身代わり
この胸に去来するのは疑念と絶望と、侮蔑と怒り。
「なんで山南さんが死ななければならなかったんですかっ!」
堪えて飲み込むのは嗚咽、口をついて止まらないのは責め苦。
一歩でも道を違えれば、争うのも、ここを出るのも、旧知の仲間に捕縛されるのも、そして腹を切るのも、全て俺だった。
「土方さんが追っ手を出して、切腹を強いたって本当ですか!?」
あの優し過ぎる兄のようなひとの心を誰より理解していると、思い上がりでも信じていた。
「俺を出張に行かせたのもこの為だったんですか!?」
それを知ってくれているからこそ、打ち明けてくれたのに。
「卑怯な! あのひとが出て行くようにし向けたのはあなただ!」
俺が、見殺しにしたんだ。
新撰組のやり方にはついていけないと、同じ国の者を悪として、正義を振り翳した刃など遣えないと、噛みしめるように悲痛に話してくれた。
けれど遠くに離れてしまいそうで、聞くのが怖かったんだ。
新撰組総長・山南敬介は、脱走の罪により切腹。
俺・藤堂平助は江戸にいて、何も知らないまま帰ってきた。
「言うことはそれだけか」
土方さんは眉根すら動かさない無表情で、俺の横をすり抜けた。
心はもう、新撰組には戻れない。
いや、必要とされてもいないんだから。
「嘘だろう……?」
新しい居場所を見つけた気がしていた。
「なんでお前まで行っちまうんだ!」
そう信じなければ、どこへも行けなかった。
ここ以外のどこかへ、なんて。
伊東甲子太郎に従いて、“分離”という名目で出て行く。
形式は違うけど、することは脱隊と一緒。
俺も、なんの躊躇いもなく殺されるだろう。
それでもいい。
心に蟠りを抱えたまま腐敗を辿るのならば、潔く断ち切って死のう。
「こっちに来ていいの?」
一日遊んだ帰りや、晴れの凱旋で何度も潜った門を最後に出るとき、俺以上に意外な顔があった。
土方さんの腹心ともいえる、斎藤一だ。
「……ある男のことを、頼まれたからな」
今まで誰とでも距離を置いていた癖に、最近になって伊東さんと一緒にいることが多くなっていた。三日三晩も島原で飲み明かして、謹慎処分を受けた程に。
「それってまさか……」
密偵……!
俺はひたすら仏頂面の男を見張った。
「末の弟みたいなものだ、と」
「……は?」
驚かされてばかりで、みんなから遅れちゃいそうだ。
こんなに歩みが遅くては、本当は行きたくないのかと思われてしまう。
「“平助を”頼む、と」
振り返ると、大勢の隊士達の山の後ろ、渡り廊下で腕を組んで、柱に寄りかかっている。
「土方さーん!」
できる限り両腕を伸ばして手を振る。
困ったような顔を一瞬して下を向いた姿は、あの日と、そしていつか俺を斬る日とも、同じなのかもしれない。
「……って、斎藤は俺とタメだし!」
了