セーブ178 神様達の事情
「そう言えば、なんでお前狐の形取ってたの?」
「唐突だネ。」
はたと気になったことを直球で問えば、布袋尊はけらりと笑う。
なんだったかなと記憶を手繰り寄せる様にうーんと唸る。
「京都の伏見稲荷神社」
「は?」
「オレ、あそこによく遊びに行ったんだよネ。
その名残かな」
「京都」
「日本を知ってるなら知ってるんじゃないかと思ったけど知らない?」
まさかこの世界に来てから京都の名を聞くとは思わなかった。
思わず固まってしまった。
「京都の伏見稲荷神社ってね、びゃっこさんって言う白狐が神の使いだったんだよネ。
その白狐の中にちょっと知り合いがいてネ。結構仲も良かったし、動物の形をとってる使いの知り合いってそいつだけだったんだよネ。
だから無意識でそいつの形を取ったんじゃないのかな」
そんな俺を無視してぺらぺらと説明してくれる。
俺はそう言った神社関係にはことんと興味がなく詳しくはないが、京都の伏見稲荷神社に白狐が多いのは流石に知っていた。
「あれだっけ、千本鳥居とかお山巡り?」
「なんだ、知ってるじゃん」
朱のトンネルがすごいってのくらいしか知らない。
行った事もないし、写真で見た程度だ。ただ、なんかすごいってのをよく覚えている。
「偏見だけど、神様って出雲大社とかに集まるものかと思ってた」
「ああ、人間ってどっかの月に神様が出雲に集まるとか言ってたんでしょ? 覚えてるよ。
でもちゃんと集まったのは最初の方だけ。あとは真面目なやつしか行ってないよ。だって面倒くさいもんネ。大黒は律儀に行ってたみたいだけどネ。」
適当だな、と苦笑すれば、そんなもんだよと布袋尊は笑う。
「八百万が集まってみなよ。話なんてまとまらないし宴の始まりだよ?
会議しに行ったってのに酒の匂いしかしない場所に成り代わっちゃうんだよ。
人間も、人数が多いほど話がまとまらないでしょ? 神様も同じなんだよネ。
ああいうのは、真面目に話し合いをしようと思ってるやつだけで話し合えばいいんだよネ。オレなんて一回目で飽きちゃったもん。
名前しか知らない神がわんさかいてさ。神酔いしそうになるよ。だって八百万だよ八百万」
しっかりしろ日本の神、と言いたいところだが、日本らしいなと思ってしまうのは何故だろう。
「あと面白い話するとね、日本とかアメリカとか、世界からそう言う国っつー概念が無くなってから神様の間で結構いざこざあったんだよ。
日本の神にキリストだのイスラムだの…日本の神は基本ウェルカムなんでも来い来る者は拒まず去る者は追わず思考なんだけどさ、キリストとかなんて他の神は許すまじ滅ぼすべし戦争だ戦争だであれよあれよと神同士で戦争起きたんだよネ。あれは滑稽だったよ。まるで人間だって感じ。
そもそも、神様にも種類がありすぎるんだよ。
例えば日本の神は基本見守るだけ。手は出さず欲の為に人をどうこうしない。
キリストの場合は歯向かう者は皆殺し。
ノアの箱舟だっけ? あれにはびびったよネ。たかが人間の為にあんな大罪犯しちゃってまあまあ。一時期あの事件起こした神は笑い物だったよ。名前は知らないけどネ。」
逆に日本の神は引きこもったりあーだこーだで神様も人間とあんまり変わらないよネ。と布袋尊はけらけらと喋り続ける。良く喋るな。
「布袋尊は、キリスト教が嫌いか?」
「いや? ぶっちゃけ面白いしそう言う虐殺殺戮の時は呼んでよって思ったよネ。
そんな面白いことするなら人間の中にいくつかお気に入り作って死に際の顔見たかったよネ」
神にあるまじき発言。どうなの、と布袋尊を若干引き気味に見れば、布袋尊はけらけらと笑う。
「結局人間が信仰していたのはそう言った神って言う一つの概念じゃなく、宇宙の法則に過ぎないんだよ。
東から日が昇って西に日が沈む。当たり前のように訪れる四季。絶妙な距離で存在し続ける太陽に地球に月。そんな偶然とは言えない奇跡が重なり合ってできているこの世界の法則を人は神と呼ぶ。
でも、あやふやすぎて形が無いものを恐れる人間が手近に作ったのがオレら神様って言う人間に馴染のある人の形や動物の形をした何か。そう言う話だよ」
じゃあお前ら神様って人間に作られたって事か、と混乱しつつ続きを促す。
「オレらは元々存在していたよ。人の形としてじゃなく、そう言った法則の一部としてネ。
人の強い願いや信仰のせいでその一部に個性的でエッジの効いた力が宿って人の望む形に変化しただけ。
信仰が薄れると神が消えるとか世迷言をほざくやつもいるけど、それは間違っている。いや、人間から見たら確かに消えるんだけどそれはただ元の場所…つまり法則の中に還るだけであって消滅するわけではない。
人に願われ望まれ形を持ったものは、役目を果したら元の法則の一部に戻りまた願われるまで遊んでるだけさ。
人間ってなんでこうもくだらない事ひとつひとつを深刻に捉えるんだろう。だから早死にするんだよ」
願いによって、神にも種類ができる。日本人に願われれば日本神になってアメリカ人に願われればアメリカ神になる。神様にも神種ができるんだよネ。種類を与えた人間に似るから神様も争うんだネ。他族嫌悪? 同族嫌悪? どっちにしろ面白いよネ。と布袋尊は呑気に笑う。
色々聞いていい話なのかわからないことを聞いた気がする。
なんにせよ、俺が思っているほど神様は厳しくないらしい。この世界の神様がハックと言った時点でそこまで厳しいとは思ってはいなかったが。
「オレの取っていた形から随分と話が逸れたけど気は済んだ?」
「それはもう…」
「ならよかったネ。」
布袋尊はさて、と伸びをして俺を見る。
「仲間を探さなくていいの?
なんだっけ? 月の化け物と一緒にいたよネ?」
「ああ、夜月?
探すも何もここがどこかわからないので何とも…」
「向こうから来るとかは思わないの?」
きょとんと布袋尊が俺を見るので、来るも何もここがどこかわからないから何とも言えないと返す。
布袋尊はうーんと唸って、まじまじと俺を見る。
「仲間を酷く信頼してるようにも見えたけど、案外あっさりしてるんだネ。
助けを求めすらしない。しても口に出さない。その割には根は強い。珍しい性分の勇者だネ」
「強欲なんで」
「強欲くん、それ言えば全て流せると思ってる節あるでしょ?」
「ありますね」
白い草原を見渡しながら、布袋尊の言葉を流す。
ここまで白い草原は見たことないし、白い葉だんてそこらに生えていないから多分ここはまだ神様の空間だろう。布袋尊もいるし。
「で、ここどこ?」
「うんうんそう言う自己中心的なところ好きだよ」
「ありがとう。
ここどこ?」
「ここはネ、癒しの草原」
癒しの草原。まんんまな名前だな。俺の体力や怪我が回復していたのもそのせいかと納得しつつ
回復の草原かな、とか思っていたしほぼほぼ当たっていたらしい。
「お前が連れてきてくれたのか?」
「そうなるかな。
憑きが落ちて神に戻れたから、戻してくれた強欲くん引きずって歪みの中から出てここに落ちたかな」
「俺の扱いが雑」
「狐のままだと体毛が毒だからさ。あの姿になると力がコントロールできないんだよネ。」
まあ、担ぐこともできたんだけどオレもまだ全快してなくてネと悪びれなく笑う布袋尊。
なんにせよ、助かったのは事実だ。
「成程。命の恩人って事になるな。ありがとう」
「お互い様だネ。これでお互いチャラネ。」
礼を言えばひらっと手を振られる。軽くて助かった、と内心安堵しつつ、じゃあ俺は夜月探そうかなと歩き出そうとする。
布袋尊はそんな俺を見てからから笑う。
「ここが危ない場所って知ってて探しに行くってのも面白いネ。
オレから離れたらひとたまりもないよ」
「大丈夫。なんとかなる」
「それで死にかけてたら世話ないネ」
布袋尊の言葉に一瞬足が止まったが、再び歩き出す。
布袋尊は楽し気に笑いながらついてくる。
「なんでついてくるんだ?」
「やあ、暇つぶしにはいいかなって。」
「お前もしかしてずっとついてくる気?」
「飽きるまではネ。」
俺ってなんでこう言うのに好かれるんだろう。頭痛を覚えながらふらふらと歩けば、布袋尊は何もそんなショック受けなくてもと笑う。
「久しぶりに正気に戻れて、しかも七福神って言う肩書が無くなったんだよ?
これは遊ぶしか」
「お前お気に入り見つけたら即刻俺の傍から離れてな?」
「強欲くんの心折ったら離れてあげるよ」
「その前に俺への興味を枯らしていただきたい」
「本命ができたら少しは変わるかもネ?」
「はよ本命作れ」
「そんなにオレが嫌い?
いいネ。嫌いな奴に心折られて嫌いな奴にしか縋りつけなくなる状態を作るの好きだよ。
どんと嫌ってどうぞ」
「お前性格悪いよな」
「褒め言葉だネ」
こう言うのとほどテンポよく会話が進むのは何故だろう。とっても解せない。
からから笑う布袋尊を無視しながら草原を歩く。草原は終わりが見えないほどに広い。一刻も早く夜月と合流してこのキチガイ神の相手を任せたい。
と、言うかこのまま行くと俺のパーティって罪人の勇者に元人間かつ人間の脅威だったラスボスのモンスターに精霊王、海の精霊にドラゴン×2、秋のデーモンに砂漠の化け物、そして元七福神のキチガイ神と言う頭のおかしいパーティになってしまう。
ラベンダーと再会したら確実に絞められる、と寒気を覚えつつ、その前にジペイ探さないとなと痛む頭を抱える。
「強欲くん、苦労してるネ。」
「おかげさまで」
楽し気に俺を見て笑う布袋尊をぎろりと睨みながら皮肉を口にするも、布袋尊にはノーダメージらしい。
さて、これからどうなることやら。できれば考えたくないな。