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5話

夜会も終わり、番様の客室へ戻ります。

国賓ともなれば、客室もとても豪華です。

普通であれば、とても落ち着けるような部屋ではありませんが、今は番様がいます。


北黒王(ほっこくおう)のやつ、もっと早く会わせていれば、弟が生まれても俺が引き取れたのに」


側に、竜の国に番がいたのに気づけなかったことを、番様は後悔していらっしゃるようです。


「よいではありませんか。こうして出会えたのですから」


「ようやく、名が呼べる」


竜族にとって、名前は特別なもの。

家族と番にしか呼ばせない方は大勢います。

他者に聞かせるのも嫌というくらいですから、人前では名前を呼ばないことが礼儀となっています。

番様がわたくしに名を聞いたのは、人間だと思っていたから、人間の礼儀に合わせようとしてくれていたそうです。

わたくしも八年とはいえ、竜の国におりましたので、重々承知しています。ですので、番様の名は問いませんでした。


「エレノア。俺の名は、オースティンだ」


番様に名を呼ばれるだけで、魂が震えるほどの喜びを感じます。

これは確かに、他の人の名前を呼んで欲しくはないですね。

嫉妬でどうにかなってしまいそうですもの。


「オースティン様」


番様、オースティン様も同じ喜びを感じているのだと思います。

本当に、番がいるだけで、何もかもが変わったように感じます。

まるで、生まれ変わったようです。


「早く婚姻の儀をしたいな……」


竜の国といえど、婚前交渉はよしとされておりません。

はしたないと思いますが、そういった意味でも番様がわたくしを求めてくださるのが嬉しいと感じます。


「もうしばらくお待ちください。今は、番様がお側にいる幸せを噛みしめたいのです」


「エレノアが待てというなら、いくらでも待つさ。だが、これくらいは許してくれよ」


わたくしの唇に触れるものがありました。

優しく触れ、きつく抱きしめられ、オースティン様にすべてを投げ出してしまいたくなるような……。


その夜は、オースティン様と遅くまで語りあかし、抱きしめられたまま眠ってしまいました。

婚前交渉はよくないですが、そういった行為がなければ容認されます。

番ですもの。少しでも長く一緒にいたいという気持ちは、番と巡り会った者ならば誰もが抱く気持ちです。

なので、番同士の意思の強さが試されます。

番と出会い、婚姻の儀がすむまでは番に手を出さない。

それくらいの意思の強さがなければ、番を大切にすることなど到底できない。そう考えられています。


朝になり、問題が浮上しました。

着るものがありません。

さすがに、昨日の夜会で着たものを再び着るのは恥ずかしいです。

殿下が用意すると侍女の方が伝えにきてくれたのですが、番様がいる前で、他の殿方が用意した服を着るほど愚かではありません。

叔父たちが宮殿に留置されていて、彼らに必要なものを家から届けさせるということでしたので、わたくしの分もお願いいたしました。


ものが届き、着替えをすると、番様の表情が曇ります。


「簡素なのも我が番の魅力が際立ってよいが、俺が服を贈ろう」


「それでしたら、一緒にお買い物に行きませんか?番様にわたくしの服を選んでいただきたいです」


豪華で煌びやかな衣装がずらりと贈られてきそうな予感がしたので、番様が喜びそうな代案を提案します。

わたくしは貴族として育てられていないので、身の回りのものは限られた金額の中で、自分で買っていました。

ですので、市場の案内は任せてくださいね。


「それも楽しそうだ」


「えぇ、きっと楽しいですわ。それに、番様と外での逢瀬というものに憧れていたのです」


一人で気ままな買い物も楽しいですが、やはり恋人同士で仲良く買い物をしている方々を見て羨ましくもありました。

わたくしは人間に近いですが竜族です。自分の番がどこかにいることは確信していました。

番と出会ったら、絶対にやりたいと思っていたのですよ。


「では、我が番の願いは叶えなくてはな」


いつまでも、こうして二人だけでいたかったのですが、そうもいきません。

朝食をいただいたあと、父の代わりの竜族が到着したこともあり、顔合わせすることになりました。

一夜で到着したということは、かなりの強行をしてきたのだと思います。


「おはようございます、お父様」


「おはよう。殿下に無体はされなかったか?」


父は、そんなことはないとわかっていて聞いていますね。


「わたくしの番様はずっと紳士でいらしてくださいましたよ」


挨拶を終え、父の代わりに来たという竜族の方を見て驚きました。


「お兄様!」


「覚えていてくれたか、ちびちゃん!」


懐かしい呼ばれ方です。

父の弟、叔父に当たる方ですが、見た目が若いこともあり、わたくしはお兄様と呼ばせていただいていました。

叔父と言えど、名を呼ぶことは(はばか)れますので、叔父はわたくしのことをちびちゃんと呼んでいたのです。

叔父も北黒王(ほっこくおう)のクアンヴァリィに連なる者ですので、とてもお強いのです。父の右腕として、活躍していると話を聞いたことがあります。


「もう我が番だからな。馴れ馴れしくするなよ」


「殿下の番様が見つかってよかったです。まぁ、ちびちゃんだったのは驚きですけど」


お兄様は軽いと言いますか、物事を重く捉えないたちですので、姪が番なんですから、仲良くしましょうよと番様に言っています。

軽いですけど、仕事はできる方なんですよ。たぶん。


「番様、南紅王(なんこうおう)のアルヴァレジィでございます」


「クアンヴァリィの娘にございます。それにしても、わざわざ当代様がお越しとは……」


護衛であるなら、お兄様だけで十分だと思います。

南紅王当代様がいらっしゃる理由がわかりません。


「いえ、本来なら外交は殿下にお任せする予定でしたが、番様が見つかったので私めが肩代わりを申し出たのですよ」


「お手を(わずら)わせてしまい、申し訳ございません」


「とんでもない!殿下が番様に出会われたのです。めでたいことですので、番様が気になさることではありませんよ」


ご本人がそう仰るなら、これ以上は申せませんね。

改めて、よろしくお願いしますと礼をしました。


「では、殿下、娘をお願いいたします」


引き継ぎを終えると、父は竜の国に戻ります。


「お父様、お気をつけて。お母様と弟に会えるときを楽しみにしていますね」


「すまない。すぐに迎えに来るからな」


力強い抱擁をされ、苦しくもありましたが、父からの愛情が伝わってきました。

父が旅立つのを見送り、残った問題をどう片付けるのか、話し合いが行われました。

しかし、この国の首脳陣がどうなされるのか、動きがわからない以上、決めようがないのです。


「殿下からご連絡があるまで、よろしければ竜の国のお話を聞かせてくださいな」


竜族にとっては『たった』八年でも、変わっていることも多いと思うのです。

それに、少しは知識を入れておかないと、番様の顔に泥を塗るようなことがあっては大変ですもの。

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