、外交官などの職に求められるような、高度な内容だからだ。どの貴族も、幼い頃から学んでいて、読み書きくらいはできるのが当たり前だからこそ、学舎でも目に入っていただろう?」
本当は、手紙の差出人が竜の国の者だと気づいていた。だが、それを国に報告すれば、クアンヴァリィ嬢もクアンヴァリィ嬢の養育費も国に取り上げられると思ったのだろう。
養育費を手放したくなかったがゆえに、私がクアンヴァリィ嬢の独り立ちを勧めてもはぐらかしたのだ。
言い訳ができるなら言ってみろと促すと、またもや飛んでもない答えが返ってきた。
「その…竜の国と関わるようなことがなかったので、学ぶのは無駄だと思いまして……」
「先代に何も言われなかったのか?」
「学ぶようには言われましたが、経営学など領主として重要なものをもっと学びたいと言えば、それ以降は何も言われませんでした」
なるほどな。
おそらく、それで先代は諦めた。いや、見限ったのだろう。
先代の気持ちを思うと、跡を継げる者が他にいなかったのが悔やまれた。
「殿下、なぜお父様が咎を受けるのですか?悪いのはすべてあのへい……」
「いつお前に発言を許した」
私の許しもなく口を開くなど、最低限の作法も知らないのか?
「ですが、わたくしは殿下の婚約者候補ですのよ?」
「だからどうした?正式な婚約者でもないお前が、私と対等であるとでも?」
そもそも婚約者候補にあげたのも、エイデン伯爵家を探るためで、はなから他の二人の候補と同じ舞台にすら立てていないことを告げた。
「……そんな」
娘はさめざめと泣きだしたが、親は見向きもしなかった。自分のことで手一杯なのだろう。
泣きわめくよりはましなので、放置する私も相当だがな。
「ご夫人は何も知らなかったのか?」
「……えぇ。旦那様に平民の娘だと聞かされておりましたので。知っていればあのようなことっ……」
何をしたのかはおおよその見当はつくが、ご夫人はちゃんと貴族の女性としての教育は受けているようだ。
「手紙のことを言ってくだされば!そもそも、竜の国の文字を知らぬなど、貴族の恥ではないですかっ!」
ご夫人が手紙を読んでいれば、竜の渡りが始まる前に事態を収拾できたかもしれない。
「エイデン伯爵家が犯した罪は重い。数日のうちに、陛下から達しがあるだろう」
一番罪が重いのは、貴族たる教養を身につけず、勝手な思い込みをしたエイデン本人だが、ご夫人や娘も同様に罰せられるだろう。
ご夫人にとってはある意味とばっちりだが、我が国ではよほどのことがない限り、貴族は離縁することができない。
だからこそ、婚約も婚姻も、お互いの家が慎重に精査して行われるのだ。
あの調子だと、ご夫人は離縁を訴えそうだが、エイデンの教養が偏っていることを調べあげることができなかった、ご夫人の実家に非があるということになる。
そして、子を絶縁することは可能だが、こちらも陛下の許しが必要だ。
クアンヴァリィ嬢の母君である、先代の娘が絶縁などされていないことは、調べればすぐにわかる。
なぜ疑問に思わなかった?
絶縁されていない娘は、どこに嫁いだのかと。
平民に嫁いだとしても、身元がわからないなんてことはそうない。
他国に渡ったのなら、必ず記録に残る。
考えられる頭があればわかっただろう。陛下が関与していることが。
まったく情報が出てこなければ、それだけ重要なことだということだ。
平民と駆け落ちした程度で、陛下が動くわけないのだから。
だが、先代のエイデン伯爵は何を考えていたのだろうか?
わざわざクアンヴァリィ嬢を学舎に通わせた理由はなんだ?自分亡きあと、孫娘を竜の国へ帰すこともできただろうに……。
先代エイデン伯爵の思惑が気になり、より詳しく調べることにした。
クアンヴァリィ嬢の母君のことは先代のエイデン伯爵から報告があり、陛下と宰相は知るにいたったが内密にして欲しいとも言われたらしい。
その理由は、権力構造の均衡を崩したくなかったからだろうと陛下は言っていた。
今となっては、先代エイデン伯爵の真意を問うことはできないが、あの男がやらかさないためだったのかもしれない。
竜の御仁と繋がりがある。それだけで、我が国内でも重んじられる。
その状態で息子が跡を継げば増長する。
俺ですらそう思うのだから、父親だった先代は跡を継がせるのが、さぞ不安だったろうな。
エイデンのことを話せば、陛下は再び頭を抱えた。
本当に陛下の心中はお察しするが、処罰を決めなければならないことからは逃げられない。
そもそも、クアンヴァリィ嬢を学舎へ入学させる許可を与えておいて気づかなかった陛下も悪い。先代エイデン伯爵の方が上手だったということなのだろうが……。
「その件のご令嬢の母君がこちらに来られるのであれば、ご意向を伺ってからでもよいのでは?」
確かに、宰相の言うことも一理ある。
クアンヴァリィ嬢の母君にとっては実家だし、生まれ育った故郷だ。
処罰を軽く、と言われるかもしれない。
「そうだな。竜の御仁の番となった貴人だ。その方の意向を聞き、皇太子殿下の意向と擦り寄せていこう」
そういう方針に決まったが、まぁ、あのお方は強く罰せよと言うと思うぞ。
下手したら、俺たち王家にまで言う可能性もある。
本当に、クアンヴァリィ嬢とその母君が、上手く手綱を握ってくれるのを願うしかない。