11話
母が大叔父の名を口にすると、殿下はわかったと頷いてくれました。
エイデン家のことを調べたのなら、大叔父のことを知っていてもおかしくはありません。これで、問題は解決かと胸を撫で下ろしたのですが、そうはいきませんでした。
「弟に会わせていただくことはできますか?」
祖父母が亡くなった今、母にとっては唯一の肉親です。
こんなことになったとはいえ、最後に会いたいという願いを否とは言えません。番様と父は、明らかに不快だと顔に出ておりますが。
お二人が止めなかったので、殿下は母の願いを聞き入れてくださいました。
近衛騎士に両脇を固められて連れてこられた叔父は、たった数日で酷くやつれていました。
手を拘束されていてるのは、暴れたりしないようにでしょうか?
母の前に跪くよう押された叔父を母は見下ろしながら問います。
「ねぇ、お父様はわたしの娘をどう扱えと言ったのかしら?お父様のことだから、淑女として接するようにと言ったのではなくて?娘の言動を見ても、ちゃんと教育を施してくれたことがわかるもの。それをお前は!」
「その娘を放置していた姉上には言われたくない!姉上に私の気持ちはわからないだろう!父上に目をかけてもらっていた姉上にはっ!」
母は思い切り叔父の頬を叩きました。
平手打ちとは思えない音がし、叔父の身体が飛んだのです。
竜族の番になれば、身体能力も多少上がると言われていますが、これほどとは思いませんでした。
近衛騎士に抱えられ、母の前に戻された叔父の顔は血で汚れています。
「お父様はお前に言ったわよね?エイデンを継ぐのはお前だと。自分にできないことがあるなら、それを補ってくれる部下を見つけるか育てるかしなさいって。それなのに、楽な方へ楽な方へと逃げたのは誰?お前だってわたしの気持ちはわからないでしょう?」
「逃げてはない!」
叔父の言葉を無視して、母は話しを続けます。
「お父様はお前の代でエイデン家が傾くとわかっていたの。だから、財力のある高位貴族に嫁げと、お前の尻拭いをしてくれと父親に頭を下げられたわたしの気持ちなんてわからないでしょう?貴族の娘は家のための駒とはいえ、なぜわたしがお前のためにいらない苦労をしなくてはならないの?」
母が言うには、叔父は勉強から逃げて街で遊んだり、男友達と狩りは……いいとして、賭博や娼館遊びもしていたようです。
叔父が遊び回っている間、母は高位貴族へ嫁げるように作法などの勉強を増やし、お茶会や夜会に積極的に出席して人脈を広げ、情報を集めていたとか。
空いた時間には、最悪の場合を考えた祖父から領地経営を学ばされていたため、自由な時間はほとんどなかったと訴える母。
「番様から見初められて、ようやく解放されると思ったわ」
よほど、叔父に対して鬱憤が溜まっていたのでしょう。
それにしても、母がしっかりした娘だからって、祖父は母に押しつけすぎではないですか?
そんなに早く叔父を見限っていたのなら、大叔父の子を養子するなど、打つ手はあったと思うのです。
それとも、やはり親として息子を見捨てることができなかったのかしら?
今では祖父に確かめることはできませんが。
「番様はね、我が家に何かあれば支援すると約束くださったのよ。それなのに、竜の国の文字が読めない?養育費もかなりの額を毎年送っていたのに、血の繋がった姪を蔑ろにする?お前は畜生にも劣る人間よ!」
母は言いたいことを言い切ってすっきりしたのか、どこか晴れやかな表情です。
でも叔父は、私のせいじゃないと泣きながらぶつぶつ言っていますが、何がいけなかったのかを理解することはないのかもしれません。
祖父の最大の失敗は、叔父に貴族の資質がないことを認め、別の道を示してやらなかったことではないでしょうか?
領主ではなく、地方の文官とかなら叔父は幸せになれた可能性はあったと思います。
「我が番の母君は……逞しい方だな」
「怒らせてはならない人なのは確かです」
今後、母を怒らせるようなことはするまいと決心していると、番様も苦笑されていました。
番様も母を敵に回してはいけない人物だと認識したのかもしれませんね。
翌日には、叔父一家に正式な沙汰が伝えられました。
叔父は貴族籍剥奪の上、エイデン領での労役を十年。その後は死ぬまで、エイデン家の監視下に置かれるそうです。
義叔母と従妹は貴族籍を除籍、五年間は教会の預かりとなりました。
平民になるので、離縁は可能だそうです。義叔母と従妹は叔父と違い除籍なので、五年が過ぎれば貴族に戻ることもできるようですが、義叔母の生家が受け入れるかはわかりません。
教会での生活も楽ではないでしょう。厳しい規則の中、身の回りのことは自分でやらなければなりませんし、教会や教会がある地区への奉仕活動もあります。
貴族らしい女性であるお二人が耐えられるとは思えないので、どうなることでしょう。
そして、伯爵位の引き継ぎのために登城された大叔父と嫡男にも会うことができました。
やけに早いと思ったら、母がこちらに来ると決まったときに登城するよう使いが出されていたそうです。
母を見るやいなや、大叔父は涙を流し、もう会えないと思っていたと両手でしっかりと母の手を握りしめました。
「わたしと弟の後始末を押しつけてしまうことになり、申し訳ございません」
「なに、兄へ恩返しができると思えば、このくらいなんともないさ」
大叔父は、祖父に似た笑顔でそう言ってくれました。
そして、わたくしたちが殿下から説明を受けている間に大叔父は国王陛下と謁見をし、正式にエイデン家の爵位を賜ったそうです。
「エイデン家は降格され、男爵位となった」
しかし、降格が決まった爵位をいただくということは不名誉です。
本来なら、たくさんの貴族がいる場所で大々的に発表されるものですが、竜族にも関わると内々ですませてくれたのだと思います。
大叔父が持つ男爵位はそのままでよいとのことなので、大叔父は今まで通りその男爵位を名乗り、エイデンの名は嫡男が引き継ぐことに決まりました。
降格に伴い、領地も縮小されたようですが、取り上げられた領地は王家の直轄となり、殿下が管理してくださるとか。
また、功績が認められ陞爵できれば領地を返すと仰ってくれたらしく、殿下のお心遣いには本当に頭が下がります。この方が国王となられるなら、この国も安泰でしょう。
「それから、エレノアを守ってやれなくてすまなかった」
なんでも大叔父の孫娘が学舎に通っており、わたくしのよくない噂と報告を受けて、わたくしを引き取りたいと叔父に申し出てくれたそうです。
貴族社会から離れ、田舎でのんびり暮らした方がわたくしのためになるだろうと。
叔父は、しょせん一代貴族、そう遠くない将来、爵位も領地も返さざるをえないのだから他人の心配をしている場合ではないだろうと言われたのですって。
あまりしつこくすると、わたくしの扱いがさらに悪くなるかもしれないと思い、そのときは引くしかなかったと聞いて、わたくしと母は大叔父に申し訳ないと謝りました。
なんというか、叔父のひねくれ具合が小物感あふれていて悲しくなります。
「エイデンのことは心配しなくていい。お前たちが幸せでいてくれれば、兄も私も嬉しいのだから」
そして別れ際に、大叔父はあるお願いをわたくしたちにしたのです。
「兄上と義姉上の墓参りに行ってくれないだろうか?」
歴代の当主とその妻を弔うための霊廟は、領地の中でも穏やかな地域の見晴らしのよい丘の上にあり、祖父母もそこで眠っております。
祖父の死後、領地へは連れていってもらえなかったので、わたくしもこの国を出る前に祖父母へ挨拶をしたいと思っていました。
「もちろんです。この子の顔も見せてあげたいですし」
母の腕の中で眠る弟を愛おしそうに見つめます。
弟を見たら、祖父母も喜んでくれるでしょう。