14、読めない空気
「ジョルダーナ嬢。あなたも来ていたんだね。」
ラファエルが浮かべた笑顔を見てエリザベートは顔を赤らめた。
どうやら彼女はツンデレ属性らしいとウラリーは理解した。
けれど、自分に視線が向けられていない事を悟るとラファエルが優しい笑みを向けている相手であるウラリーの姿に気付き、大きな目をギン!と見開いて睨み付けてくる。
ひぃ!違ったよ般若属性だわ!
ウラリー、既に涙目である。
蛇に睨まれた蛙がビクビクしちゃう気持ちが私わかるわ!と脳内で気の毒な蛙さんを作り出し同情して気を紛らわすがやはり怖いものは怖い。
「ウラリー、もう終わる時間だとセウス(執事見習い)に聞いたから迎えに来たんだけど。もう帰れるかい?」
ちょうどラファエルからはエリザベートの姿は見えない為なぜウラリーが涙目なのか分からないだろう。
でも、未来の姉になるかも知れない相手にここまで嫌われるなんてつらい。
「あ……あの、ありがとう。お兄ちゃん」
頷きながらそう言うとラファエルはすっと視線をエリザベートへ向けた。
その何気無い視線が何だか恐ろしかったのは気のせいだろう。ラファエルは最近以前よりも人当たりがよくて学園では更に人気が高まっていた。
そんなラファエルから視線を向けられたエリザベートは途端、雰囲気がガラリと変化した。
澄ました麗しい令嬢の顔をしてラファエルを愛おしげに見つめる姿は女神様の様に美しい。
そんな変わり身の速さにウラリーは怯えつつも感心する。
さっきまでは恐ろしい形相でギョロリと睨み付けてくる獰猛な蛇の様な雰囲気だったのに。
凄いわ、エリザベート様。ある意味、尊敬する。
ウラリーは恐ろしいエリザベートからそっと距離を取りラファエルの元へと向かうと、途端にエリザベートの方角から恐ろしい視線をひしひしと感じた。
あー、絶対見てるよー!エリザベート様ー!
怖いよー!!
ビクビクしながらラファエルの前に着くと手を繋がれ、エスコートと言うより幼い子ども扱いで手を引かれて歩きながら「演奏会は楽しかったかい?」と質問された。
けれど、エリザベートの息を呑む気配に気を取られていたウラリーは無言だった。
「ウラリー?……どうかした?」
ラファエルがウラリーの前髪をかき揚げて覗き込む様にかがみ込んだ。そこで漸くウラリーはラファエルを見上げた。
「あっ、ごめんなさいお兄ちゃん。えっと?どうかしたの?」
ウラリーはラファエルがなぜ目の前に立ち止まって自分の前髪をかき揚げているのか分からず首を傾げる。
それほど、全神経がエリザベートに向かっていたのだ。
「いや、ぼんやりしてるから心配になったんだ。何か……怖い事でもあったかな?」
「やだ、私がぼんやりしてるのはいつもの事でしょう!大丈夫だよ!」
「そっか」
そこでなぜいつも納得するのか物凄く、気になるけれど!
そう思っていたら、背後から「きゃぁぁぁ!」と悲鳴が聞こえた。
「ジョルダーナ嬢が階段から落ちた。ウラリー、ちょっと行ってくるよ」
「あっ、うん!」
足首を押さえて蹲るエリザベートにラファエルが駆けつけ、立ち上がる為に手を貸している。
ウラリーも様子が気になってそちらに向かった。
「痛っ……あっ、申し訳ございませんラファエル様」
手を引かれた立ち上がる際にエリザベートはよろりとラファエルにしがみついた。
「いや、構わないよ。足首を捻挫した様だね…私でよければ馬車までお連れするよ」
そんなやり取りが聞こえた。
ウラリーは考えた。私邪魔だよね!どうするべき!と…
その結果、ウラリーはインファンティーノ家の馬車の横に立ちながら待っている馭者の姿を見つけた。
確かその横にあるのがジョルダーナ家の馬車だった。
そちらでは馭者と侍女がこちらの様子に気付き、駆けつけようとしている姿を発見した。
「お兄ちゃん、私は大丈夫だから。ジョルダーナ様を送って差し上げて下さい!後程ジョルダーナ家の方に馬車を向かわせますから。あの……では、わたくしはこれで。ジョルダーナ様お大事になさって下さい。」
「まぁ!ありがとうございますウラリー様」
エリザベートがそう満面の笑みで言うとラファエルが首を振った。
「ダメだよ。ウラリーを一人で帰すなんてとてもではないが承服できない。大丈夫、馬車にはジョルダーナ家の護衛も務まりそうな馭者が居るみたいだからね。男手は一人いれば十分だよ」
ラファエルのその声は否と言わせない、人を従える様な力があった。
迎えに来たラファエルを置いて帰るとなればラファエルがジョルダーナ嬢の馬車でジョルダーナ家に向かい、更にはインファンティーノ家の馬車をジョルダーナ家に向かわせてラファエルに帰って来てもらう、となれば結構な手間だ。
ラファエルは合理的な観点から馭者にあとは丸投げと言う答えを導き出したのかも知れない。
でも、出来れば、その……
隣に般若の顔で私を睨み付けてる方を良く見てから言って欲しかった。
出来れば…
空気読んで欲しかったよー!




