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夏の残像

作者: 飛村 勇

 色気の無かった学生時代も遙か昔に感じられるくらい、仕事に追われている日々が続いている。

 就職して数年、やっと仕事に慣れたものの、仕事自体は楽になる訳では無く、慣れた分だけ追加されていくノルマに追われる日々である。

 いつまで経っても楽にはなりそうもないな。まったく不況はいつまで続くのだろうか、もしかしたら一生このままだったりするのだろうが……

 いまにして思えば学生時代にもう少し遊んでおけばよかった。彼女もいないまま、仕事に奔走させられる現状を考えると出会いのチャンスを増やす努力はしていれば・・・

 少しはちがう社会人生活があったのだろうか。

 結局のところ、他の学生と同じように無駄に時間を浪費する日々を過ごしてしまい、今となっては後悔だけの日々である。

 映画やドラマのようにすべてを投げ出して一人の人に想いを馳せる。そんな出会いをしてみたいではないか。そんな風に考える余裕も無く日々の仕事に追われ。ついには、このまま枯れ果てる前に一度でいいからドラマになりそうな恋愛をしたいと思うのは俺だけじゃないと思う。

 もっとも、思っていてもそんなことは口に出さない人がほとんどなだとは思うが……

 自分の期待とは裏腹に日々の仕事は容赦なく俺の時間を奪っていく。ってか映画もドラマも見られないくらい忙しいんだよ。

どうにかしてくれんかね。

「就職できただけでもいいだろ」 

 なんてありがたくない言葉をいただく事もあるけど、それはそれ就職できただけでテンション上げられるほどできた人間じゃあないのです、私は。

 ただでさえ溜まっているストレスもここ最近は消費者金融の利率なみに増えていくのである。


そんなある日のそれは起こった、突然にそして決して忘れることのできないあの出来事が。

初夏なのに真夏日のように晴れ上がった日曜日のことである。



「疲れた……」

 家に帰るとシャワーも浴びずにまっすぐベットに倒れ込んだ。

エンドレスで続くような仕事にも一段落が訪れてやっと明日の日曜日は休みを取ることができた。

 大学を卒業後、上京して2年が経ち仕事にも一人暮らしにも慣れてはきたものの、日々の暮らしは一向に楽にはならなかった。不況の影響をもろに受けている会社は給料は上がらないくせにノルマばかり上げるもんだから、休みも満足に取ることもできず日々疲れた体で駆けずり回るのだった。

 やっとの事で明日は休みをとることができそうだが、この分だと明日は寝て過ごすことになりそうだ……

 ぼんやりと考えているうちに睡魔に誘われるまま眠りについてしまったようである。


「起きなさい」

 誰に起こされる声で目が覚める。−−誰だ俺を起こすのは……疲れているんだ、今日は勘弁してくれ。ぼんやりとした頭で考える。そもそも、この部屋には俺以外いないはず。ぼんやり考えていると再度俺を起こす声が聞こえてくる。

「早く起きなさい。いつまで寝てるの!」

 !?お袋の声?

 疲れ過ぎて幻聴が聞こえてきたか?それとも息子を心配してここまで押し掛けてきたのか?

 どっちも間違っていたことに気がつく。ここは実家の俺の部屋じゃないか……

 どうして?

「いい加減にしなさい。今日は登校日でしょう?夏休みだからってだらけた生活してるから起きられなくなるのよ」

 さて、冷静になれよ。俺……ここは実家で、お袋が俺をお越しに来てる。しかも今日は登校日ときたもんだ。すぐにピンッときた俺はある物に目を向ける。

 

 ふむ。カレンダーはちょうど10年前の今日になっていた。


 しかたく起きて食事を済ませ登校の準備をする訳なのだが、当然気持ちは落ち着かない。あたりまだ!疲れで精神がおかしくなったのか、さもなくば本当にタイムスリップをしたのか。いづれにしても昨日まで社会人だった俺が高校2年の夏休みにタイムスリップしていやがる。

 ああっそうかこれは夢だ、忙しすぎて夏休みの夢を見てるんだ。ストレスの溜めすぎですね。カウンセラーに相談したら、うれしそうに教えてくれそうだ。しかし、本当に夢なんだろうか。

 ほっぺたをつねるなんていう古典的な確認方法を試して見るも、当然の事ながら痛みを感じてしまう訳で何とも……


 朝食も早々に済まして家を出て確信をする。確かにここは実家だ。しかも10年前の……。あっもっとも場所は確証をもてるけど10年前とは言い切れないかもしれない。

 そんな訳で高校へと向かうのだが、その足取りは思いの外軽かった。そう、夢でもいいから、もう一度高校に行けるのであればそれはそれで楽しそうだからだ。

 10年前に通い慣れた道を歩き通学電車に乗り、なんとも懐かしくて涙がでそうである。そんなに高校時代に未練があったとは気づかなかった。

 友人とも適当に挨拶を交わして教室にまっすぐ向かった。

 そう、たぶん未練があるとすれば、これ以外に考えられない。その未練の対象は俺が教室に入る前に席に座っていた。

 ひとり詰まらなそうに窓の外を眺めている女子。彼女こそ俺が抱える未練の塊である。


 学生時代に俺は彼女を意識することは無かったけど、この夏休みが開ける前に彼女は引っ越してしまう。夏休み明けそのことを知った俺は、「もったいないことをしたな〜」と無意識に考えていたのを覚えている。

 未練なんてはっきりした感情じゃないけど、後ろに座っていた彼女に声をかければよかったよ。っと後悔をしたものである。

 何せ美人だった。それに加えて性格は……いいとは言い難いかも。はっきり物を言う性格が災いしてか、きつい人と思われていたようだ。もっとも、クラスで浮いてしまうことは無かったが、親しい友人は少なかったようだ。

「おはよう」

 とりあえず、声をかけてみた。

 すこし、驚いた様子が可愛いかったりする。学生時代の俺だったら絶対にできなかったような事がいまなら自然にできてしまう。よくも悪くも歳を重ねたと言うことなのだろう。

「おっおはよ」

 動揺しながらも挨拶をしてくれた。ちょっと感動である。

 学生時代もこれくらい積極的に声をかけられれば人生違ったかもしれない。

 ホームルームが始まるまでの短い間ではあるが彼女と話す事ができたのは人生最大の幸運かもしれない。


 この時はまだ夢なのか、タイムスリップをしたのか判断ができていなかった。とは言え夢と考えるの自然な訳で、どんなヘマしても覚めればそれまで。そんな考えが俺の行動を積極的なものにしたのかもしれない。

 ホームルームの後、平和授業があり、昼前には下校の時間になった。

 ーーこのまま帰るんじゃ芸が無いよな。

「この後、忙しい?」

 振り向いて声をかけてみる。

 やっぱり、驚いている。

「とっ特に用事は無いけど。なんで?」

「なら、付き合ってよ」

 と言いながら何処に誘うか全開で頭を回転させる。

 そういえば、この時期見逃して後からヒットして悔しい思いをした映画があった気がする。

「見に行きたい映画があるんだけど、ひとりで行くんじゃカッコつかないから」

「いいけど、どんな映画?」

 おっナイスな反応だけど映画のタイトルが思い出せない。

 そりゃそうだ10年前の映画のタイトルなんて覚えてないって……

 彼女は、まじまじと人の顔を眺めた後、

「まあ、いいわ」

 呆れたように笑う。

「誘うなら、ちゃんと調べてからにしてよね」

 ごもっとも。まあ、急に思いついただけだからな。そんなことは言えないけど。

「最後に映画くらいいいかも……」

 注意していないと聞き取れないくらいの声で呟いた後、寂しげにうつむく。もう、引っ越し間近なのか?

「このまま、行く?一回家に帰る?」

「うん、このまま、行こうか」

 いい返事だ。さて、未来は変えられるのだろうか。それは……たぶん。


 用事があると職員室に行った彼女を待っていると俺に話かけてくる奴が。

「急に積極的になってどうしたんだ?これからデートか?」

「一般的にはそういうかもな」

 適当に返事をしながら、こいつが誰だか考える。いかんせんすべてが10年ぶりだ印象の薄い奴は一切覚えていない。

 誰だお前は?とも言えないので適当にあしらう。

 職員室から戻ってきた彼女が物言いたげに俺を見ていた。

「じゃっ俺は忙しいんで!」

 友人Aに別れを告げた。ごめんよA。俺は君のことを全く覚えていない。

 彼女に近づくと向こうから声をかけてきた。

「行こうか」

「おう」


 その後はというと、ふたりで食事してつまらない映画を見て、家路についた。


「明日も会える?」

 別れ際、彼女が言った。

 その時、ふと考える。今の事態はいつまで続くのだろう?一生を10年やり直すのか?それとも明日の朝には元の生活に戻っているのだろうか?

 彼女の手が俺の頬をかすめる。次の瞬間耳を思いっきり引っ張られた。

「いてぇな!何しやがる」

「くだらい映画付き合わせておいて、私のお願いは聞けないっていうの?」

 どうやら黙っていた俺をみて断られると思ったようだ。

「いや、構わないが、一つ聞かせてくれ」

「なによ!」

「そんなに映画つまんなかった?」

「全然、面白くなかったわよ!あんたと一緒じゃなかったら絶対みないわね」

 半年後にムーブメントを起こすの酷い言われようだ。

「じゃあ、明日、よろしくね」

 そして別れて家に帰った。

 明日……俺はここにいるのだろうか?まあ、疲れすぎてリアルすぎる夢をみている可能性も十分にある。

 答えは明日になれば分かる。開き直って寝てしまった。

 後悔先に立たず。このときの俺には寝る以外の選択肢を思い付くことができなかったが、どうしようも無くても後悔はする物なのだ。


 目が覚めた直後のぼんやりした頭で天井の広さを測ってみる。 

 アパートだよな……

 カレンダーを見るまでも無く元の時代に戻っていることに気付く。

 あれは、やっぱり夢だよな〜

 しかし、リアルな夢を見たものだ。

「今日は日曜日か」

 まあ、やることも無いしぶらぶらするか。

 適当に着替えて駅前に出た。

 本屋で立ち読みして、喫茶店でコーヒー飲んで……

 せっかくの休日に何してるんだろう。忙しすぎた反動でなにもする気がしないのか?

 違うよな。このモヤモヤは。くそっ寝なければあの時代にいれたのかな?高校生の俺は次の日彼女にあったのだろうか?

 夢なんかじゃ無い。そう思ったところでどうすることもできない。そもそもなんで過去に飛んだかも検討がつかない。

 まっ考えても仕方ないか。たまには一人で映画館にでも行くかと考え、足を向ける。

 上映している映画を見て息を呑む。

「これ昨日見た奴だ」

 でも、どうして?まさかまだ過去にいる?焦ってカレンダーを探すがいっこうに見つからない。

 立ち読みしていた本屋まで戻ってやっとカレンダーを見つける。いや、過去じゃない。でも、どうして?

 映画館に戻って答えが分かる。

 リメイク版だった。あんなにつまらない映画なのに……

 まっ人それぞれかもな。リメイクされるくらいだ面白いんだろう、たぶん。

 一人分のチケットを買って映画館に入る。

「久しぶりだ。10年ぶりだ」

 正確には昨日だけどさ。


 まじめに詰まらん。B級好きには唾搦の映画かもしれんが、仮にも普通を自負している俺には何が面白いのかさっぱり分からん。

 よくもまあ、こんな映画を女連れで行ったものだ。若さとは恐ろしい。ってか昨日の話か。俺にとっては。 

 溜め息一つ、映画館を後にする。

 期待はしていなかったが、それでも少しは期待したのかもしれない。彼女に会えるんじゃないかって……

 時間を無駄に浪費する。特にすることも無いからそれはそれでいいのだが……


 彼女は夏休みの終わり引っ越すことを知っていたのだろか。すくなくとも10年前の俺は知る由もないのだが……

 今は知っている。そして、何でもっと積極的にならなかったのかと後悔もしていた。


 ああっ明日は仕事か……破天荒なこの展開に気持ちの整理もつかないままアパートに帰った。

 アパートに帰って冷静に考える俺、彼女の事を好きだったのかな?

 今となっては、どうでもいいんだけどね。いったん気になるとものすごく気になる。特に親しかった訳でもなく、席が近かっただけだし、でも、なにかなにか……

 まっいっか。これ以上考えても会える訳でもなし。

 やけ酒をした訳じゃないんだけど……ビールの缶が4本空いてたのは記憶があるけど……眠くなって……寝ちゃって…夜が明けていた……


 目を見開いて天井を見る。この広さ、実家の俺の部屋だ……カレンダーを見る……

 飛び起きる!

 

 もう、迷わない。もう、後悔しない。

 彼女に……

後悔は消せないけど、やり直すことはできるはず。って、いつも考えるようにしてます(笑)

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