セーブ142 鬼が出るか蛇が出るか、それとも別の何かが出るか
「結局どこをほっつき歩いておったのだ!?」
助け船よろしくカイが叫んでくれたので、内心感謝しつつどう説明しよう、と夜月を見る。
夜月は肩をすくめて笑った。
「俺が見た限りだと、ギムはどうやらぼたんの国の地下に落ちて春の森まで流されたみたいだよ」
セーブ云々の事は省いて、夜月がカイに笑った。
カイは怪訝そうに、何故貴様が知っておる? と夜月に問う。
「まあ、俺ってそう言う事知ってて許されるポジションでしょう?」
からからと夜月は笑ってうまくそれを流した。
カイは不満そうに顔をしかめるが、深くは追及しなった。こいつ、この頃俺に似てきて肝心なところ追及しなくなったよな。
俺と契約してるから俺の悪影響でも出てるのかな。
「そう言う事で…。
ぼたんの国の地下が光る水で溢れてるとは思わなかったよ。カトレアが見たら喜びそうなくらい綺麗な場所だったぞ。
カトレア、そろそろ手首放してくれないか? トトのことは悪かったよ。あんまり面倒くさいから好きにさせたんだけど、まって、痛い痛いごめんって」
嘘を言ったところで悪化するし見破られるのがオチなので正直に話せば悪化した。
これって悪化以外の選択肢なかったんじゃ…と思いつつそろそろ手首折れるなと悟ったところで、きゅいと海竜が鳴いた。
いつの間にかカトレアの足元に移動してその場にてん、と行儀よく座っている海竜は俺とカトレアを見上げて、そして空竜を見る。
威嚇こそなくなったが、まだこちらを警戒したように睨んでくる空竜に何かしろと言う事だろうか?
海竜のおかげで俺の手首は解放されたので感謝しつつ、どうしろってことだ? とカイに訪ねれば、
「うむ…どうやら空竜を宥めろと言う事らしい。」
「陸海空を司るドラゴンは、人とも話せますからね。宥めてから話してみるのもありでしょう。
確か、神様について聞きたいのでしょう?」
腕を組むカイに続いてクリアネスも口をはさんでくる。
ああ、そうだ。空竜を助けた理由がハックについてだった。
トトにうまく丸め込まれたのは理解しているが、ちゃんと用事があったんだった。
恐る恐る空竜に近づけば、ぐる、と低い声で唸られる。これ以上近づいたらまた威嚇が始まって最悪噛みつかれるな、と思いながら、さて今の状態で言葉が通じるだろうかと少し考える。
「…なあ、お前ハックって言う銀髪の悪魔みたいな性悪の嫁バカキチガイ神様の事知らない?」
「ねえギム。色々話を盛りすぎじゃないかい?」
向こうの世界に戻った印象も追加されているため、少々言いすぎた感はあるが別にいいだろう。このくらいは許される。
夜月の呆れた声を無視して空竜を見上げれば、全く話を聞いていない様な瞳と目が合う。
「通じてないな」
期待はしていなかったが、どうしようか、と海竜を見れば、海竜はきゅいきゅいと鳴いて頑張れとでも言う様に俺を見上げる。
頑張れと言われても頑張りようがないよな、とため息を吐いたところで、何か感じた。
「…上?」
巨大なエネルギーが、上から降って来るような感覚。
水の盾を上に打ち上げる様に展開すれば、直後水の盾は弾け飛んだ。
「今のギムより巨大な魔力の持ち主が、的確にこの場に攻撃を落としたんだねぇ。
今ので相殺、か。ギム、今の水の盾は全力かい?」
面白そうに、夜月が空を見上げながら笑った。
呑気だな、と思いつつ状況が理解できたので良しとする。
「いや、ノリで展開したけど。
多分、次は弾ける。」
「だろうねぇ。なら問題ないね。」
俺の答えに満足そうに頷いた夜月は隣に居るクリアネスに君の契約者はすごいねぇと笑った。
クリアネスは当然ですとばかりに笑う。なんだろう、あの二人。俺の事馬鹿にしてるのか認めてるのか今ひとつわからない。特に後者の腹黒野郎。
空竜は今の事に驚いてしまったらしく、また威嚇を始める。
空竜よりも、俺は今の魔力の方に興味を持っていかれたため空竜を放置して、今の魔力の持ち主は誰だろう、と空を見上げる。
どこか、知っているような魔力だった気がする。
なんだろう、とうんうんしていると、空竜がいきなり翼を広げた。
「ギム、逃げる気だよ。
今逃がすと面倒だろうから止めた方がいいねぇ」
のんびりと夜月が空竜を指差して笑う。
のんびりしすぎじゃない? とため息を吐きつつ、どう止めろと。と俺の何倍もある空竜を見上げる。
「トト、お前の始めたことだし、どうにかしてほしいなぁ。」
「止めるだけでいいのであれば、すぐにでも」
「止めるだけでいいからすぐにお願い」
「わかりました」
黙って場を見ていたトトに話を振れば、トトはにこりと笑って指を鳴らす。
途端、空竜の周りがぐにゃりと歪んでその空竜のいる空間がしゅんと消えた。
「何したのお前」
「私の空いている空間にテレポートさせました。」
「止めるだけって言ったよな?」
「ええ。止めるだけで攻撃はしていませんよ」
にこにこと笑うトトに若干疲れを感じつつ、トトのやることだし変なことにはならないだろうと思考を投げ捨てた。
「今の判断は実に見事だと思いますよ。
先程、魔力を撃ってきた者の狙いは空竜でしょうし、空竜を隠してしまうのが最善の策かと」
クリアネスが口を挟んでくる。
そうなの? と夜月を見れば、そうなんじゃないのかなぁと笑った。
トトもわかっていたように笑っているし、ここは策士だらけか、とため息が出る。
海竜がカトレアの腕の中できゅいきゅいと鳴いている。
先程とは違った、少々焦ったような鳴き声。
「なんだ? 空竜がいきなり消えたから焦ってるのか?
大丈夫だぞ。トトが掻っ攫っただけだから。」
「ギムレット様、語弊があります」
「似た様なもんだろ」
つんつんと海竜の額を突っつきながら笑えば、トトが苦笑する。
「うむ、海竜が焦っているのはその事ではないみたいだぞ。」
ぽす、と俺の頭の上に胡坐をかいたカイが少々強張った声で言う。
どういう事だろう、と海竜を見れば、カトレアが森の方を振り返った。
それと同時に、俺も森の方から何かを感じた。
巨大な魔力。の、様なエネルギー。
剣の柄に指をかけつつ、森をじっと見つめる。
木々の影から足音が聞こえる。複数人のものだ。全員そこそこの実力者揃いだなと無駄に鋭くなった察知能力を張り巡らせてため息を吐く。
さてさてどんな奴が出てくるのか。戦いにならないといいけど。できればとっととここから退散したいが、向こうもこちらの事は既に勘付いているだろう。
変に逃げて追い掛け回されるのは御免だ。ここでケリを付けといた方が吉だろう。
と、結論付けて鬼が出るか蛇が出るかと森を眺める。
カトレアも特に警戒した雰囲気はないし、きゅいきゅいと焦ったように鳴いているのは海竜だけなので大丈夫だろう。
こちらには精霊王に何でも知ってる砂漠の化け物、秋のデーモンと言う切り札が三人もいる。切り札って言わないな。
等と考えているうちに、人影が見えてくる。
「…はっ?」
見えてきたそれに、思わず抜けた声が出てしまったのは仕方ないだろう。
これは思ったよりも面倒なことになったぞ。鬼が出るか蛇が出るか等の騒ぎではない。
いきなり突き付けられた現実に、少々眩暈を覚えながら俺は苦笑するしかできなかった。