第4章-4 珠か礫か
44
己の才覚を自覚したのはいつだったか。
ロマルフ・バーナードに拾い上げられてからだろうか。
ロマルフとはオレの八つ年上の先輩聖職者であり、オレをこの腐った魑魅魍魎共の権力闘争の巣窟に放り込んだ張本人だ。
いまでも愛憎半ばするところだが、オレを救い上げてくれた恩師であることは間違いない。
奴は泥の中から人形を作り上げるようにして、オレを人がましい何者かに仕立て上げ、さらには己の有能な駒として教育し成長させてくれた。
やり方には、色々と異議を唱えたいところだが……
ともかく、奴は蠱毒の中に放り込むようなやり方でオレという駒を作り上げた。
オレ以外にもそんな輩がいるとしたら、どれだけの数がモノになったのか知りたいところではある。
いや……知ってしまえばさらに気が滅入るだけだな……
一体どれだけの有象無象が、珠であるか、瓦礫であるかを試されてきたのやら?
オレが珠である確証など、どこにもない。
もうそう若くもないのだ、自惚れている余裕はない。
やれやれ、これからも己を磨き続けねばならぬのだろうな。
そして今、オレの執務室に陳情に来たこの男、ブリングハム建設の立役者ハウエル商会頭取は、ロマルフの従兄弟に当たる。
幸運にも奴とは似ても似付かず、大変温厚な性格をしている。
が、抜け目の無さはこの一族特有のものなのか、有能であることは疑い様がなかった。
なんせハウエルは商人として一流である。
そして彼の商会の資金のおかげで、この度ロマルフは史上最年少にして枢機卿を拝命することになっていたのだから。
「司祭様!
聖女様の噂は本当なのでしょうかっ?!
わ、私の、むっ、娘は今も病状がっ。
う、うわあああぁぁぁ!
おっおぅえっ、つつああああぁ!」
「いや、いや、いや、まずは落ち着かれよ。
バーナード殿、心配ご無用だ。
な、大丈夫だ、全て大丈夫だ。
私に任せておきなさい」
「う、うえっ。
ご、ゴボっううっぷおうえあ!
お……おぅえっげへええっおおおぉぉぉ!」
「はぁ……」
この男、仕事においては非常に冷静で的確な判断ができるし、さらには必要とあらば冷徹な判断も降せるはずなのだか……
身内にはついては駄目ダメだな。
この子煩悩、もはやビョーキだ。
リアの奴、ついでにこいつの病も治してはくれまいか?
「大変お見苦しい所を……
コッドナー様、申し訳ございません」
「お、おう……」
そして、この変わり様よ。
仕事モードに入ったハウエルは実に頼もしい。
「タルボット氏から早急に街の出入りに関税をかけるよう、陳情が上がっています」
「ふん、奴らの本業が振るわない以上、当然の動きだな」
「はい。
ですが、これは見過ごせません。
流通させる荷すら持たない、彼の商会ならばともかくですがね。
我らの仕事は、人、商品、金を廻してナンボですからな。
こんなバカげた税制を導入されては、足枷としては我らにとっては重過ぎます。
万歩譲ったとしてですが、もしこの税制が執行され、上がってきた税の使い道を決めるとするならば、どれだけの労力と交渉と根回しが必要になるのか?
考えるだけで胃に穴が空きそうですね。
生半可な苦労ではないですよ、考えたくもない」
「しかし、断るにしても角が立たない方便が必要だな」
「はい、私に一案が」
「是非、ご教授頂きたいですな。
なんせ、近いうちにジョンのバカとは会食をせねばならないものでね!
ふんっ!」
「それは、お気の毒ですね。
では、私の存念を申し上げます。
教会荘園の農産物を全てタルボット氏に卸してはいかがでしょうか?
彼の商会がまともに荷の運搬を行えるとは思えません。
彼にこの街に教会の農産物を卸させれば、中間マージンは全てジョン殿の懐に収まります」
「それは大変ありがたい申し出ですな!
と、いうことは。
既にハウエル殿は組合のうるさ方を黙らせておく準備がととのっているという訳ですな!
では、よしなに」
「は!」
相変わらず話しが早くて助かることだよ。
信頼というのはこういうことだ。
ああ、許されるならば言葉の通じる相手とだけ付き合っていきたいものだ。
さて、こちらの思惑通り組合はハウエルが抑えてくれる。
そして、後はジョンがこの賄賂を受け取りさえすれば一件落着だ。
そう、これで小麦の一大生産地であるタルボット辺境伯領からの食料輸入に歯止めがかかる。
辺境伯の財政はまたしても悪化、しかし素晴らしいことに弟君の懐だけは暖かい。
ブリングハムからの賄賂でね。
さて麗しい兄弟愛がいかほどのものか、ご教授頂こうではないか?
まずは、辺境伯切り崩しのとっかかりは得たな。




