第4章-6 一所懸命
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いきなりだが、オレは馬車が嫌いである。
四半刻も乗っていれば、荷室内を地獄の惨状に変えてしまう自信がある。
それはもう、きっと地獄のような素敵な匂いで、皆がつられてマーライオンになってしまうこと請け合いだ。
ちなみにこのマーライオン、海外貿易の流行りものの一つで、最近ブリングハムの婦女子達にバカ受けなのである。
キモ可愛いと評判のこのキャラクター、オレも木彫りの土産物でも作って当てて、ヘソクリ出来るぐらいには稼ぎたいと一考しているところである。
話が逸れたな。
オレは痔が酷い。
これが馬車が嫌いな理由だ。
若い時から書類仕事に忙殺され、長い間椅子と机がお友達だったことや、ロマルフのせいで仕事中毒にならざるを得なかったせいである。
奴のせいで胃に穴が空くわ、ストレスで暴食するわで身体に良いことは一つもなかった。
お陰様でここ数年で非常識なまでに太るわ、頭は薄くなるわとロクなもんじゃなかった。
無理難題に直面し、ストレス発散しようにも寝る暇さえないのである。
書類と格闘する傍ら、口寂しくなるのは仕方ないだろう?
ちなみに酒が飲めず、偏食家のオレが口にするのはもっぱら、ほのかに甘いサツマイモであった。
甘いの大好き、唯一の心の安らぎ、これぞ命の洗濯だよ。
オレはいつも立派な安楽椅子で伸びているだけだろうと、皆に思われているだろうが実際はもっと酷いものである。
仕事が多すぎて、机から離れられないのが一つ。
もう一つは太り過ぎたせいもあって、立っているだけでイボ痔が断末魔の悲鳴を上げさせるのである。
お尻の肉でイボが圧迫され潰れるからな!
いいか?
大の男が本気でガチ泣きするんだぞ?
あの椅子は輪っか状のクッションを敷いてあるので、座っている時はイボ痔が圧迫されないで済むのである。
それに、ただ椅子に伸びているわけではない。
体重がお尻に集中しないように、必死で背もたれによりかかることでお尻への圧迫を避けているのである。
こんな涙ぐましい努力の結果なのだよ。
いちいち、ふんっと気合を入れているのは、痛みが走る度に叫び出してしまわないようにする為なのである。
そんな俺が、大嫌いな馬車に乗ってきた理由。
それは、ようやく開拓がひと段落した新しい荘園。
これをアルに見せるためなのだった。
さすがはセーラさんの縁者というべきか、アルの仕事の成果はなかなかのものだった。
ここまで気の利いた部下は、今のところオレの手元にはいない。
まず褒めるべきは、報告ができる。
何をいってるんだと思ったか?
知っているか?
大抵の奴らは情報の軽重を理解できない。
それが上司に報告すべき内容かどうかを判断できないのだよ。
他の奴らを見てみろ。
どーでもいいことをダラっダラと詳細に報告してきたかと思えば、大事なことだけは抜けている。
理由を問うてみれば、『必要ないと思いました!』だとさ、はっ!
迅速かつ適切な報告、自分の分をわきまえ必要な時に上司の判断を仰ぐことができる。
この2点が過不足なくできるというだけで、オレはアルを信頼することができた。
しょせん、ロマルフのせいでこの火薬庫はオレが管理していく必要があるのだ。
使えるものなら何だって使ってやるさ、はっ!
「覚悟が足りない、か……」
あの小僧め、なかなか手厳しいことを言ってくれるな。
オレが望んでいたこと、それはいつだって彼女の笑顔だけだったように思う。
決してオレの手には届かない虹のようなもの。
そして、それは手に取ろうと近づいていけば、儚く消えてしまうもの。
だが、果たして本当にそうか?
オレは都合の良い思い出に逃げてはいなかったか?
オレには手に入らないものと決めつけ、これ以上傷つくことから逃げていただけではないのか?
「ははははは、ハーッハッハッハッハッハぁー!」
なんと弱々しい、女々しい、みじめったらしぃ己よ!
そうだな、あの小僧の言うように覚悟が足りていなかったのだな!
彼女の望む人々の幸せとやらの為に、オレができることをだとさ、はっ!
恵まれないスラムの人々の生活の支援を、だと?
聖職者とは名ばかりの俗物風情が何を勘違いしていた?!
しょせんは貧乏子爵の三男だぞ?
今更何を失うものがある?
家を継ぐ必要もなければ、不義理をして困る程の縁戚がいるわけでもない。
好きにやればいいじゃないか?
ロマルフをみてみろ?
アイツはいつだって誰の言うことも聞かず、我が道を往くを通してきたじゃないか?
奴にできてオレにできない理由があるか?
臆病なオレが己を信じてこれなかっただけじゃないか!
なら、手に入れて見せろよ。
惚れた女を。
振り向かせてみせろよ。
漢なら。
もう、あの頃のオレじゃあないはずだ。
覆いかぶさってくる影に怯えながら、痛みをこらえて眠れぬ夜をやり過ごしていただけの子供じゃあない。
それに、涙等とうに枯れた果ててしまったはずだ。
俗物のオレは、欲しいものを手にする為に全てを投げうって勝負に出る。
ここがオレの命の懸け所だ。
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