セーブ183 バグダンジョン
「人間の初心者ってだいぶ高レベルなんだね」
「そうだな」
やはりここは初心者階層ではなかった。
出てくるモンスター一体一体はそこらに転がっていそうなスライムだのを筆頭にゴブリンだのなんだのが多かったが、一体一体のレベルが桁違いだった。
俺やカトレア、空竜やスペードがてこずるレベルではないものの、間違って初心者が足を踏み込めば確実に死ぬ。そう言うレベル。
空竜が珍しそうにあたりを見渡すので、もう否定せず肯定だけを口にする。
否定するって体力必要だからな。肯定しとけばずいぶん楽。体力は全然問題ないが精神的体力の問題。
カトレアはため息交じりに俺を見る。そんな目で見るなって。
「どうやら階層がバグっているらしいな。
この前の一件で少々人工ダンジョンがおかしいとは聞いたが。成程こういう事か」
「次からはもっと早くそう言う事教えてねスペード隊長さん」
「善処しよう」
わはは、と楽し気に笑うスペードは絶対反省の色はないなとわかる満面の笑み。
だめだなこいつとため息を吐きつつ、スペードは戦闘になると案外身軽だと言うのがよくわかった。
ただ、攻撃の手段を持っていないのか逃げ回るだけ。その逃げ方も相手の足に負担がかかる様な逃げ方と言う器用なもの。
やはりA隊の隊長だけあって実力や頭は回る様だった。少し見直したらこれだ。損してるよな。でも、A隊の連中がこいつを隊長として認めている理由はなんとなくわかる。
適当の癖に何だかんだとこちらを見ている。危なくなればすぐに敵を攪乱するために走り出す。仲間思いな一面が見えた。
「どうやら、この階層はレベルが50前後の様だな。
確かにここに入るまでは初心者階層だったのだが…足を踏み入れた瞬間階層がねじ曲がって描き替えられたとでも言うべきか?
恐ろしいバグだな。立ち入り禁止になるわけだ!!」
「お前立ち入り禁止の場所に行こうって誘ったの!? 人を!? 頭大丈夫!?」
「なに。行かないと出られないんだ。仕方ないさ」
楽しいから問題ないと言うばかりに腕を組むスペード。前言撤回したくなりつつも、どうしようと辺りを見渡す。
「ちなみに、高レベルになればなるほどエリアのボスモンスター的なものも湧くらしくてな。
まあ、妥当と言ったところか? モンスター達も弱肉強食だろうからな。たしかここのボス、と言うか一番強いヤツはサラマンダーだったか?」
「遭遇しないように速やかにここを出よう」
もう面倒事は沢山だとため息を吐けばスペードはうーんと唸る。
「無理だと思うよ!」
そこで空竜が飛びついてきた。
なんだと受け止めつつ空竜を見れば、にっと空竜は笑う。
「ここまで暴れて殺しちゃったら、嫌でも相手は敵を排除しに出てくると思うもん!」
ド正論を笑顔で言ってくる空竜。容姿は可愛らいいが言う事がマッチしてないよな。と苦笑しながらそれもそうだなとため息を吐く。
「大丈夫だろ。ギムレットもカトレアも水属性だろう?
カトレアの方は水特化の様だな? 前はそんなはずなかったがまあいい。それに、レベルも高いしな」
スペードがちらりとカトレアを見ると、カトレアはふいと目を逸らしてしまった。
確か、カイが言ってたな。カトレアは水特化になるって。
そこでむわっとした空気が押し寄せてきた。
サラマンダーって確か火属性だよな。おでましかな、と熱が押し寄せてきた方向を見ると鋭い殺気も感じる。
「誰が前に出る?」
「俺が片づける」
スペードの問いにそう返せば、ぐいと手を引っ張られた。
なんだ、と振り返ればカトレアだった。どうしたんだ? カトレアはじっと俺を見つめたまま数秒動かなかったが、数秒後には熱の方に駆けて行った。
「ほー。一人でやる気か?
レベル的には十分だろうな。どうする? 追うか?」
いきなりのカトレアの動きに思考が一瞬停止した。
スペードの楽し気な声にハッとし、空竜をひょいと抱き上げる。
「当たり前だろ!!」
そしてスペードにそう叫んでカトレアの後を追う。
スペードはそんな慌てなくてもいいのにとばかりにからから笑ってのろのろついてくる。
慌てるだろう。
いくらレベル的に問題なくても、万が一と言うことがあるのだ。
カトレアに、万が一があってはならない。常に守れるよう傍にいなくては俺の方がおかしくなる。
この頃、無駄に俺の誘拐率が上がってカトレアと引き離されてしまうのが本当に頭痛の種なわけなのだが、多分誰も知らないだろうな。