第1章-5 朝食について
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孤児院の朝は早い、日が昇る前に皆が動き出す。
内陸部の新興都市である、ここ『ブリングハム』に河川はない。
街の各広場へ公共の泉が設置されており、この泉へ水源地から水を引いてきていた。
孤児達の仕事の始まりは、水を運ぶことからだ。
「リア、あまり無理するなよ。
足りない分は俺が運ぶからな」
「大丈夫。
私結構力持ちなんだよ、お兄ちゃん」
リアは同世代の子供たちよりも体が小さい。
こんな小さな体じゃ水瓶1つ抱えるも一苦労だろうに、とっても頑張り屋さんなんだよ。
ああ可愛い。
爺婆共がやたらめったら土産を持ってくるからな、血色も良く他の子に比べれば栄養状態も良好なはずだが……心配だよな。
今日も俺の天使は、小さな体で頑張って水瓶を運んでいる。
うんしょって小さな掛け声がきこえる。
ああ、この愛くるしい小動物はなんだ?
マイエンジェル、まぢ可愛い。
最近のリアは大人ぶりたいお年頃のせいか、人前だと俺をアルと名前で呼ぶようになった。
元世界でいえば、まだ小学校低学年だぞ。
もっと甘えてくれればいいのに、つうか甘えさせてやれないこの現実が悪いのか……
貧乏がニクいっ!ってハンカチ噛み締めたくなるな。
いつまでも「お兄ちゃん大好きっ!」って甘えて欲しかったな。
まぁ二人だけのときはお兄ちゃん呼びだしな、ギリ許せるかな。
「いいか、リア。世の兄貴共はな。
お兄ちゃんって呼んで貰って初めてだなぁ。
選ばれし真のお兄ちゃんにジョブチェンジするんだ。
だから恥ずかしがらずにもっと、お兄ちゃん!と呼ぶんだぞ」
「何言ってるのかよくわかんないけど、わかったよ。
うん、お兄ちゃん!」
リアと連れ立って、水瓶を頭に乗せて孤児院まで往復する。
水を運べば、次は炊き出しだ。
孤児院の子供たちは50人ほど。
さらには教会近辺の住まいの者達も集まっている。
大鍋は4つ程使用するが、1度の炊き出しではとても賄えない。
教会近辺はスラムでも最底辺区域、炊事ができる設備のある家などない。
全てこのスラムの教会支部で住人達の生活を支えている。
まき割り、火おこし、調理、配膳、後片付けと孤児達の仕事は多い。
シスター2人だけでは、とてもじゃないが手が足りやしないのだ。
近所の餓鬼共も集まってくる。
こいつらに仕事を割り振るのがまた大変なのだ。
セーラはバカだからな。
頭使う仕事と人を使う仕事はまず無理だ。
仮にも親代わりの女に、酷い言い様だが仕方がない。
なんせシーナに後始末を任されるのは、いつも俺なんだ。
放っておくと大変なことになる。
バカには首輪をしっかりつけておかなければならない。
手遅れになって後悔したって後の祭りだ。
こいつは飼い主の義務だぜ。
教会の暫定最高責任者であるシーナから、餓鬼共への指示は俺に一任されていた。
それだけまともに使える奴らが残っていないんだ、この掃き溜めじゃあな。
セーラにゃまず無理だ。
愛想はいいが、頭お花畑だからな。
シーナはその辺よくわかってる。
流石にシーナは年の功と言うべきか、もちろんその辺を顔に出しゃあしねぇが。
随分と苦労してきたんじゃねえかなと、ひしひしと感じる。
いやセーラだって悪い奴じゃないんだぜ?
すこぶるお人好しだしな。
ただ思い込みが激しい、そして軽率だ。
事にあたるに、まず行動する、考えたりしない、そんな無駄なことはしない。
ヤツも自分の足りない頭で考える無意味さを、よーく理解している。
その点だけならば立派な賢者だよ。
だがそれ故に、考えもしないで何事も勢いに任せるタイプだ。
……あとは……その場の気分?
雰囲気?
フィーリングってやつな。
いい歳こいて、物事をその場の気分で決める奴とかどうよ?オイ。
ま、内容にもよるがね。
世間的には大事なんだけど、ヤツには全然大事じゃないんだ、気分が良ければ毎日エブリデイだってよ。
な?
付き合いきれないだろ?
「きゃあ!誰かーっ!!
おじさんが、倒れたのっ!!
ちょっとっ!このジャガイモ切ったの誰よっ!」
大鍋の一つをかこっている集団から声があがる。
「あれ?
さっきまでセーラさまが調理場入ってたんじゃなかった?」
耳を疑った、認めたくないこの現実。
セーラは調理場への出入りを禁止されている。
以前腐ったジャガイモを使ったせいで、食中毒を起こした前科があるからだ。
ひじょーにマズイ展開だった。
貧民街の住民にゆとりなどない。
働けないものに明日は来ない。
体調を崩せば即、奈落の底へ真っ逆さま。
どうやら最近手綱をゆるめすぎたようだった。
「おいセーラ!
勝手に調理場入ってんじゃねーぞボケッー!
どこだコラッー!
とっとと出てこいやーっ!!」
「やーん。
アルちゃん、怒っちゃいやぁーん♪」
「ババァが"やーん♪"なんてぶってんじゃねーぞコラーっ!!
テメェが手入れた鍋全部さっさと捨てっしまえっ!!」
はぁー……。
仕方ねぇ……飼い主の責務を果たしに行かなきゃな……