セーブ138 カフェでの対話
「ギムってさぁ、すっごい大切にしてる人がいるんだね?」
悶々と考え事に耽っていると、いきなりハックが声をかけてきた。
はい? と思わず声が出る。
「いや、だからさ、すっごい大切にしてる人がいるんだなって。」
いつの間にかハックはサンドイッチの乗っていた皿を空にしている。
残り少ないアイスココアを飲み干しつつ、にっこりと笑う。
いきなりなんなんだろう、と思いながらも、否定する問いではないので素直に頷いておく。
「いるけど」
「素直~」
ハックは笑いながら、じゃあその人ってどんな人? と問うてくる。
どんな人、人、今は人じゃないよな、と思いながらも、どう言おうかとぐるぐるする。
「…………綺麗な人?」
「疑問形なんだ」
「いや、外見はめっちゃいいし性格もいいんだよ。
でも歪んでるって言うか。綺麗ってのが当てはまるけど一番当てはまらないって言うか」
「うーん、矛盾した人って事かな?」
「頑固ってことだ」
「全く持って綺麗って言葉から連想できない単語が出てきたね」
ハックははは、と呆れたように笑い、まだ手付かずの俺のサンドイッチを一切れひょいととって食べた。
まだお腹空いてるのかこいつ、と思いつつ好きにさせておく。
「で? ギムはその子のこと好きなの?」
「どうだろう。好きだけど、どう言う好きかはわからない。
わかってることと言えば、そいつが絡まないと俺は動かないってことくらい」
「執着かな」
「向こうも俺に執着してるし面白い関係だよな」
「ただのバカップルな気もするけど…まあいいや」
空になったカップをコツコツと爪で突っつきながら、ハックはじゃあさ、と指を一本立てる。
「ギムは、この世界を、歴史をどう思う?」
「うん?」
「だから、この世界をどう思うか、今伝わっている歴史をどう思うかって話」
「ごめんなんでその話になったのかが理解できない」
「オレが博物館に来た大きな理由の一つなんだよ。答えるだけタダじゃん? ね?」
いきなり、スケールのでかい話になったなと呆れつつ、世界に歴史ねぇとぼんやり考える。
俺が今まで見てきた世界は、データだったり、なんだかんだ。歴史はわけがわからない。俺がゲームオーバーするかしないかで今現在が亡んだり栄えたり…。
「…俺は、この世界がなんなのかよくわからない。
同時に並行して…いや、追い越して? それとも置いていかれて? 進む世界もあるのかもしれないし、ないのかもしれない。
世界を一つのデータだとするなら、そのデータはいくつもある…様な。
歴史に関してはわからない。今現在に伝わっている歴史が真実なのか嘘なのかもわからないし、俺は歴史に興味がない。」
ぼんやりと、まとまりのない言葉を、あやふやでどっちつかずな言葉を言ってみればハックはほぉと驚いたように目を丸くした。
「へぇ、ギムって結構面白い事言うんだね」
感心したようにハックは笑って、立ち上がる。
「面白い事聞けたし、オレはもう行くね」
「唐突」
いきなりだな、と苦笑しつつ、迷うなよと手を振る。
ハックはにっこり笑って、楽しい時間をありがとうと笑った。
「ああ、そうだギム。」
一歩踏み出したところでハックは止まり、振り返る。
なんだ? とハックを見上げると、ハックは笑みを引っ込め、
「オレはね、神様ってのが大嫌いなんだ。
結局あいつらは、自分が救われたくて他者を巻き込む愚かなクズだからね」
どこか感情の無い声でそう告げてすたすたといなくなってしまった。
ぽかんとしてその後姿を見送りつつ、あいつなんか悪いものでも食ったのかなと冷めたコーヒーを一口口に含んでみた。
冷めたコーヒーは、思ったよりも苦かった。
◇◇◇
カフェでハックがいなくなってから、少しの間ぼんやりとしていた。
ハッとすると結構時間が経ってしまっていた為さっさと残っていたサンドイッチを食べて博物館を後にする。
博物館から出ると、快適な温度ではなかったがまあ散歩にはもってこいな風が吹いていた。
さて、どこに行こうか、と空を見上げると無駄に青い空が広がっていた。
何処の世界でも、空だけは同じだなとため息を吐いて歩き出す。
目的の場所は無い。ただ、ふらふら歩いていてまたハックみたいなやつと出会えたらラッキーと言う感覚。
結局、俺の興味が長続きしなかったためあのハックが何なのかはわからず終いだった。
興味だけでやる気の起伏が激しい今の俺にはちょっと難しすぎたかな。とんだクズになったもんだと自嘲しつつ頭を切り替える。
学校方面にはなるべく行かない方がいいだろう。
学校の友達に会っても名前がわからないし目やピアスなんかも問題だ。
と、なると商店街の方になるかなとここよりも賑やかな南東を一瞥する。
この目のまま歩くのは少々気が引けるが、そこまで他人を見る奴もいないだろうと結論付けふらふらと歩き出す。
そう言えば、一定時間って結局どのくらいなのだろう。と忘れかけていたことを思い出しつつ、ま、いっかと思考を放棄した。