セーブ01 転移しました
風が頬を撫でる。
ざあっと木々の揺れる音が聞こえ、はっと目を開く。
自分が今どこにいるのかを確認するため辺りを見れば、回想の一番最初に見た場所__綺麗な緑の広がる丘に立っていた。
手には手紙もある。
どうやら回想の一番最初の時期に送られたらしい。
改めて、自分の手や足を見る。
見事にギムレットのものになっており、高校生だった俺の影は消え失せていた。
転移ってやつかな、とのんきに考える。
心地よい風が吹いてくる丘。
ふと、意識が飛びそうになる前後の事を思い出す。
___そうだ。よくわからない精霊と出会って、バッドエンドとして幕を閉じた俺の人生をよりハッピーエンドに塗り替えるため、今ここに戻ってきた。
カトレアを殺した後、俺はどうなったんだっけ。
残念ながら記憶はない。自分の記憶なのに思い出せない、と言うか知らない状態なのはどこか気持ちが悪い。
そう言えば、意識が飛ぶ瞬間カトレアの声が聞こえた気がする。
何と言っていたのかは覚えていないが、寂しそうな声だった。
「あー…」
地味にまだ寝ぼけているような感覚が抜けきらない。
丘に寝転べば綺麗な青空が見える。
町から少し離れた場所にある丘なため、とても静かで居心地がいい。
カサ、と手紙が風で揺れた。
俺は思い出したように手紙を顔の上に持ってくる。
しっかりとした、高級そうな紙に綺麗に文字が連なっている。
やはり内容は回想の時と同じ物。まあそれもそうか。しかし、あの精霊は何かが介入したと言っていた。
どこにどう介入したのかはわからないがこれからは少し注意して辺りを観察してみよう。
「王都かー…」
ちょっと遠いんだよなーと一人ごちる。
王都のサラームの街は北にある。距離もそこそこあり、行くのにも一苦労なのだ。
いっそのこと、この話を蹴ってライラやカトレアを探しにこっそり旅立つと言うのはどうだろう。
そこまで考えて、それは無理だなと苦笑する。
王からの手紙など、表では依頼と言っているが裏では拒否権の無い命令なのだから。
前の俺__一周目とでも言おうか。その俺は行き先を決められてしまうと言う予想外の展開に不貞腐れて行く先々では最低限の調査しかしていなかった気がする。
今考えれば間抜けな話だ。
決められたとはいえ、行った事の無い地に行けるのだ。その先々でライラやカトレアたちの情報等は探そうと思えば探せる。
一周目の俺はどうやら荒みまくりの頑固者だったらしい。
そんな俺によくあの三人はついてきてくれたものだ。今回も一緒に行くことになったら少しは気にかけよう。
「なんだい、ギム。そんなところに寝っ転がって。風邪をひくよ?」
そこに、ラベンダーが声をかけてきた。
「おー、ラベンダー。」
ひらひらと手紙を振りながらラベンダーを見上げ笑えば、ラベンダーは驚いたように俺を見る。
なんだ、変なことをしたか、と内心ヒヤッとする。
「…あんた、この数十分で何かいい事でもあったのかい? それとも、この手紙かい?」
俺の隣に腰を下ろしつつラベンダーは俺の手から手紙を取り上げる。
ハッとした。
そうだ。この時期の俺ってライラとカトレアがいなくなりめちゃくちゃ冷酷になってた時期だった。
笑うなんてことはまずしない時期だったなー、と思いながらもまあいっかと結論付け、ラベンダーの問いを適当にかわす。
「気味が悪いねえ。
で、一体この手紙は…おやまぁ、こりゃあすごいね…」
欠伸をする俺を他所にラベンダーは手紙を読み目を丸くする。
記憶と回想合わせて三回目だなこいつのこの顔見るの。
「王から直々にご指名ってかなりすごいよな。
明日にでも王都に行こうかと思うけど、お前も来る?」
ひらひらと飛ぶ蝶を眺めながら何気なく聞いてみると、ラベンダーは次こそ声を失った。
「…あんた、とうとうおかしくなっちまったのかい? 変に拗らせたのかい?」
失礼な奴だ。
「お前は俺の事をなんだと思ってんだよ」
じとっと睨みながら起き上がれば、ラベンダーは眉間を押さえてうんうん言っている。
「とにかく、来るなら明日までに旅の準備しとけよ。
俺は王都に行ったらそのまま旅に出る。じゃあな」
うんうん言っているラベンダーから手紙を取り返し、立ち上がる。
「数十分前まではツンツンしてたのに…この数十分で何があったんだい…まさかカトレアの幻影でも見たってのかい…?」
何やらまだ失礼なことを言っているラベンダーを放置し、俺は明日の準備のために町へと戻った。
◇◇◇
元々緑に囲まれた町の為、町に戻っても澄んだ空気が迎えてくれる。
フランス風の町並みに建物は赤煉瓦を多く使っており、とても素敵な町だ。
しかし、俺はこの町がどうも好きになれない。
昔はそんなことなかったはずなのだけども。
誰一人として俺に声をかけては来ず、それを特に気にするでもなく俺は誰もいない家に戻る。
少し前までは、家に帰ればライラがいた。カトレアやラベンダーがいることもしばしばあった。
ガランとしたリビングに入ると、申し訳程度の生活の後がある。
確か、俺はこの時期まともに家の掃除や料理をしてこなかった。家に帰ってすらいなかったとも言える。
そもそも俺は料理ができない。近くの森や林にモンスターを殺しに行きその足で色々な木の実を採って来て食べたりとしていた。
今、この家をライラが見たらなんと言うだろう。カトレアが見たら呆れ果てるだろうか。
あのラベンダーにさえ「あんた、もう少し人間らしく生活したらどうだい?」と言われたのだから。
ぼんやりと考え事に沈んでしまった。
ため息をひとつ吐いて俺は旅の支度に取りかかった。
◇◇◇
次の朝、辺りは薄暗く町人はまだ夢の中と言う時刻。俺は町の出口に向かった。
そこにはすでにラベンダーがいた。
「よく出発の時間までわかったな」
言わなかった俺が言うのもアレだが。
ラベンダーは呆れたようにため息を吐き、
「そりゃぁ、あんたを手放したがらない大人たちの目を盗んで抜け出すなら朝か夜しかないだろう。
夜はモンスターが活発になる。あたいを連れて行く気ならその時間帯は絶対選ばない。なら早朝しか選択肢はなかったのさ。
ったくあたいはまだあんたの変貌ぶりを理解できていないよ」
やれやれと俺を見る。
流石幼馴染。こちらの考えはお見通しと言うところか。
お互い、重装備と言う服装ではなくいつも通りの服装。
荷物も本当に必要最小限だし、何か必要なものができたらその時どうにかすればいいと言う考えは一致している様だ。
「じゃ、行くか」
「はいよ。
…うん? ギム、その剣はなんだい? いつも使ってる剣じゃないじゃないか」
俺の後ろ腰に引っ掛けた剣を見てラベンダーは不思議そうに言う。
「何となくだよ。」
ラベンダーの言う通り、俺が今回持っていくのは親父の形見の剣だ。
いつも俺が使っている剣とは違うもの。
「ふうん。ま、いいさね。
言っとくが、あたいがあんたについてく理由はライラを探すためだからね。変に期待しないでおくれよ?」
歩きながらラベンダーが笑う。
相変わらずのライラセコムだなと思いつつもはいはいと聞き流す。
ラベンダーがライラを徹底的に探してくれるのなら、俺はカトレアを徹底的に探すかね。分担って大事。