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3話

「して、我が番よ。名を教えてくれないか?」


その声も素敵で、名を呼ばれたいと強く思いました。

そして、わたくしも番様の名を呼びたいと。


「……わたくしは、エレノア・クアンヴァリィと申します」


わたくしは、わたくしに与えられた名を告げるのです。

祖父が誰にも伝えなかった名を。


「クアンヴァリィ!?」


竜族である番様が驚かれるのはわかります。側にいた殿下も驚かれているのは、本当にわたくしのことを平民だと思っていたのですね。

わたくしのことを調べていると思っていたのですが、祖父の方が一枚上手だったようです。


「どういうことだ?お前は確か、キャンバリーと名乗っていただろう?」


「祖父に誰にも告げるなと厳命されておりましたので、致し方なく」


殿下にそう説明すると、番様の方が納得していました。


「しかし、クアンヴァリィ家の娘がなぜここに?」


「それは、説明すると長くなるのですが……」


なるべく、長くならないよう省いて説明しました。殿下にもわかるように。

竜族である父は番である母を見つけると、あっという間に竜の国に連れていってしまいました。

わたくしが生まれ、平穏な日々を過ごしていましたが、弟が生まれたのです。

本来であれば、考えられないことです。

寿命の長い竜族と婚姻の儀を行えば、番の寿命も竜族と同じになります。

なので、子供が生まれるのも、百年に一度あるかないか。

つまり、先に生まれた子供は成長して、手がかからなくなる年頃になります。

なのに、たった八年で次の子が生まれてしまったのです。

わたくしは人間の血が濃く現れ、人間と同等の成長をしておりましたが、弟は竜族でした。

母は弟につきっきりになり、父は仕事でなかなか帰ってきません。

わたくしが独りになるならと、母の祖父母が育児がひと段落するまで預かると言ってくれたそうです。

しかし、祖父母は人間です。竜族のことも詳しくは知らなかったのです。

弟が手のかからなくなるまでの年月、そして竜族の年月の感覚。すべてが人間とは違うということを。


「祖父母は、わたくしが竜族であるということは伝えずに亡くなったのです」


伝えていれば、血の繋がった叔父はともかく、義叔母はあんな態度を取れなかったでしょう。

この国の竜族に対する態度を考えるとなおさらです。


「ちなみに、ご両親は知っておいでなのか?……その、君が平民だと言われていることを」


殿下のお言葉に、怒りを露わにしたのは番様でした。


「クアンヴァリィ!ここに来い!」


会場全体に響き渡るほどの大きな声でした。

人を掻きわけるようにして現れたのは、先ほどまで語っていた自分の父です。

父がこの場にいることにも驚きですが、番様に見惚れるあまり、この催事の目的も国王陛下のお言葉も聞いておりませんでした。

番様が竜族であるなら、ここにいる理由は一つしかありません。


「あら、お父様。竜の渡りの付き添いでこちらにいらしたのですか?」


約八年ぶりに見る父の姿。

まったく、何一つ変わっていないですね。


「エレノア?」


「そうだ。お前の娘が俺の番だ。お前たちが娘を手放さなければ、もっと早くに出会えていたはずだ!」


そうでしょうね。

竜としてはまだ幼いうちに入りますが、人間の血のおかげで早く成長しています。

幼い番に出会えれば、その成長する姿を楽しめるとも言いますし。

わたくしがあのまま生家にいれば、程なくして出会えていたでしょう。

わたくしの番様はどうやら高いご身分のようなので。


「手放してはおりません!番の両親が預かってくれるというので……」


「それで十年近くも放置か?娘の状況を確認しなかったのか?我が番を可愛がってくれていた祖父母は亡くなったそうだ」


項垂れる父の姿に、本当に何も知らなかったのだと納得しました。


「人間の十年は我らの百年に相当すると聞いた」


なおも父を責め立てようとする番様の腕に触れ、それを止めました。

時間というのは、どの種族にも平等に流れるのに、寿命が違うことで感じ方も違うのです。


「お父様は竜族ですもの。時の流れに鈍感なのは仕方のないことです。番様だって、『たった』十年って思うでしょう?」


人間の感覚で言うなら、竜族の十年は人間の一年になります。

竜の国には、季節の移ろいがありませんので、なおさら時間の経過に鈍くなってしまいます。

ただ、生粋の竜族である父はわかるのですが、母もとなると状況が変わってきます。

母が嫁いで二十年少しでしょうか。人間の感覚が抜け落ちるとは思えません。


「お母様もお父様に何も仰らなかったのでしょう?ひょっとして、『時狂い』にかかっているのでは?」


わたくしがそう言うと、竜族の二人ははっとした表情になりました。

『時狂い』はその名の通り、時間の感覚が狂ってしまうことです。

竜族ではない種族が番となり、竜の寿命を得るとかかりやすいと言われています。

特に、変化の乏しい生活をおくっていると顕著に現れるとか。


「その可能性はありえるな。帰ったらすぐに調べよう」


「いや、急ぎ代わりの者を寄こす。その者が到着したら、お前はすぐに戻れ」


父は、命に関わる病気ではないので、仕事の方を優先しようとしました。

しかし、わたくしの番様が戻れと言います。


「番と出会って初めてわかった。何よりも大切な者だと。お前は番の側にいてやれ。そして、落ち着いたら迎えにこい」


親として、迎えにくるぐらいはしてやれと、番様はわたくしのことを思って言ってくださいました。

それがとても嬉しくて、つい、口元が緩んでしまいます。


「お心遣い、感謝いたします。というか、殿下の番はエレノアで間違いないんですね?」


「あぁ、間違いない」

「殿下?」


お互い発言がかぶってしまいましたが、番様を見上げると勝ち誇ったような笑みを浮かべて仰いました。


「俺は竜の国エスドランサの皇太子だ」


番様、身分が高いだろうとは思っていましたよ?

父もああ見えて、竜の国を統べる竜帝様の側近であり、北黒王(ほっこくおう)の位についています。

王とついていますが、竜帝様の次の位、人間の国で言うところの侯爵くらいでしょうか。

北黒王は武に優れた竜の一族に与えられたもの。つまり、竜帝様の一族を除けば、父が一番強いのです。

竜帝様のご意思を国に反映させる宰相のような役割を担う東青王(とうせいおう)、外交を一手に引き受けている南紅王(なんこうおう)、国内で生産されるものの管理や経済を担う西白王(せいはくおう)

まとめて四方王(しほうおう)と呼ばれることもあります。


「それは……早く国に帰って、学ばねばなりませんね」


「何、時間はたっぷりとある」


竜族の血が流れているので、人間よりは多少寿命は長いと思われますが、婚姻の儀をすませて、番様と同じ寿命にならないといけません。

さすがのわたくしでも、十年二十年と妃になる勉強をすれば、身につくはずですから。

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