第1章-8 責任者について
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シーナへの報告、連絡、相談。
ここまでやれば、俺のいつもの仕事は終了。
「被害者の経過は順調。
顔役に話は通した。
仕事に穴が空かないように、代わりの人出も補充済み。
当座の生活の工面は、白髪鬼を通して依頼済み。
近所へは、教会からの配慮だときちんと匂わせてある。
あと気になるとこあるか?」
「ありがとうアル。
ご苦労様でした。
貴方はよく気が利きくので本当に助かっているわ」
「まぁ、飼い主の務めだからな」
「あの娘、セーラのことだけではないのだけれどね……
えっと、そうね。
貴方の場合は1つだけ贅沢を言わせてもらうとね。
もう少し言葉の使い方に配慮があると素晴らしいわね。
あとローデンは繊細な子なの。
だからオーガー呼ばわりはやめてあげてね」
「すげぇ。
オーガー呼びで誰かわかんのかよ?
伊達に歳食ってねぇなシーナ。
しかも、あの極道あいてに繊細な子呼ばわりとか(笑)
つーか、言葉遣いだぁ?
何言ってんだか。
そいつは今更だろうが。
ここは掃き溜めだぜ?
お上品に、ごめんあそばせ?
とでも言えってのか?
はっ、バカバカしい。
だいたいここじゃナメられたら終わなんだよ。
ンなヌルい事言ってんなよな」
「言葉遣いのことではありませんよ。
そこには一切、期待していませんよ。
ええ。
傷付いた人の気持ちに寄り添うことのできる優しい貴方が、ですよ。
相手への敬意を伝える言葉をきちんと選択できるのならば、ね。
きっと今以上に人々の賛同を得られます。
そうすることで、貴方はより素晴らしい成長を遂げることが出来るでしょう。
と、まぁね。
つまりはそういうことです」
「一切とか……シーナきっつ……ちっ、柄じゃねぇよ、そんなの」
「そうですか……残念ですが、今はまだそれでいいでしょう。
そうね。
アルはまだ12歳になったばかりだったものね。
貴方がしっかりし過ぎていて、つい忘れてしまっていたわ。
駄目ね……貴方に頼り過ぎていたものね。
ゴメンなさい……」
「あーのーなーっ!!!
アンタが謝るなよ!
アンタは悪くない。
何も、一切悪かぁないんだ。
だから謝るなよ!
俺なんかにあたま下げんな!
アンタのおかげで俺らはここで生きてけるんだぞ!
もっとデカイ態度でふんぞり返ってろよ。
無い胸張ってさ。
アンタは今でも十分すぎるほど良くやってるじゃねーかっ!」
「ふふっ。
ありがとう。
優しいアル。また
気を遣わせてしまったわね。
でもね、私も意外とまだあるのよ。
知らなかった?
そうよね。
あなた、最近では恥ずかしがってしまって…
してくれなかったものね、ハグ。
さ、おいでなさい。
セーラだけじゃなく、シーナ母さんにもハグして?」
「ちっ……ババァ、母さんって歳かよ?
いいぜ、ホラ来いよ。
仕方ねぇからハグしてやるよ」
「はいっ。ぎゅーっ。
……うん、本当大きくなったわねアル。
これなら将来、この教会もきっと大丈夫ね!」
「……ちっ。
……大丈夫じゃねぇよ。
ちっとも大丈夫じゃねぇ!
シーナがいなきゃ、ここはぜんっ……っぜん大丈夫じゃねぇっ!!
忘れんなよなっ!!」
「そうね……。
わかったわ」
シーナ、アンタがいなきゃ。
アンタじゃなきゃ意味が無いんだ。
セーラだけじゃ駄目だ。
俺だけなんてもっと駄目っ、論外。
クソっ!シーナはもっとデカかっただろ?!
いつの間にこんなちっちゃくなってたんだ?
ちゃんとメシくってんのか?!
それとも俺がデカくなっただけか?
シーナの茶色がかった髪は、幾分白くなってきていたし。
ガキの時分には俺よりも随分と大きく見えていたはずなのに。
気が付けば、俺の背丈はもうシーナに追いついていた。
早く大人になりたいと、いつも願っていた。
大人になり、身体もデカくなりゃ、守ってやれる。
俺の大切なものを全て守れるようになる!
今よりもずっと金だって稼げる。
理不尽な暴力にだって負けない。
大切なものを傷付ける、全ての奴らを俺がやっつけてやる。
そんな大人になりたいと。
そうなるんだと。
只々それだけを願っていたんだ。
なのに俺は……
こんなにも小さい。
こんなにも非力だ。
こんなにも頼りない、ただの小さな子供だ。
母に胸に抱かれて、心から安心している。
シワクチャな手。
ひびだらけの、あかぎれだらけの、ガサガサさした手。
この手で俺達を守ってくれてるんだ。
この手に守られて育ってこれたんだ。
孤児達の命を守り育ててきた、責任者の誇り高い手だ。
今はまだ、その優しさに包まれていたい。
目から汗が垂れちまったから。
ちょっと顔をあげられそうにないから。
だからシーナの胸で拭かせてもらわないとな。
うーん……意外とあるよな?
良かった、ちゃんとメシ食ってたんだな。
あれ、あんま気にしたことなかったけど。
こうして間近で見ると、シーナって若い頃結構美人だったんじゃないかって思うよな?
シーナの笑顔には、俺たちが嫌う汚らしいオトナの匂いというものがない。
彼女の笑顔は透明だ。
シーナのやつは、俺たちと一緒に子供みたいにあけすけに笑うしな。
まぁだいたいはいつも笑顔なんだけどな。
ああ、そうか。
だから近所の爺い共がやたら来てたのか?!
目当てはセーラだけじゃなかったんだな!
すげぇな場末の教会、会いにいけるシスター、最高じゃん!