セーブ152 先輩主人公
「元の世界に戻っても、オレの事は何もわからないと思うよ?
あのオレは今のオレの事なんて知らないし、自分が何をしたいのかもわかってないマヌケだからね」
「びっくりしたぁ!? お前なんなの!? お前と言い夜月といいクリアネスと言いちょっとやばそうなやつって本当にいきなり出てくるのな!?」
「あははは、ギムってば元に戻っちゃってる。まあいいか」
空竜が元のドラゴンの姿に戻ったのと同時に、俺の目の前に久しぶりに見るハックの姿が映った。
シェムハザの時の服だったため、真っ黒で一瞬何か分からなかった。
理解できない状態でいきなり喋り出されたので本当にびっくりした。
ハックの存在に気付いたらしい空竜は恐ろしく低い唸り声を上げている。本当に嫌いなんだな。
クリアネスは少し驚いたように笑っている。
「タイミング的にはすごいいい時に来てくれたけどその前に一ついいか?」
けらけら笑うハックに声をかければ、なあにと目を細められる。
特に大したことではないが、ずっと決めていたこと。
「一発殴らせて」
「ごめんわけわかんないかも。まってマジで殴る気? やめてよね身に覚えがなさすぎる。」
◇◇◇
「マジで殴らなくてもいいじゃん!? 神様相手に何してくれてんの!?」
「いや、説明もなしにカトレアの事モンスターにしてくれたからさ。本当なら首たたっ切りたいけど聞きたいことがあるから」
殴ってはみたが、見事にダメージが入っていないのがよくわかった。
ハックもなんなの!?と悲鳴を上げているが特に痛そうではない。こいつの防御力どうなってるのかな。結構思いっきり殴ったつもりだったが。
「この世界って、一体何なんだよ」
ひんひんしているハックをスルーして質問を投げれば、ハックはこの状態で質問する?と俺をまじまじと見る。
しかし飽きたのか、ひらと手を振ってそうだね、と少々考える。
「オレに都合のいい世界、かなぁ。そうとしか言いようがないって言うかね?」
「お前に都合のいい世界?」
神様なんだから当たり前では?とも思うが、神様の思い通りに人が動くわけもないか。
この世界はハックの思い通りに事が進むのだろうか?
「基本的に、この世界にいる生き物や命はオレの思い通りに、オレの利益になる様に動くんだよ。
でもね、ギムみたいな主人公は別。ある意味で、オレの天敵であり最高の女王蜂が主人公ってわけ。」
女王蜂、と言われて少々違和感を覚える。
「まあ、今その事についても今ひとつわからないだろうし、理解なんてできないだろうから教えないけど。」
けら、と笑いハックは次の質問はなんだとばかりに笑う。
前から思っていたがこいつは本当に策士だよな。
「この世界と俺のいた元の世界は同時系列に並んでいるのか? それとも並行世界? それとも空間自体が違うよくありがちな異世界?
同時系列に並んでいるのなら、時系列と元の世界にいたお前の事を教えてくれ」
「多いね。とは言え答えるのは二つか」
ハックはうーんと少々悩んで、言葉が見つかったのか一つ咳払いをする。
「今はまだ同時系列に並んでいない。異世界に近い状態。
ただね、ギムがゲームオーバーすると同時系列に並んでこの世界はギムがいた世界の未来になる。つまり、ギムのいた世界は滅ぶ。
ギムと同じ世界に人間のオレが居たのは、そうだなぁ、まあ同じ時代に生きてる人間だからかなぁ。
と、言うかギムに深くかかわっている人たち全員、ギムと同じ時代に生きてる人たちだよ。」
「まじで?」
「心当たりくらいあるでしょ?」
確かに、キンマらしき青年もいたし…次に戻ったらちょっと探してみよう。
にしても、本当にこの世界は俺の行動次第で未来になるのか。それは避けねばならない。
「でもまあ、未来になった所でリセットして別の主人公見つけるだけだからあんまり気にしなくていいよ。
ただし、ギムもその他の連中も全部オレの駒になっちゃうけどね。簡単に言うとこの世界の住人になっちゃうよって話」
「絶対嫌なんだけど」
「皆そう言って住人になっちゃうんだよね。
良い線行ったのは二人くらいだったよね。ま、その二人ももうこの世界に囚われちゃってるけど。
骨のある三人目の主人公、頑張ってね」
前にも聞いた様な台詞を言ってハックは笑う。
「囚われたら主人公だった時の記憶はなくなっちゃうけど、今この世界で元主人公で記憶があるのが一人いるから会うといいよ。
元の世界に戻るのも勝手だけど、先輩主人公に会ってもいいんじゃない?」
「お前、そんな自分に不利なことほいほい教えていいのか?」
「やだなぁ、今のギムも含め今この世界にオレに傷をつけられる奴一人もいないよ? 蟻相手に砂糖撒き散らす感覚だよ」
随分な言われようだな。絶対見返してやると心の底でそっと決意しつつ、その元主人公って誰だ? と問えばハックはあれ、気づいてなかった?と驚いたように俺を見る。
「ああ、でもまああの時のギムはカトレアのお嬢さんしか見てなかったし無理もないかな。
チェス帝国のKing、ジペイだよ。あいつはそこそこだったよ。まあ、さくっと殺しちゃったけど」
言われてそう言えば、ジペイはハックの事嫌ってたなと思いだす。
主人公時代を思い出したからあんだけ態度に出ていたのか。それっぽい発言もしていたし、やっと謎が解けた気がする。
「ま、そう言う事で。オレはもう行くね。
メイリーのことそのうち迎えに行くからまたね。」
勝手にスカッとしていると、ハックのそんな声がした。
いや、待て、と思ったがハックはひらひらと手を振っている。あの調子じゃあテレポートされて終わりだなと若干諦めの念が出た途端、空竜の鋭い爪がハックの頭上に光った。
え、と思う間もなくその爪はハックに向かって振り下ろされる。
ハックはすぐに察したらしいが、のんびりとそれを見ているだけだった。
一瞬の出来事のはずなのに、やけにその光景がのんびり見えた。
次に映るのは、血か、それとも土煙か。