58 不穏な気配
現場にかけつけ人ごみに潜む俺達、良いタイミングだった。
タルボット商会の店の一つ、店主と若い娘と共にそこに屯す浅葱色という極薄い藍色の羽織った隊士達。
間違いようがなく神聖組の正式隊員装備である。
話は逸れるがこの羽織の染料を探すのにも苦労したのだ。
この色は故事にならい碧血丹心を表す、つまりはこの上ない忠誠心の事だ。
ならず者集団をまとめるのに最適だろうと判断してのことだ。
……ごめん、ただの俺の趣味だわ……
さて、武具を取り扱うこの商会の店先には一中隊が屯していた。
神聖組小隊は小隊長と平隊士3名の計4人で構成される。
中隊は4小隊で16名、大隊が4中隊で64名である。
現在、大隊は1番隊から4番隊まであり、4大隊256名で編成されている。
ちなみに、それぞれの隊に街を管轄させてあり、1番隊南区方面、2番隊東区方面、3番隊西区方面、4番隊北区方面の担当だ。
隊を統率する中隊長は店先で主人と話し込んでいる。
若い娘が黄色い声をあげて、中隊長の腕を軽く叩く。
店の親父は、全力営業スマイルのもみ手で娘をアッピールしているようだ。
あの中隊長”ムラノ”も満更でもない顔だ。
いや、あれは大分鼻の下が伸びているではないか?
それになんだ、あの娘、ぷじゃけんな、随分とけしからんおっぱいをしているではにゃいかっ?!!!
娘が笑う度に、身体を揺らすものだから、たわわなふくらみもゆれるゆれる?!
なんだよっ!
絶対ワザとだよ!
あざと過ぎるだろ?!
おいっ、責任者でてこい!
ウラヤマけしからんぞコレっ!
「ね?」
「ああ、これ由々しき事態だ……」
「そうでしょ、そうでしょうとも!」
「あんなの……G……グレートじゃきかないぜ……」
「ん?」
「あんなのっ……
H……ヘブンリー……いや!
I、インターナショナルクラスじゃないかよっ……
くっ、クッソ羨まけしからんっ!」
「副長もオトコノコだねー。
それ、局長の前ではやめといた方がいいよ?」
「あ?
うるせぇぞ、つかなんだ?
あらぁ、タルボットの手下の商人の一人だな」
「そだねー」
「あいつら仕事無くなっちまって、他の商会に仕事貰いに頭下げて回ってたんじゃねぇか?
なんで、神聖組にすり寄ってきてんだよ?
中隊長クラスと縁戚になったって、アイツらに大した旨味なんかないぜ?」
確かに隊士の給金は高い。
だがそれも、荒事ばかりの命を張る前提の仕事だからだ。
そして給金が高いと言っても、口入れ屋などで集める労働者に比べればといったところだ。
それが割りに合うかと問われれば、多少の目端のきく者ならば頷く奴の方が少ないだろう。
この街は商売を始めるには参入リスクが低いし、商人組合の締め付けも緩い。
貧しい者でも挑戦する気概さえあれば這い上がれるよう、俺がそう仕組んだからな。
少ない資産でも己の才覚一つと、死ぬ気で奮起すれば一端の商人になれる環境がある。
それでもなお、身体を張った仕事を選ぶんだ。
だから隊士達はたいてい脳筋か、他に取り柄がない奴らばかりだ。
神聖組の目的は街の治安を守るためだけでなく、そんな行き場の無い、ならず者達を救いあげるセーフティネットのつもりだった。
落ち目のタルボット商会関係者にとって、隊士達との繋がりは得になるようなものではない。
番犬程度と差がない、むしろ野良犬の方が余程お行儀が良いぐらいだ。
用心棒を雇う費用を浮かすにしても、割りに合わなさすぎる。
ならば、なぜ神聖組隊士に娘をあてがうのか?
キリアの報告にはここしばらく、数件そんな話しがあった。
神聖組立ち上げ後は、タルボット商会に限らず、多数の商会関係者と隊士達との縁組があった。
商会から隊士への多額の金銭の貸し付けなどもあり、一度は疑いもしたが、縁戚同士の相互扶助の一貫でもあるともいえたので放置したのだ。
にも関わらず、キリアは同じような報告を上げてきていた。
いい加減、俺の欲目だったのかとキリアへの評価を考え直すべきかと思っていたところだった。
「あの娘はスラム出身なんだ」
「あん?
どうゆーこった?」
「あの商家の養女なの。
遠縁でもなんでもなく、全くの赤の他人。
そんで、つい最近まで売春宿の落ち目の嬢だった。
売れっ子だったせいか、過去の栄光が忘れられなかったのか、年季も明けたのに良い太客の妾にもなれなかった」
「おいおいおい、たかだか中隊長程度と縁戚になる為にそこまで仕込む理由がないだろ?」
「最近の隊士と商会出身のお嬢様達の縁組は、全部この手の工作だった。
あっちもなりふり構ってらんないのかもねー」
「ちっ……
そこまでだったか。
ジョン・タルボットを追い込んでたのはわかってたが、そこまで頭が回るなんて思ってなかったからな。
……いや、これは俺のミスだな。
責任をとる立場ならば、己の失態は認めないとな。
キリア、俺は出遅れたか?」
「うんにゃ。
まだ、取り込まれてるのは中隊長8人だけだよ」
「おいっ!
大隊二つ分だとっ?!
ほぼ半分持ってかれてんじゃねーかっ?!」
「大丈夫、大丈夫。
平隊士なんて、いくらでも変わりはいるから。
なんとでもなるよ」
「バッカ!
変わりがいるとか、いないとかそーゆー問題じゃねーっ!
睡眠時間を削って、クソ訓練だの、教育だのやらされる俺の労力だよ!
せっかく中隊程度をまとめられる人材育成したのに、また一からだとっ!
くそふざけんな!」
「あー、だね?
そーゆーのできる人いないもんねー。
うん、ドンマイ!」
「他人事みたいにゆってんじゃねーぞコラっ!
次はおまえがやるんだよ!」
「えー!
流石に横暴だよ!?
ボクがそーゆーのに向かないの一番わかってるじゃん!」
「あー、成せばなる!
何事もな……」
「ちょっとアル!
何目そらしてんの?
ちゃんとボクの目をみて言いなよ!」
「うるせえっ!
副長命令だよ、つか仕事中は名前で呼ぶな!」
次から次に問題が転がり込んできやがるぜ。
いつになったら俺の悠々自適のスローライフは始まるんだい?
ああ、クソったれの神様よ、なんとかしやがれやっ!




