レポート03 回想の終わり
旅が始まると回想はあっという間に終わった。
旅が始まるまでが本編かと言うほどに。そして、回想の途中途中がよく見えなかったり途切れていたりして全て思い出したはずの記憶も消えて行ってしまった。
◇◇◇
最初に向かったのはアサーティール王国の南西にある"アトラスの村"。
アトラスの村は水源に恵まれアピロ地方にある国々から重宝されている。
そこにいる「海竜様」と言うドラゴンがいきなり暴れ出したため今回の依頼と何か関係があるのではないか、と言う建前調査とそのドラゴンを鎮めてほしいと言う本音依頼でギムレット達は村へ向かったのだ。
回想はまず最初にそこで途切れ、次の回想はアピロ地方の南部の領土に広がる"チェス帝国"の北東に存在する"幻の谷"に向かう場面だった。
チェス帝国に行くためには未開の地や死の砂漠と言われ、アピロ地方の真ん中を東西に横断する様に広がる"地平線の外れ"と言う地を北南に横切るか、その地平線の外れを遮る様にアピロ地方のど真ん中に栄える"ぼたんの国"を通るかの二つのルートがあった。
勿論ぼたんの国を通るルートなのだが、ぼたんの国は小規模ながらもアピロ地方一栄え平和で楽しい国と言われる場所。
少し観光して行こうと言う仲間たちをガン無視して国を素通りしたギムレットには呆れた。自分なのだが、どこまで興味がないのか。自分なのだけど。
そして回想はまた途切れたのだ。
余談だが、地平線の外れに入るまでも苦労するのだ。
地平線の外れに入るには「火山地帯」「大草原」「樹海」「雷の降る山脈」のどれかひとつを必ず乗り越えなければならないのだ。
しかもその四つの場所には危険なモンスターと強力な精霊が生息しており、地平線の外れにも凶暴なモンスターがいると言われている。普段のギムレットなら喜々として入って行くだろう。
そうしなかったのはやはり「とっとと依頼を片づけてライラとカトレアを探したい」で頭がいっぱいだからだ。
途切れ途切れの回想。
進むにつれ一つの場面が短くなり、何をしているのか、どういう状況なのかわからなくなっていく。
時系列もばらばらになっているような、そんなぐるぐるとした回想は回想と呼べるのかも危ういものになっていた。
炎に包まれる美しい真っ赤な精霊。
酷く不快そうに細められた瞳でこちらを見下ろすドラゴン。
砂漠の中に立つ綺麗な銀髪を持つ中性的な顔立ちの青年。
悲しそうに笑うデーモン。
やっと見つけたのに、感情が抜け落ちたようなライラ。
何かを叫ぶエルフ。
何かに手を伸ばすラベンダー。
けたけたと笑うオーガ。
その場面は一瞬で消え、次の場面へと変わっていく。
それと同じように思い出した記憶もまたばらばらと崩れてわからなくなってしまう。
どす黒い赤に染まった場面が映し出される。
ラベンダーも、ジェットも、ナシュも、そしてライラも死んでいるところだった。
いきなり映し出され一瞬で消えていく。
俺はその速さと情報量の多さに何も考えられなくなっている。
ぱっと次に現れたのは、一番最初に見た光景。
"ゲームに出てくる城の中にある大理石の大広間の様な場所で、俺は人を殺していた。
女に馬乗りになり、その女の心臓に剣を何の迷いもなく突き立てていた。"
俺が、ギムレットが殺したのはカトレアだった。
なぜ殺したのか、思い出したはずなのに、知っていたはずなのに、わからなかった。
ギムレットがカトレアの心臓に剣を突き立てる瞬間、止めようと手を伸ばすが届くはずもなく、何もできずにその光景を見ていた。
カトレアがふっと安心したように笑い何かを言おうとした瞬間、目の前は真っ黒になった。
回想は、それ以上続くことはなかった。
何もわからなくなった俺はただ放心していた。
何故大切なカトレアを殺したのか、何故仲間は全員死に、大切な妹も死んだのか。
何故それを阻止できなかったのか。
ぐるぐるとそればかりが頭の中を回る。
周りの人々は死に、仮にも勇者になった俺だけが生き残っている。許されることなのだろうか。
ゲームで言うなら、これは「バッドエンド」だ。
止められなかったのか。俺は。
完璧なステータスを持ち、あんな性格の癖に仲間に恵まれた。
なのに誰一人として救えていない。勇者としてどうなのだろう。
脳は理解するのを拒んでいるのか、俺は涙一つ出なかった。
きっと無表情だろう。どこまで冷たいやつなんだと心の中で苦笑する。
そこで、真っ黒だった視界がぱっと明るくなった。