セーブ10 海竜とカトレア
「いつ? どうして? どこへ向かった? 何か言っていたことは?」
畳みかけるように質問すれば、ラベンダーは呆れたように俺を見る。
「落ち着きなよ。
どのくらい前かははっきりとしないが、二年前かそこららしい。ここへ来た理由もどこへ向かうのかとかはいっさい言わなかったらしい。
ただね、常にではないが、時々デーモンと一緒にいるのを見たと聞いたよ」
知らず知らずのうちに手に力が入っていたらしい、カイの苦しいわ馬鹿者!!と言う声でハッとする。
「デーモン? 脅されてでもいたのか? いや、もしカトレアの意思で共にいたなら? なんでだ?」
混乱する頭でラベンダーを見れば、
「あたいに聞かないでおくれよ。少し落ち着きなよ。全く本当にカトレアの事になると落ち着きがなくなるね」
杖でバシッと叩かれる。
「…悪い」
ため息を吐きながら座りなおす。
とりあえず、そのデーモンとやらはぶち殺して吊るす。
デーモンは人の心に付け込むのが得意と聞く。もしカトレアの心に付け込んだのなら簡単に楽にはしてやらない。
二年前と言う事は町から出て行きそんなにしない時期だろう。
短期間で何があった? そもそも、何故町を飛び出した?
何故何も俺に話さずにいなくなったのだろう。
『人の気持ちなんて、その人しかわからないでしょう』
カトレアがいなくなる前日の夜、そう吐き捨て俺を突き飛ばした彼女は、何故泣いていた?
泣いていたくせに、やけに静かでただただ寂しそうなその声色を俺はよく覚えている。
俺の脳内は記憶を引っ掻き回し、何故こうなったのかをぐるぐると考える。
◇◇◇
「ダメだね、こりゃ、完全に意識が飛んじまってる。」
ぺしぺしと考え事に耽ってしまったギムを叩いてみるが、まるで反応しない。
昔からこうなのだ。ギムはカトレアの事になると周りが見えなくなる。
見えているのは、カトレアだけだろう。
本当にいい弱点だよとため息を吐きつつ、置いてけぼりを食らっているお二人さんを見る。
「悪いね。こりゃあしばらく使い物にならない。
あたいたちだけで進められるところまで進めようか」
声を掛ければ、
「そうですなぁ。旦那は本当に、何と言うか面白い方ですなぁ」
「…その、カトレアさんと言う方が弱点と丸わかりで少々心配ですが…。まぁ、一直線になれると言うのはいい事かと思います。」
面白そうにギムを見るジェットとため息を吐くナシュ。
悪いね、と返し、さてどうするかと思考を回す。
「おい! ちょっと待て!! そのカトレアと言う女の事を俺様にも教えろ!!」
そこで海の精霊…カイとやらが叫ぶ。
「おやまぁ、ギムの考え事でも覗けばいいんじゃないのかい?」
ギムに掴まれたままのカイににやっと笑えば、カイはそっぽを向く。
「今のこいつの思考は俺様にはわからなすぎるのだ!!
カトレアと言う女はこの勇者の幼馴染程度しかわからん!!」
「幼馴染。それだけさね。
よかったね、カイ。全部わかったじゃないか。」
正直、あたいもこの二人がどう言った関係なのかはっきりはわからない。
相棒? 親友? 幼馴染? どれも当てはまる様で当てはまらない様な二人の関係。
かと言って綱渡りをしているような関係ではない。
「面倒な関係なんだよ」
わけがわからんと言うカイの視線にそう返し、これからどうするかの話に戻そうと試みる。
「まてまてそうじゃない!!俺様が聞きたいのはその女は何故あの海竜と話せたのかが知りたいのだ!!」
しかしカイのぶっ飛んだその一声であたいらはカイに視線を集中させる。
「どういうことでさぁ? 海竜はそんなほいほいと人と交流するもんじゃねえんじゃなかったですかい?」
「わたしも、詳しく聞きたいのですが」
「俺様が聞きたいとあれほど!!」
疑問が飛び交う中で、
「ちょっと俺海竜絞めてくる」
ギムがふらっと立ち上がりながら当たり前のようにそんな事を言うのでその場は更にうるさくなった。
◇◇◇
「いいじゃんか。俺が海竜絞めればこの村は平和になんだろ?
ついでにちょっとお話してくるだけじゃん? もしかしたらあのエルフの事とか闇属性云々の話わかるかもしれないじゃん?
それより俺はカトレアについて洗いざらい吐かせたい。」
「最後が本音だろう馬鹿なのかい!?
相手は海みたいなもんなんだろう!? 何の準備もなしに何ができるって言うんだい!」
部屋の出口をふさぐようにラベンダーが立つので外に出れない。
俺はとっとと海竜鎮めて話を聞きたいのに。
カトレアと話せたと言う事は俺とも話せるはず。
「落ち着いてください。
わたしも色々聞き込みなどしてみましたがまだ目ぼしい情報は何もないのです。
功を急ぎすぎてもどうしようもないかと」
「あっしも村について色々調べてみましたが、そのカイの言う話のほんの一部でしかなかったんで何もわからないと同義でさぁ」
ナシュとジェットが俺を見てそんな事を言う。
ため息を吐いてその場に座れば、
「全く本当に落ち着かなくなるね」
ラベンダーが呆れたように俺を見下ろす。
「おい貴様! カトレアと言う女はなんなのだ!?
何故海竜と話せたのだ!! 答えろ貴様!!」
ばしばしと俺の肩にぶら下がり頬を叩いてくるカイ。
うっとおしいったらありゃしない。
「俺が知るかってんだ!!
そもそも俺の知ってるカトレアはモンスターなんぞに好き好んで近づいたりしねぇよ!!」
「なぜ怒る!!」
「怒ってねえ!!」
「怒ってるだろう!!」
ぎゅむっとカイを掴み、カトレアを見たならそのすべてを話せと圧をかける。
「だから俺様は遠目にしか見とらんわ!!
いきなり貴様の記憶にちらついた小娘がこの村にふらりと来て、海竜と先ほどの崖で話していたのだ!!
デーモンとやらの気配はあったが姿は見えんかった!!
俺様も高貴でそう簡単に人間に話しかけはしないので放置したまで!!」
「放置すんなや」
やはりあの崖には何かありそうだ。
日が沈む前にもう一度行っておきたい。
「話にならねぇ。
俺はもう一回あの崖に行く」
立ち上がれば、ラベンダーはやれやれと俺を見上げる。
「あたいも行くよ」
「あっしもお供しまっせ」
「ではわたしも」
三人も立ち上がる。
別に面倒なら来なくていいのにと言えば、
「今のあんたは何をするかわかったもんじゃないから監視だよ」
ため息交じりに言われた。