第1章-4 弟について
4
「おかえりなさい、お兄ちゃん」
「ただいま、リア」
リアは満面の笑みで出迎えてくれる。
俺もようやくスラムの顔役達から仕事をまわしてもらえる歳になった。
いつものように煙突掃除の仕事を終え、俺は土産を手に帰宅する。
土産の蒸した芋をリアに手渡す。
食い意地の張ったリアの顔が綻ぶ、ふくよかな頬が薔薇色に染まる。
俺の義弟、アルトリア。
愛称リア。
リアなんて本来女の子の呼び方なんだが、ここじゃ誰も気にしやしない。
何よりリア本人がその呼び方を好んでいたから。
野良猫拾ってくるみたいに乳飲み子を拾って帰った俺を、シーナは一言も責めることはなかった。
貧乏教会の台所事情は苦しい。
食い扶持が減る分、おそらくシーナは黙って自分の食事を減らしてくれてたはずだ。
ま、鶏ガラみてぇな骸骨婆だ、俺の勝手な思い込みかもしれねぇな。
とは言っても、血縁のいない俺達根無草は一度でも受けた恩義は必ず返すもんだ。
それこそがこの地獄で生き残る為の唯一の処世術なのだから。
忘恩は未来を閉ざす、情けは人の為ならず、己の為だ。
リアの食い扶持を稼ぐ為、俺は7つになってからはひたすら稼ぐことに明け暮れた。
リアのもう一方の親といえるシスターセーラはというと。
『日光を浴びると天使のような清らかさだ』だのなんだの。
『お貴族様でも、滅多にいない程のプラチナブロンドの髪だ』だのと感激しまくったあげく、奇怪なテンションで踊り狂いながら名付けを行った。
俺の名前にちなんで、赤子にはアルトリアと名付け祝福した。
こうしてセーラに名付けを受け義兄弟になった俺達だが、当然祝福ばかりというわけでもなかったのだ。
くすみの一切無い、日の光を浴びると一層光り輝くプラチナブロンドの髪は肩口で切りそろえられ。
秋の朝方の高い空のような澄んだ水色の瞳は、静謐な湖の底のように見る者の心を奪う。
顔の輪郭はなめらかな卵型で、ふくよかな頬は赤々と健康的に色づいている。
もしリアの背中に羽でも生えていたとしよう。
スラムの爺婆共は天使様が降臨された思い込み、失禁しながら卒倒。
身体中の穴というアナから、色々人前には出せないレベルで液体を垂れ流しまくり。
あまつさえ、昇天してしまう者もさえでたことだろう。
それ程に愛くるしい子だったのだ。
ま、マイエンジェルだから当然だな。
見た目どっからどう見ても超美少女だしな。
弟なのに、感覚は妹だよな。
なんかいまだに女の子の遊びが好きだしな。
男なのに近所じゃみんな、リアを聖女さま呼ばわりだしな。
リアは俺と二人っきりの時だと、水色の澄んだ目でよく上目遣いするんだけどさぁ。
これが可愛くてさぁ、もう何でも我がままきいてあげたくなっちまう。
9歳児かわいい。
いやロリじゃねぇよ?
ただの庇護欲だよ?
いやマジで!
リアが3つになる頃には、スラム街最底辺のこの教会孤児院は華やぎ始めていた。
リアの顔を拝むためだけに、近所の大人たちがなけなしの金で買った供物を捧げ、礼拝の行列をつくった。
リアの笑顔。
ただそれだけが、薄暗いスラムに暮らす貧者達の心を照らす信仰の象徴となっていた。
末恐ろしいことだ。
満たされない者達の願望を背負い。
叶えられぬ望みに失望した者たちの、妬み、嫉み、僻みといった負の感情を全てを受け止め。
報われない者達へ希望を示す、聖者の役割を期待され押し付けられる。
(ざけんなって、な……)
リア個人の思いは、人生は、そこには何もねえじゃねぇか!
すでにそんな未来は視えていた。
リアの第一の保護者を自任する。
リアの第一の守護者を自任する俺にとって。
そんな未来等、断じて許せるものではなかった。