4、ピンクのアレです
「きゃぁ」
私の目の前でドンと、人と人がぶつかった。片方の生徒はピンク色の髪の少女だ。
「あぁ、髪が…」
そんなピンクの髪の女子生徒は自分の髪を男子生徒の制服のボタンにささっと絡めていた。
そう、絡めていたのだ。
目を疑う行いだ。
そのピンクの髪の女子生徒が絡めていたボタンの持ち主はラファエルである。
NO!まさか、主人公が兄ラファエル狙いだとは。
なんて、良く考えれば有り得る。
いや、それ以外に選択の余地はないほど有り得る話だ。
なんせラファエルは、この国で一番の魔術師になるらしい(ゲーム後日談)し、国一番の美形だし、紳士に擬態しているから優しいのだ。
今日もどうしてか、なんにも無い場所ですっ転んでしまった私の手をズルズルと引いて歩いている。
たぶん、連行されている訳では無いはずだ。
そして、主人公がラファエル狙いなのは確かである。
全ルートを制覇すると現れるラスボス。…じゃなくて隠れキャラ。
そのルートの最初に、気になる人の制服のボタンにこっそり髪を絡めちゃった。って、台詞があった。
実際に目にするとこんなに滑稽なのかと驚いたけれど…
ラファエルのルートは自分から突進して行かなくては関心を持って貰えないのだ。
「大丈夫かな?次からは前を見てね」
『君、名前は?』と紳士的だけど、どこか冷ややかな雰囲気を持つラファエルが主人公の名前を聞いて、少し面白いおもちゃを見つけた様な顔で笑うのだ。
もちろんその姿は好感度が一つでも上がればスチルとして後ほどの選択肢の後にゲット出来る。
とんでも無く美しい芸術品のラファエルのスチルは絵師様にお礼のお手紙をしたためてしまうほど麗しい。何時間でも見ていられるものだった。
選択肢、で自分の名を名乗りついでにラファエルの名前を聞いたら好感度が下がり、そのままラファエルに無視されて去られてしまう。
ラファエルの名を聞かずに自分の名前だけ伝えれば好感度が一つ上がってスチルが拝めるのだ。
そして去り際に『またね、マリー』とか言って色っぽい流し目を送るのさ。
「行くよ、ウラリー」
「えっ?」
あれ?!お兄ちゃん、マリーの名前聞いてなくね?
あれ?
あ!私だ、私が邪魔をしてしまったのか!?
そうだよ、ラファエルってウラリーを無視してたから妹とは一緒に登下校して無かったよ!
な、なんてこと。
邪魔をしようとしなくても邪魔をしてしまうなんて!?
ひぃ!ど、ど、どどうしよぅ…
「あっ、あの、私は大丈夫だから、お兄ちゃんはほらっ、その」
私がチラチラと主人公を見ると兄ラファエルはあぁ、と頷いた。
よ、良かった!通じた!
「もうわざと髪を絡めたりしないでね?妹がビックリしてるから。」
「ひょぇ?!」
私のおかしな悲鳴に兄ラファエルは若干可笑しそうにして見てくる。
反対にマリーはウラリーを睨み付けていた。
な、なんで?それ、なんか思ってたんと違いますよ?
「ウラリー、行こうか」
「はっ、はい」
パタパタと兄ラファエルについて行くのだが、相変わらず手を繋がれていて歩くと言うより引き摺られている感じで、やっぱり私、連行されてる?
入学式の行われる講堂では人がざわざわとしていて私も落ち着かずに周囲を不安げに見ながら歩いて行く。
兄ラファエルに連れられて新入生の列に並んだ。
「ウラリー、終わったら教室に迎えに行くよ。じゃあ後でね」
「えっ?」
私が何かを言う前に兄ラファエルは颯爽と人々の視線を浴びつつ去って行った。
そして令嬢達のチラチラとした視線が私に集中する。
ああ、やだよー!お家に帰りたいよ!
講堂では、壇上に学園長が立って何かを話し出した。でもみんなの視線は、イケメンに連行され連れてこられた珍獣な私に向いている。
どうぞ、皆さん、珍獣は放っておいて、前見て、前!
プルプルしながら視線に耐えていると周囲の令嬢達から秘めた、しかし、隠しきれない黄色い悲鳴が上がった。
なんだなんだ?と前を向けば……
「お、お兄ちゃん?」
兄ラファエルが壇上に立っていた。
ウラリーは、こんな場面あったかな?と違和感に首を傾げた。
兄ラファエルの優雅で凛々しい立ち姿に狼狽えながら前を見ていると、時折こちらを見て居るような視線を感じてアワアワしてしまった。
するとラファエルが珍しくクスリと笑った。
途端に抑えられなかった令嬢達の悲鳴が上がり出す。みんなの目が潤み、頬が上気している。
なんて笑みを見せるんだ!!心臓がバクバクと煩くて不意打ちに対応出来なかったでは無いか!
一人、八つ当たり気味にラファエルを睨んでいると違和感の正体に気づく。
あれ?生徒会長って騎士科のトップのウィリアムじゃなかった?
ウィリアムというのはこれまた攻略対象者だ。
騎士団長のご子息で騎士を目指す寡黙キャラで、しかし、主人公の為になら隣国に乗り込んで行くガッツのある黒騎士の異名を持つ、ちょっとサイコな思考をお持ちな。
その人は多分、前方右に立っている人物だと思う。背が高くて立ち姿がやけにカッコイイ。
何だかゲームとは色々と違っているな。




