2話
今日は気分を変えて、学舎の庭園が見渡せる外の席でまったりと読書を楽しんでいました。
日差しを浴びた緑がとても癒されるのです。
「なんだ、まだいたのか?」
周囲がうるさいと思ったら、殿下がお出ましだったのですか。
「前日はご助力くださいまして、ありがとうございます。残念ながら、義叔母様に反対されまして……」
なぜまだ学舎に通っているのかと、殿下は疑問に思われたのでしょう。
それゆえのお言葉だったと思いますが、捉えようによっては、わたくしの存在が不快に思われているようにも感じられたので、しっかりと言い訳をさせてもらいました。
「殿下、エレノア姉様は孤児ですもの。お母様はエレノア姉様を可哀想に思って、家に引き止めているのです」
いえ、両親は健在なのですよ?
それを訴えたところで、叔父一家は聞く耳を持ってくれないのですが。あと、姉とも思っていないのに、気安く名前を呼ばないでください。
というか、従妹は何を考えて殿下のお側に控えているのでしょうか?
基本、殿下のお側は、将来殿下が即位されたときに側近になるであろう子息たちが控えています。
その中に、婚約者でもない娘が混じるなど、はしたないと非難されても仕方ありません。
「あぁ。エイデン伯爵もよき嫁ぎ先をと思っているのかもしれないな。……ふむ」
思っているのでしょうか?
わたくしの結婚なんて、一度も話題に上がったことはありませんけど。
それに、紹介されたとしても、条件を満たしていなければ無理でしょうし。
「今度、王家主催の催事がある。その夜会に参加してみないか?」
わたくし自身、この国の貴族ではありませんので、そういった催事には出席したことがありません。
王家主催となれば、多くの貴族が集まる場でもあります。
ご迷惑になるからと辞退を申し上げても、殿下は聞き入れてくれませんでした。
「貴族だけでなく、王家が世話になっている豪商なども招待されている。そこで、よい相手を探してみてはどうだ?」
結婚相手が見つかれば、叔父たちも反対しないだろうと笑って仰いますが、そう上手くいくとは思えません。
わたくしめに、そこまでしていただける理由もございません。
なんとか断ろうとしているのに、同じ学舎で学ぶ仲だからと押し切られてしまいました。
これ以上は、周りの方から不敬だと言われるおそれもあるため、謹んでお受けするしかなさそうです。
それにしても強引でしたが、何かお考えがあるのでしょうか?
ですが、我が従妹殿にとっては、面白くないでしょうね。
帰宅したのち、散々罵られました。
殿下に色目を使っただの、直々に招待いただいて図に乗るななど。わたくしにとっては可愛いものでしたけど。
本当に招待状が送られてくるとしたら、一つ問題があります。
王家や貴族の催し物に参加することがなかったので、衣装がありません。
叔父に相談したところ、母が残していったものがあるだろうと言われました。
探せば確かにあったのですが、なにせ一昔前のものです。
流行遅れすぎてどうしようにも。
嘆いていても仕方ないので、自分で修繕はしてみましたけど、貴族の方々になんと言われるか。
叔父も義叔母も、貴族の見栄を気にするのであれば、こういうところだと思うのです。
しかも、王太子殿下が直々に招待くださったのです。王家に対して不敬だという考えにいたらないのもどうかと思います。
そういえば、何が目的の催事なんでしょうか?
聞くのを忘れていました。
結局、催事の目的がわからないまま、当日になってしまいました。
噂によると、国賓級のお客様がいらっしゃるからということでしたが。
「やだ、そんな古臭いので行くつもり?」
「えぇ。お母様のものが残っていたので」
「会場についたら、近寄らないでよ」
知り合いだと思われたくないと言っていますが、学舎の者たちも大勢参加するようなので無理ですね。
誰かが、あの方はどこのどなた?と聞けば、すぐにわかってしまうでしょう。
ですが、わたくしも目立ちたくはないので、今日は壁の花に徹するつもりです。
お誘いくださった殿下には申し訳ないですが。
会場は煌びやかに飾られていて、用意されている食事も見た目に美しく、とても美味しそうなものばかり。
王家の方々がご入場されると、会場にいるすべての者が礼を取ります。
「今夜は集まってくれたことに感謝する。皆に紹介したい方がおられるので、面を上げよ」
許しが出たので、用意された玉座にいるであろう王を見上げます。
国王陛下と王妃殿下、王太子殿下と妹君の王女殿下。
王家の方々の隣には、見目麗しい殿方たちがいらっしゃいました。
そのうちのお一人を見たときにわかったのです。
あちらはまだ気づいていないようですが、わたくしは目が離せません。
父が言っていた通りでした。
見ればすぐにわかると。
国王陛下が何が仰っていますが、意味のある言葉として認識されません。
ただ、見ているしかできないのですから。
国賓の方々に群がるご令嬢たち。
夜会とは優雅なものだと聞き及んでいたのですが、目の前にあるのは我先にと餌に群がる獣のよう。
これでは、近づきたくとも近づけませんね。
壁の花をしていると、王太子殿下が目敏く見つけてこちらにやってきます。
「こんなところで突っ立っていないで、少しは動け」
「いえ、こちらから話しかけても失礼ですし」
どの人が貴族で、どの人が貴族でないかなんて、外見だけでは判断できません。
うっかり声をかけようものなら、無礼者と怒られることになるでしょう。
失念していましたが、あの方たちはどちらのお国の方なのでしょう?
「それもそうか。豪商たちはあちらに固まっている。来い」
勝手に話が進み、こちらが断る隙も与えてもらえません。
王太子だから、断られるわけないという自信からくるものでしょうか?
さすがに無礼になるようなことはしませんが、少しはこちらの話も聞いていただきたいものです。
「そういえば、従妹、シェイラはどうされました?」
ふと思ったことを口に出してしまいました。
従妹のことだから殿下に張りついていると思ったのですが、姿が見えません。
従妹のことよりもあの方のことを伺うべきでしたのに……。
「あぁ。あの女ならあそこに加わっている」
「……従妹が大変失礼をいたしました」
婚約者候補に上がっておきながら、他の男性に擦り寄るとは……。立場を理解していない証拠ですね。
殿下の口振りからしても、従妹はすでに『ない』と判断されたようです。
他の候補者である侯爵家のご令嬢たちは、既婚のご夫人たちとおしゃべりをしております。
本日の夜会では、家族といるか女性同士が正しい判断です。
独身のご令嬢たちが客人に群がっているので、独身の男性同士が固まり、伴侶がいる方は側にと、はっきりと分かれてしまっていますから。
殿下の視線の先に集まっている男性たちが豪商の方々なのでしょう。
殿下が彼らに話しかけようとしたとき。
突然、誰かに腕を掴まれました。
「きゃぁ……」
驚いて声が出てしまい、慌てて振り返るとあの方がいらっしゃったのです。
初めて目が合うと、確信に変わりました。
この方だと。
「失礼。名を聞かせてもらえないか?」
「あ……」
驚いて、緊張して、見惚れて。忙しすぎて声がでませんでした。
遠目からでも麗しい方だと思いましたのに、近くで見ると精悍な顔つきです。何か武術でもなされているのか、しなやかでたくましいと感じます。
まるで日が昇る前の空に似た、濃い紫の瞳は魅力的すぎて……。
「竜の御仁、こちらの者が何か失礼でも?」
殿下が気づいて間に入ってくださいましたが、今、竜の御仁と仰いましたか?
「何、見つけただけのことだ。我が番をな」
あぁ、なんと言うことでしょう!
まさか、竜族の方だったなんて。