13、兄の婚約者候補
翌日は休日で、ピアノの演奏会にお呼ばれして私は明るいモスグリーンのドレスを着て馬車に乗っていた。
昨日、学園から帰ると兄はどうやら忙しい様で、休日に友人達と演奏会に参加しても良いか聞くとすぐに許可してもらえた。
珍しい。
そんな事を思っていると音楽ホールに到着した。
今日の演奏会は上級生の令嬢達が中心となり、演奏するようだ。
「うわぁ、すごい建物」
まっしな建物はまるで宝石箱の様に四方にキラキラと輝く輝晄石が埋め込まれた煌びやかな建物だった。
「まぁ、見て。あの方…すごい間の抜けたお顔で…品が無いわ」
さてクラスメイト達は何処だろうとウラリーが正面をむくと凛と美しい令嬢と目が合った。
チョコレートブラウンの艶やかな髪と意志の強そうな青い瞳の背の高い美女だ。
彼女は目が合った途端、蔑む様な嘲笑から不快感をあらわにした顔でウラリーを憎々しげに睨み付けて来いる。まるで宿敵にでくわした様な態度に流石のウラリーも先程の言葉が自分を指していたと理解する。
「ちょっと、エリザベート様聞こえますわよ」
エリザベート様とやらが先程の令嬢なのだろう。そしてエリザベートの友人らしきその少女は笑いを含んだ声でウラリーを睨み付けていた。
「別に構わないわ。あの方いつもラファエル様にベッタリで。ご自分の立場を弁えない態度が鼻に着きますの」
エリザベートがそう言えば他の少女が同意しだす。
「そうですわ。あの方、ちょっと勘違いなさってるんじゃなくって?」
「あぁ、自分がラファエル様と結婚出来るって?やぁだ。そんなこと有り得ませんのに」
くすくす笑う声に身が竦んだ。
「でも、エリザベート様はラファエル様の婚約者候補ですもの。口を出す権利がおありだわ。」
……婚約者候補……?
誰の?まさか、ラファエルの?
なんで─
「えっ」
そこまで考えて、ウラリーは自分がなぜそんな当たり前の事を。なぜと、信じられないことの様に思っだんろう。
そうだ。
養女の自分に婚約者候補がいるんだもの。
次期公爵であるラファエルに婚約者候補がいないわけ無いじゃない。
ホールの階段で呆然としていたウラリーはクラスメイト達に発見され、ホールの中へと連れて行ってもらったのだが。
演奏会も途中になって来た頃に漸くピアノの音色が耳に入ってきた。
花の世界がテーマの美しい曲
私も好きな曲だった。
有名な曲で弾き手によってその曲の世界は大きく違って聴こえる。
凛と美しい花の曲そのもので、決して弛むことなく空を見上げている。そんな花の世界が感じられた。
きっと素敵な令嬢が演奏しているんだろう。
そう思ってステージを見ると先程の令嬢、エリザベートが凛とした眼差しで演奏していた。
正確なタッチで、強く美しい花の曲を。
きっとこの方ならラファエルの隣に立ち、公爵となるラファエルを支えて行くことが出来るのだろう。
私はそんな彼等の邪魔にならないようにしなければ。
サイコなゲームだとか、乙女ゲームだとか、そんなのは私の中だけの認識なんだもん。
きっと兄はあのゲームみたいにサイコな人格にはならなかったのだ。
だって主人公に全く興味すら抱いた様子が無いし。
攻略対象者なんて勝手な事を一方的に思って怯えていた自分がとんでも無く身勝手な気がしてくる。
よし、攻略対象者だなんだと考えるのはやめだ。
兄も父、公爵様にもお世話になったんだもん。
ちゃんとお役に立つ様な結婚をしよう。
そしてラファエルが結婚相手を決めた時には私はいない方がいい。だって未来の夫の周囲に血の繋がらない義妹などいたら目障りで仕方ないだろう。
だから、早目に決めなくちゃね。
「ウラリー様、大丈夫ですか?何だか元気がない様ですけど」
ウラリーの右隣に座るマティルデが気遣わしげな眼差しで聞いてくる。
今日はウラリーは淡い水色と紫の二色使いのドレスで、マティルデはオレンジと黄色の二色使いのドレスを着ておりこのホールに来てからずっと二人は注目されている。
「大丈夫よ。マティルデちゃんありがとう!あんまりにも素晴らしい演奏だったから圧倒されちゃたみたい。」
「そうですか?わたくしはどちらかと言うとウラリー様が演奏される花の曲の方が好きですけど?」
マティルデがブスくれた顔をするものだからマティルデの隣に座っていたクラスメイトの令嬢、侯爵家のカーラ・フィスコンティスが笑いながら同意した。
「ふふっ、わたくしもですわ。ウラリー様の花の曲はうっとりしてしまいますものね。弾き手によってこれほどまでに違いが出るなんて驚きました。」
さほど広くない座席でクラスメイト達がそう言ってくれるがウラリーは有難い身内贔屓に苦笑いをするのだった。
演奏会も終わり、ホールから出て迎えの馬車を待っているとラファエルが馬車止めからやって来て手を振っているのが見え、ウラリーは驚きながらも笑顔を浮かべた。
だが─
「ラファエル様!!嬉しい!わたくしに会いに来てくださったのですか?」
背後から現れた令嬢、エリザベートの登場によってウラリーはあっ、と自分の勘違いに慌てて俯いた。
恥ずかしいわ!私ったら。




