セーブ175 瘴気の中で
「どういう事!?」
「いやぁ、光のピアス、だっけ? それは元々白十字のアダムの持ち物だし、カトレアの付けている闇のピアスだっけ。あれは紅のイヴが持っている物って記憶があるけど、その記憶がいつのものかわからないからルールが変わったのかもねぇ。」
歪みが近づいてきているのに、気は完全にピアスの方に向いている。
夜月の言っていることがマジならば、いやマジなのだろうけども。確実に何か十字絡みであるじゃないかと脱力する。
若干遠くを見つめつつ、もしかして最初から自分から面倒事に足を突っ込んだんじゃ…とため息を吐く。
「主人公は、面倒事がないと主人公にはなれないからねぇ。
面倒事を重ねて主人公は本当の主人公になる、だっけなぁ。いつだったか、そんな言葉を聞いたけど知ったこっちゃないって話だよねぇ。
主人公だろうが何だろうが、人間なら面倒事なんて避けたいし、できれば甘い方に逃げたいものねぇ」
夜月がからからと笑う。笑いごとか。
そこでタイミングがいいのか悪いのか、歪みが随分近くまで迫ってきた。
夜月がひとつ尾を揺らし、
「じゃあ細工を仕掛けるけど…」
とこちらに声をかけてくる。
わかった、と返事をする前に歪みがゆらりと揺れた気がした。
なんだ、と思わず歪みを凝視する。夜月も何かを感じたらしく歪みを怪訝そうに見つめる。
途端、歪みがぐにゃりと曲がり見覚えのある真っ白が視界を覆った。
引っ張られるように、引きずり込まれるように歪みになすすべなく吸い込まれる。
「あらまー」
呑気な夜月の声がした。
あれ、この中って瘴気でやばいんじゃなかった? もっと慌てても良くない?
◇◇◇
少しだけ息苦しさを覚えて目を開けた。
既に視界には白はなく、ぼんやりとした何もない空間が視界に飛び込んでくる。
ここはどこだろう。
「あー……なんか歪みの中に引きずり込まれたような……」
くらくらとする頭を抑えつつふらふらと立ち上がる。
ぐらりと視界が揺れて片足が立ち上がらない。
おかしいな。なんでだ。
力を入れて普通に、いつも通り立とうとしても足に力は入らず立ち上がることはできない。
「……そっか、ここって瘴気の中なんだっけか」
毒でも回ったか、と苦笑する。
このくらくらする視界も瘴気が原因と思えば頷ける。
さて、どうするか。
このままだと死ぬ気がする。
最後に聞こえた夜月の声は焦ってはいなかったし大丈夫だとは信じたいが死ぬ気がして仕方がない。
ここで死ぬわけにはいかない。
ここで死んだら死に切れなすぎる。
「ええと、憑き神を殺せばいいんだっけか」
回らない頭の中にある目的を忘れないように言葉にする。
あの白の憑き神はどこに行ったのだろう。じわりと滲む視界には映っていない。
ため息を吐こうとして咳が出た。
咳と共に血も出てきた。
うん、やばい。
やべーよ。と思いつつもやけに冷静な自分に少々戸惑いつつどうしようかとその場に胡座をかく。
瘴気って、もっとこう目に見えるのかと思ったが見えはしない。
もしかしたら今の俺には見えないだけで本当は見えてるのかもしれない。
なにせ、今の俺の視界は砂嵐が発生しているような最悪なもの。
ぐわんぐわん視界が揺れて思考もまとまらない。
毒状態になったことがない俺的には新鮮な感覚。
「毒耐性を気合いでつければ乗り切れるかもな」
無茶苦茶な思考に走りつつも、できそうなことはそれだけだ。
深呼吸して目を開く。
深呼吸などしたらさらに毒が回るかもしれないが今の俺はそこまで考えることができなくなっている。
「気合い。気合い」
タイミングを計るように呟いて、目を開く。
そして力の入らない足に無理矢理力を入れてジャンプするように立ち上がる。
足が地に着いたと同時に走り出す。
よし、動けた。
無理矢理動かした体なためいつまで動くかはわからない。
なので、とっととここを出ようと思う。
どっちに行けばいいのかなんてわからないが勘で走る。
じわじわと視界の端が黒くなる。
視界が真っ暗になる前にとっととここから出なくては。
視界が真っ暗になったらきっとそこが俺の最期だろう。
等と少々物騒なことを考えつつどちらが出口かもわからない、そして出口なんてあるのかすらもわからない空間を走った。
ここでは多分カイすらも呼び出せないだろう。
そう言えば、精霊と神様ってどっちが上なんだ? 確かこの世界は精霊が創ったとか聞いたような…。
じゃあ神様ってもしかして精霊? じゃあクリアネスとかどうなんだ?
と若干変な思考になりつつも足は動かす。
びりびりと嫌な痛みが体に走るが気にしない。
さて、俺は生き残るのか、死ぬのか。
主人公なら生き残るだろうが、この場合はどうなのだろう。