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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集

桃源郷の墓守り

作者:


 

 一番最初にその地に穴を掘った時、たった二人だった。

 まだ(とう)になったばかりだろう小さな子供達はその手に大人用のシャベルを持って穴を掘った。その日たった二人の墓守りがその土地に生まれた。

 

 産声もあげず、この世の不条理に恨み言も言わず、涙すら流さぬ小さな二人の墓守りは何日もかけて穴を掘った。

 

 大人が一人、やっと入って獣に荒らされない深さの穴は小さな子供たちにとってはハシゴを使わなければならないほど深かった。

 

 春先だったこともあり、じんわりと汗が滲み、疲労するだけで掘ること自体は二人は特に苦を感じなかった。

 

 感じたのはその穴に二人で転がすように遺体を入れたこと。確かに二人には持ち上げられるはずもない成人した若い男の遺体だった。そこに死者への冒涜などは一切存在しなく、彼等が出来る最善だったのだろう。

 くしゃりと顔から伏せてしまった遺体に慌てて二人がハシゴで降りて、せめてもと空を向かせた。濁りきった曇り空で、(やが)て雨が降ってくる。

 

 水がたまらないうちにと彼等は穴に土を戻し始めた。ぬかるんだ地面に時々足をとられ、一人が滑って転ぶともう一人は指を指して笑った。

 

 それに対して(いきどお)りを顕にした方は土で丸め出来た泥団子を投げつける。

 

 笑いながら、楽しみながら、二人は穴を埋めていく。雨が降っていても、泥にまみれていても、埋めているのが死体でも二人は笑っている。

 

 (やが)て夜になり、雨が上がる。肩で息をしながら二人は地面に大の字に転がると空を見上げた。綺麗な星々が広がる空にやはり二人は笑顔を向けた。

 

 

 二回目の墓を掘ったのはそれからいくらも経たない頃だった。だが、掘るのに苦労はしたが、時間はかからなかった。

 

 それは小さな穴だった。深さは大人用の物と同じではあるだろう。ハシゴをかける隙間を開けた丁度墓守りのどちらかが寝ころべるくらいのものだ。

 

 穴が掘れたら、転んだ方を指さした方がよっこいしょと背中に自分と同じくらいの大きさの遺体をおんぶした。それを転んだ方が紐で結び固定する。

 

 ゆっくりゆっくり、ギシギシと鳴るハシゴを遺体を背負って降りると、今度はゆったりと横にしてやった。まるで母の腹の中の子のように膝を丸めて寝かせてやった。

 

 二人はまたハシゴを使って這い出ると休む暇もなくスコップを動かした。

 

 …先だったのがどちらかはっきりつかないほどほぼ同時に墓守り達は歌を歌う。それは下品な内容の子供が適当に作った歌だった。

 人を馬鹿にしたような歌詞だったそれを歌いながら、二人は穴に土をかけていく。二人は笑顔だった。楽しげに歌っていた。

 

 それが終わると二人はまた空を見上げ寝転んだ。静かな夜空に星は見えない、それでも寝転びまるで星を見るように笑顔をうかべた。

 

 

 それから何人も何人も二人は墓を掘り遺体を埋めていく。それを続けて三年が経つ頃、あまり大差の無い見た目だった二人の子供は別の成長を始めていた。

 

 転んだ方は胸が膨らみ始め、体つきが柔らかく丸みを少しみせ、細くしなやかな手足に錆色(さびいろ)の長い髪を後ろで結っていた。瞳は灰色で、まるで家が燃えたあとの灰の様だった。

 

 指を指し笑った方は身長が彼女よりも伸び、精悍(せいかん)な顔つきへ変わり始めていた。穴を掘る為についた筋肉がまるで入団したばかりの兵士のような未熟さだったが、それも歳をとることで解決できるのだろう。彼女よりも頭一つ分高くなった背はハシゴを使わずにも穴から出れるようになったし、穴を掘ることもとても早くなった。

 金の瞳に真っ赤な髪のまるで家を焼いた炎のような色を持つ男だった。

 

 「リー」

 「ルー」

 

 彼女はリーと呼ばれ、彼はルーと呼ばれた。二人は名前以外は何も言葉を発することは無く、またその日も穴を掘っていた。

 

 もう二人にとってその行為は当たり前にある日常だった。

 

 

 最後に二人が掘った穴にはやせ細った女性が寝かされた。丁寧に寝かされた女性に二人はまた土を掛け始める。とてもよく冷えた冬の夜だった。

 

 その次の日からは墓の世話をする日々が続いた。墓石がわりに名前を書いて木の札を置き、その木が腐れば、また新しい札を作る。

 それに飽きた頃には小さな石に名前をほって墓石とした。

 

 春が来れば花をそなえ、夏が来れば雑草を抜き、秋が来れば落ち葉をはいて、冬が来れば雪をかいた。

 

 穴を掘らなくなりまた三年が経つ。

 

 十五程の年齢になった二人は、それはそれは美しく成長していた。

 リーは腰までの髪を編み込みながら結い上げて、少しタレ目の灰色の目は優しさを帯びていた。体つきももう随分女性らしさをあらわしていた。

 ルーは精悍な顔つきを完成へと近づけていた。鋭いつり目の金の瞳は優しく意地悪げに細められ短く切られた髪は雑なものであったが寧ろそれがよく似合っていた。身長はまだ伸び続けているのだろう。リーも伸びてはいるもののルーは相変わらず頭一つ分は抜きん出ており、最近ではルーだけが身長を伸ばしているのではともとれる。

 

 (やが)て、そんな二人の元に数人の男達が訪れた。

 

 それはどこかの城に住む王子だという。他はそれを護衛する者だと言う。

 

 「君達は…誰だい?」

 「私はリー」

 「俺はルー」

 「本名か?」

 

 本名かという問い掛けには二人は揃って首を傾げた。名前に偽物があるのかという表情に王子を名乗った男は苦笑いをうかべた。

 

 「この山に生き残ったのは…君達だけなんだね」

 「私達はうつらないもの」

 リーの言葉に王子は目を見開き、よく手入れのされた墓を見て優しく微笑んだ。

 

 「なるほど、疫病のかからぬ子ほど墓守りにうってつけなものもいないだろうね」

 

 二人の墓守りが生まれたのは二人が住む山の集落が二人を除いた全ての者が疫病に倒れたからだった。

 

 体力も元気もあり遺体に触れても問題のない二人だから集落の者は恥を忍んで墓守りをやらせた。

 二人はよく働いた。泣き言も言わず泣きもせずただ楽しそうに生活し、大切な家族である集落の者を看病し、埋葬した。

 

 「詫びに来たのだよ、各地に訪れここが最後だった」

 

 疫病が収束した今だからこそ民の霊に祈りを捧げ未来の王は歩き続け、リーとルーのここが最後だった。

 

 酷い場所では墓すら出来ていない場所もあった。腐った遺体が更なる病を呼び、一人も残らぬ里すらあった。

 

 「死は怖くない、家族が共にある」

 「死が怖いのは、ただ一人になることだ」

 

 二人はそう言って微笑んだ。

 

 二人のことを集落の者はとても愛してくれた。自分達の墓だけでなく看取ってくれる二人に深く感謝した。

 

 泣きもしない子供に申し訳なさもあった。けれどたしかに変わらず微笑む二人の姿に未来を見たのだ。

 

 「謝る必要なんてない」

 「全て救うことなど出来ない、人とはそういうもの」

 

 確かに助けるすべがあったのかもしれない。確かに遅すぎたのかもしれない。なぜ助けなかったのだと目の前の存在に良くない言葉を浴びせるのが正しいのかもしれない。

 

 それでも二人の墓守りはゆったりと微笑んだ。

 

 「「ここは美しいだろう?」」

 「…ああ、とても」

 泣いたのは王子だった。そして後ろに控える護衛だった。

 

 二人の墓守りは泣かないのだ。確かに泣くことも死者を弔う上で必要な事だとは二人も思っていた。だが、家族は共にあるという信念が変わらずあった。

 

 良く手入れされ、風通りが良く、木々に囲まれ、程よく生えた植物に丁寧に並べられた墓。

 

 もう声を亡くした家族に話しかけるように二人は笑っていた。

 

 「君達は…ずっとここにいるのか?」

 「私達は家族を守る」

 「家族は守るべき者だ」

 

 迷いなく言う彼等に目元を赤くした王子はからからと晴れやかに笑って空を見た。

 

 「うん、この土地はとても良く、ここで眠れる君達の家族が羨ましいよ」

 

 二人は顔を見合せ首を傾げ訝しげに王子を見据えまた笑った。

 

 「共に家族を弔った」

 「ならもうお前も俺達の家族だ」

 

 だからお前の墓もここだと二人がいえば流石に護衛達がざわめいた。剣に手をやった者さえ居た。

 王子はその言葉をきょとんと受け取り、また泣いた。

 

 「お前は泣き虫だからな」

 「王子と彫った石を丁寧に作ってやろう、好きなものがあればその絵も彫るぞ」

 

 「…ああ、君達は王子が名前だと思っているのか、なら墓守り達よ、私の墓も頼みたい。

 この安らかに美しい墓に、優しく賑やかな墓に、私も共にいつか眠せておくれ」

 

 当たり前なことを言うなと言う言葉少ない二人の墓守りは視線で告げると、王子はとうとう腹を抱えて笑った。

 

 「私の名はアーティスという、王子は君達の墓守りという役職に付けられた名前と同じで私の名ではないよ」

 「アーティス?長い名前だ」

 「何回も言うと舌を噛みそうだ」

 

 二人は顔を見合せ頷き合うとアーティスに向き直り泣いてばかりの頼りない王子を抱き締めて背中をポンポンとなでた。

 

 美しい少女と美しくもガタイのいい少年に抱きしめられ目を白黒していた王子は(やが)てまた泣きそれを受け入れた。

 

 「なら、お前はティーだ」

 「俺達の集落ではお前はティーだ」

 「お前が墓守りと同じように職があるなら」

 「やらねばならぬこともあるだろう」

 「全て終えたらここに帰ってくればいい」

 「俺達は変わらずここにいる」

 「一頻り泣いたら」

 「また自分の職に戻れ、泣きたくなったらまた帰ってこい」

 

 

 

 「「もうお前は私達の弟だ」」

 

 

 晴れやかな笑みを浮かべ立ち去る王子の背に手を振り二人はまた同じ日々を繰り返す。楽しげに笑みを浮かべ、当たり前のように墓で眠る声亡き家族に話しかけ。

 

 時には歌を歌い。時には転がるように遊び。その土地を守った。

 

 

 

 

 

 ──────二人に会いに来たアーティスはその時にはもう王となっていた。それでも彼等はティーと呼び嫌な事があったと愚痴る弟のティーに仕方ないと頭を撫でてやった。

 

 しばらくすると二人に子が産まれた。三人の子は二人によく似た者で、叔父であると紹介されたティーに懐き、共に城で遊ぶこともあったという。

 

 ただ、リーとルーは決してその土地は離れることは無かった。ティーの年齢自体は二人よりも上だったが、二人の中でのティーはいつまでも泣き虫の弟だった。

 

 墓守りは泣かない。

 小さな幸せを見つけて微笑み、家族を見守る。

 

 そして、墓守りは無くならない。

 二人の意思を継ぐ者が、その誇りを守るから。

 

 

 やがてその地は桃源郷と呼ばれた。美しい墓守り達に看取ってもらえ、死後も大切に弔ってもらえる土地として。美しい最後の土地として。

 

 名君と呼ばれた王が眠り、そしてその王の隣には墓守りの夫婦が眠る。やはり二人は死ぬまで墓守りをしたし、そして自分の子達にもその術を教えた。

 

 二人はよく笑った。周りは泣いた姿など見たことも無いのだと笑った。

 

 墓守りは今もその土地にいる。美しきその土地を守り、変わらず笑顔を絶やさず、幸せと共にあるのだろう。

 

 

 

 

 

 ────────桃源郷の墓守り 了

 

 

 

 

 

 


ふと頭に浮かんだままに書き上げました。



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