セーブ182 人工ダンジョンへようこそ
「困ったな」
「困ったじゃないんだけど」
からからと腕を組んで笑うスペードに対して、俺はため息しか吐けない状態。
何があったかと言えば何もなかった。ただ歩いていただけなのだ。歩いていただけ。そう、ただ歩いていただけ。
スペードの言う通り確かにあの城の中は少々複雑な造りだった。だが、言う程のものではなかった。
しかしこいつは迷ったのだ。
色々な扉を開けてここも違うこれも違う違う違うを重ねて最後についた部屋は書庫だった。
色々な本が真っ黒の棚にぎっちりと押し込められ、薄暗い書庫。
違うじゃねえかと元来た道を引き返そうと思ったが、スペードは疲れてしまったらしく少し休むといい出した。
トトも、書庫に興味を持っていかれたらしくスペードが三人掛けの椅子で伸びている間に勝手に書庫を漁り出す始末。
布袋尊も面白がって本を漁り出すし夜月は興味深げに置いてあるインテリアを観察し始める。
カトレアは相当眠かったらしくスペードの伸びている正面の椅子に腰かけうつうつし始めその膝の上で爆睡している海竜。
空竜は相変わらず俺の腕を掴んでくっついて歩いていたので棒立ちの俺と共に棒立ちしていた。
で、だ。
書庫では流石に何も起こらないだろうと思った。だが起こるんだな。と言うか起こされたんだな。
この濃く何をしでかすかわからない面子を野放しにしている俺が悪いのだろうけども、流石に操り切れないわけであって。断じて俺のミスではないと信じたい。
「なにこれ」
「なんだろうねぇ」
事の発端はそんな布袋尊と夜月の会話。
何にでも興味を持ちそうな二人だし、どうせ珍しい本でも見つけたのだろうと放置したのが間違いだったか。
どうやら二人が興味を持ったのはレバーだったらしく、気づいたときにはすでにそのレバーは引かれていた。
「何が起きても大丈夫でしょ。引くに限る」
等とあのボンクラ神はほざいた。
そして待ってと言う俺の声すら無視して思いっきりレバーを引き下ろした。
ガコンと言う嫌な音が室内に響いたとき終わったと言う文字が俺の頭に浮かんだのは仕方ない事なのか。
「折れたけど大丈夫?」
夜月が面白そうに笑うのでハッと見れば、どんな力で引っ張ったのかは知らないがものの見事にレバーが根元からぽっきりご臨終しており、布袋尊の手に収まっていた。
「何これ脆いね。
あ、でもこれ杖っぽくて面白い。よく神様って棒状のもの持ってたしそれっぽく見えない?」
焦ることなく折れたレバーを振り回す布袋尊を一発殴るかと一歩踏み出した時。
ガコンとまた嫌な音がした。音とともに大きな歯車が回り出す音がする。
嘘だろ、と思う間もなく部屋が揺れた。薄暗い書庫から明かりが消え、真っ暗になった。
そして次目をあければ知らぬ場所。
土を固めてできた様な、そんな四角い部屋にいた。
明かりは蝋燭が数本灯されており、先程の書庫よりは随分と明るい。
あれだけいた人数が、俺と空竜、そして何故か海竜を連れていないカトレア、スペードと言う四人になっており、スペードが冒頭の様な事を笑顔で言ったのだ。
本当、困ったじゃないよ。困ったがレベルアップしてなんて言えばいいのかわかんないよ。
「ここどこだかわかるか?」
げっそりとスペードを見れば、スペードはまあなと笑い一つだけある気の扉を開く。
開かれた扉からは青い光が溢れだし部屋の外は随分と明るいんだとため息を吐く。
「ここは人工ダンジョンだな。
地下に戻ってきてしまったらしい。」
「人工ダンジョン!?」
なんで地下に戻ってきたし、と困惑しつつスペードの開けた扉の外を恐る恐る除く。
そこは別世界だった。
「人工ダンジョンはな、地下にあった宮殿の奥に作られた亜空間に存在するのだ。
その為広さや階層の制限がない。
人工ダンジョンは上に行く程レベルが高くなる。この先にある第一階層は最高レベルが10程度のモンスターしかいない初心者の階層だ。
そこからレベル5ずつレベルが毎階層上がって行き、最後はレベル100となるのだ。面白いだろう?」
「めちゃくちゃ楽しそう」
鍛えるには、持って来いの場所ではないかとわくわくしてしまう。
スペードはそれじゃあ行くかと張り切って腕を回している。
「いや、行くかなの? 戻るかじゃないの?」
確かに楽しそうだが、まずは一旦戻らないと、と言う俺にスペードは大丈夫だと笑う。
「そもそも、ここに地上に戻る魔法を使える奴がいるか?
ここから地下都市に戻るにしても、この部屋はダンジョンの奥にある休憩の間。第一階層は突破しない限り外には出られんぞ」
そういうことを先に言え、と思いつつもなんでこんなめんどくさいとこに飛ばされたんだと頭を抱える。
「何? もしかしてあのからくり作ったのジペイ? 放浪癖と戦闘狂でしょ? 仕事嫌になった時書庫で仕事してくるとか言ってここに来れる様に作ったりしたの?
そうじゃなきゃ誰が作ったんだよこんなアホみたいな場所に飛ばされるからくり」
「大正解だな。
いつだったか、放浪しすぎて怒られてしばらく戦いも放浪もできなくなった時期があったらしくその時に自棄を起こして作ったらしいぞ」
「俺らに原因があるけどジペイにも問題がありそう」
「この国は問題だらけだからな。おもろいしいいんだがな」
愉快そうに笑うスペードを無視して、空竜とカトレアを見れば、空竜はキラキラと興味津々に外を見ている。
カトレアは欠伸交じりに俺を見て外を見る。
会話の内容からか、これからどうするべきか理解したらしく先程買った手袋を装備替わりなのか付け始めている。
「…ダンジョンルールをお聞きしても?」
「最大四人でパーティを組み時間無制限、リタイア可能と聞いたが。
たしか死んだらそこで終わりだから命を失ったら自己責任とか言っとったよーな」
鬼畜だな、と思いつつもまあそんなもんかとため息を吐き、第一階層なら余裕で突破できるだろう。一応アサーティールのギルドでも高レベルと言われた気がするし。
「丁度四人だし、とっとと突破して戻るか」
「お、乗り気になったな?」
にっと笑ったスペードがでは行こうかと外に走って行く。
あのおっさんもしかしてただ単に遊びたいだけじゃね、と思いながらのんびりその後を追う。
空竜は若干興奮しながらくるくると外を走り回っている。
部屋から一歩出ると、青い光があちこちについている明るい部屋になった。
誰も居らず、明るい部屋の出口らしきところには頑丈そうな門がある。
「では、チームリーダーとロールを決めようか。
言い忘れていたが、このダンジョンはロールが必要だった。
リーダーはギムレットでいいだろう。ワイはデバッファーになるな。
ギムレットとカトレアとそこのドラゴンはなんだ?」
すらすらと勝手に決めていくスペード。口を挟んでも意味がないのでもうそれでいいよと流しつつ、カトレアは多分ヒーラー。
空竜はアタッカーだろうか。俺もアタッカーに振り分けられるだろう。
「ボク、確かにアタッカーだけどタンクってのもやってみたいから今回は防御向上させる!」
キラキラと楽し気に空竜が言うので、じゃあ本人も言ってるし空竜はタンクで、と言えばスペードはバランスが良さげだなと笑う。
カトレアに、ヒーラーでいいかと問えば頷かれたのでカトレアはヒーラーになった。
何か本当にゲームみたいなことになってきたな。
約二名やる気満々なのがいるし、すぐに抜けられるだろうと結論付けてスペードが意気揚々と開いた門の向こうを覗き込む。
薄暗く、若干血の匂いのするそのエリア。空気はぴりぴりとしており、あれ、これって本当に初心者階層? とスペードを見る。
スペードは気にすることなく進んでいく。
一応リーダー俺にしたなら俺のこと放置して行かないでほしいな。ゲームなら作戦会議とかあったのだろうか。
何事もなく抜けられるといいが、と思いつつスペードの後について行く。
カトレアは目が覚めたらしく珍しそうにあたりを見渡している。
地面は土で、壁は石でできている。
ゲームのように複雑に道が入り組んでいるが、どうもおかしい。
このエリアに満ちている殺気が濃く、血の匂いも鼻につく。
ここは本当に初心者階層なのか? 絶対違うと思う。